ヒーローショーの前座
「いただきます!」
「ちょっとまって!」
「えっ? なんだいウサギさん! ボク、早くお菓子を食べたいなぁ」
「いただきますの前に、手を洗ったかい?」
「いっけない! そう言えばまだ洗ってなかったよ!」
「さあさあ、行っておいで!」
「みんなも、おやつの前には手を洗おうね! バイバーイ!!」
──パチパチ、パチ……
疎らな拍手の中、ウサギとクマの二匹が袖へとはけてゆく。司会のお姉さんがマイクを手に取り、営業スマイルでにっこりと笑った。
「みんなも、お外から帰った後や、ご飯の前には、ちゃんと手を洗おうね♪」
「はーい!」
小さな子ども達が元気よく返事を返し、お姉さんは満面の笑みで手を振った。
「それでは、ここで十分間の休憩を挟みまして、14時30分から、ヒーローショーを行います。小さなお子さんは、今しばらく良い子で待っててね♡」
司会のお姉さんも袖へとはけ、ステージにはヒーローショーで使う戦隊もののテーマ曲が流れ始めた──
◆◆◆
「お疲れ様でした!!」
自分の楽屋へと戻り、早々と背中のチャックが外される。着ぐるみを脱いだ時の開放感は、サウナから出た後に近い物がある。ビールか水風呂でもあれば最高なんだがな。ま、帰るまでの辛抱だ。
脱いだ着ぐるみはまるで化けの皮のように、床に項垂れ、熱を放っている。
どうにもこうにも、この仕事は自分の汗でふやけていかん。顔も酷くなるし、たまったもんじゃない。
おっと、こんな暗い顔じゃ、子ども達がビビってしまう…………。
「それじゃあ……お先」
「オツカレシター」
着ぐるみを壁に干し、物置小屋のような待機場から専用通路を抜けて裏口から外へと抜ける。外の空気はやはり良い物だ。
「あっ、あのっ……!」
まるで出待ちのように、小さな子どもとお母さんが、俺に声を掛けてきた。
「ウサギさんいますか!?」
「え、ああ、ウサギさんね……」
ウサギ役の里原さんなら、まだ喫煙所だろう。仕事が終わるとタバコ二本吸って、裏方のオバサンにセクハラして楽屋の弁当を持ち帰るのが日課だから、後30分は出てこないはずだ。
「あのねあのね! お手紙を書いたの!」
5歳くらいの小さな子どもが、しわくちゃの紙切れを俺に向けた。
「すみません、この子ったら自分で渡すって、ずっと握り締めてたものですから…………」
母親が申し訳なさそうな顔をしているが、この手のやりとりは割と日常的だ。気にする事は無い。
「いえ、よくあることですから……」
俺はしゃがみ込み、子どもの手を取った。
「ありがとう。ウサギさんに渡しておくね」
「うん!」
子どもが嬉しそうに笑い、母親と二人去って行く。グチャグチャの紙切れには、拙い文字で『ウサギさんまたあした!』と書いてあった。
俺はシワを伸ばし、紙切れを鞄へと閉まった。
飲んだくれのセクハラマシーン1号こと、里原さんには勿体ない。これは俺が貰っておこう。