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役に立たない  作者: 字識憂患
2/65

『やっぱり人間を突き動かすのは負の力が一番よね…』

「私と、一緒にいてくれますか?」




 香乃智はその言葉の意味を反芻する。

 余りにも突飛な話だったので、帽子を差し伸べたその手は固まっていた。

 口をぽかんと開けたまま、瞬きを繰り返す。

「……それは、どういう意味でしょう。」

 精一杯の解析もお手上げで、凡庸な質問をしてしまう。

 苦笑一つもせず、いぶかしむような目つきで、サクラを見る。

「そのままの意味です。私にはあなたが必要です。」

「なぜですか。」

 再び問う智に対して、この場での妥結は不可能と見たサクラは差し出していた手を引っこめてから続けた。

「簡略に言いますと、私は王家の跡継ぎを巡る争いに身を投じていまして、戦況を有利に進めるためにあなたの力をお借りしようと考えたのです。」

 すっかり頓珍漢な話を持ち出されて、帽子を持っている手はだらんと下がり、目は外界を遮断するように閉じられ、智の興味が失せたことを如実に表していた。

 そして、手に持っていた桜の女優帽をいじくりまわしながら、

「なんですかそれ。ゲームかなんかの話でしょう?俺、ゲーム苦手なんで無理ですね。」

と言い、帽子を押し付けて、大きなため息を一つついた。

 踵を返し、スケッチブックを取りに戻る。

「本当なんです!信じてください!」

 信じてくださいという割には笑顔で呼びかける。

「あと、人の家に勝手に入らないでくださいね。」

 片付けるために室内に向かう智は無視して続ける。

 それをあきらめられないサクラは帽子を片手に急いで追いかける。

「私はこの地球から90コロン離れた星、キャヴァラという星からやってきました。あ、コロンというのはこの星でいうところの光年です。およそ70万光年です。」

スケッチブックは元の小屋に入れ、鉛筆は自分のペンケースにしまう。

「で、私はキャヴァラの中にあるパリドマという国の王族なのですが、今上の国王が年齢のために譲位することを宣言しまして、それに伴い、王位継承戦争がはじまり、星が崩壊する懸念が出てきたので地球に送られてここで争いの続きをせよとのことになったのです。」

 智は荷物をまとめていた手を止めて、サクラを一瞥する。

 一瞬それにビクッとするがひるまずに、話を続ける。

「おかしいですよね、戦争なのにやる場所を決めるとか。私たちの星では戦争に厳密なルールがあるんです。いわゆる『ディーラー』が公平に環境や装備を指定して、それに正々堂々と勝たなければ正式に報酬を得られないんです。」

 智はショルダーバッグのチャックを閉めると、歩いていってしまう。サクラは相変わらずそれを追いかける。

「ここでいうディーラーは国王です。三代目パリドマ王は国内での内戦は危険であると判断したため、パリドマ人、あるいはキャヴァラの星全体の安全保障のために、別の、パリドマ人の環境に適した星を探させて、地球に白羽の矢が立ったのです。動植物がいて、生産と消費が循環していることや人間がいること、空気成分などがキャヴァラに似ていたんですよ。それだけじゃなくて、人間社会の構造とかも、カバラにあるものとほとんど同じでしたし、教育の内容も……あ、そういえば、学校に入ったときに見た人体模型なんですが、我々キャヴァラ人と同じなんですね。塩基配列とか見てももちろん単語は異なりますが、構造が非常に類似しているんですよ。あ、話を戻しますね。我々が生きていける環境だと分かった地球にも難点があるんです。我々の本来の力、パリドミアが使えなくなったことです。パリドミアはそうですね……この星でいうところの、魔法でしょうか。」

「さっきからなんなんだよ。」

 いい加減許容できなくなり、智は割って入る。

「百歩譲って宇宙人がいるということは一応可能性の話としてゼロじゃないから許せるけど、なんだよ、魔法が使えるとか、パリドミア?とか。そこまで来るともう、うそくせぇよ。」

「でもしっかり聞いてくれていますよね。」

 満面の笑みで指摘するサクラ。

「……」

 図星を突かれて言葉に窮する智は舌打ちをして二階の書斎に行く。

「それでですね、そのパリドミアが戦争で行使できた方が圧倒的に有利なんですが、パリドミアはこの星では直接使えないのです。」

 書斎にある本を一冊もち、ショルダーバッグに入れる。階段を降り、玄関で靴を履き、扉を閉める間もサクラは粘り強くついてきて説明する。

「パリドミアは私たちの星、キャヴァラにいるからこそ発揮できる力だからこの星で使えないんです。」

 庭の門を閉め、元来た道を帰る智。しかし、行きと違うのは一人うるさいのがついてきているということだ。

 橋の上に差し掛かる。下を流れる高麗川は先ほどの巾着田で弧を描いた後のものだ。一応説明を加えておくと、ここは先ほど昼食をとった橋ではない。その橋は車は通れないが、ここはれっきとした車道が通る大きな道路だ。

「キャヴァラ独自の星の力がパリドミアを私たちに与えてくれているんです。」

 山の少し左側に夕日が傾いている。高麗駅に向かうにはちょうど西日を正面に受けるような季節だ。

 言葉を言い終えると、サクラは小走りに智を追い抜き、正対する。自然と智の足も止まる。

「だから、この星の人間に力を預けて、自分たちの代わりに戦ってもらうんです。」

 智は彼女がさっきから何がしたかったのか、合点がいった。

 彼女はもう一度手を差し出した。

 夕日を背にしたサクラの姿はあまりにも輝いていて、まぶしすぎて……




「だから……私と、一緒にいてくれますか?」




 智は目をそらした。

 サクラはその手を差し出したまま、待っていた。

 智は目だけで手をじっと見つめて、何かを逡巡するようだったが、やがて、

「俺には無理だ。」

と、川上を見たままつぶやいた。

 その言葉に顔には出さないが、サクラは怯み、伸ばしていた手が揺れた。

「あんたには関係ないだろうけど、俺はそんなことができる人間じゃない。親父にはごみに見られて、母さんはどこかに行っちまうし、彼女には振られるし、大学受験も落ちて浪人だし、唯一俺にいろんなことを教えてくれた爺さんも去年死んじまったし。」

 そこで夕日に、サクラに向けてとても寂しそうに笑って見せた。

「俺は、役に立たないんだ。」

 そう言い残すと、サクラの横を早足で通り過ぎっていった。

 サクラは一人、橋の上に残される。

 手はだらんと垂れ下がり、彼女はやり切れない表情をしていた。


*


 高麗駅の改札をくぐろうとしたところで異変に気付く。

 ICカードを入れているはずの財布がないのだ。

 基本的にバッグの中に入れているので、ショルダーバッグを体の前に持ってきて、中をあさる。もともと持ち物が少ないこともあってか、ないということがすぐにわかり、どこに置いてきたか、記憶を探る。

――昼飯を食った橋だ。

 昼ごはんの入ったレジ袋の中に入れていて、その袋ごと忘れていたのだ。


*


 サクラは名も知らぬ街をそぞろ歩いていた。

「なんで……」

 立ち止って目を閉じ、記憶を呼び起こす。

 記憶の彼方へ手を伸ばす。

 彼女の頭にとある景色が浮かんだ。

 それは智が行こうとしている場所と同じ橋のことだった。


*


 橋にはレジ袋があり、中にはしっかり財布があった。もちろん、中身の安全も確認した。

 もうここにいることもないので立ち去ろうとすると、橋の近くにある大きな岩の上に子供が一人乗っていた。近くには母親らしき人が見え、親子で散歩していると読み取った。

 この大岩の下は巾着田屈指の深みになっていて、BBQシーズンには飛び込みスポットとして有名である。

 もちろん、その子供は海水パンツではないし、興味本位で乗ったのだろう。ご機嫌に母親に手を振っている。

 その光景を見るのもやめ、帰ろうと顔を背けた瞬間、視界の隅で奇妙な動きがあった。

 そして次の瞬間、

 どっぼーん!

 その子供が川の中に落下してしまった。

 目を見張る智。母親はちょうど目を離していたせいか、自分の息子がおぼれたのではなく死角に入ったのだろうと油断していた。

 母親に呼びかけようとして、橋から身を乗り出し、息を吸い込むも、何を話せばいいかわからなくなり、子供と母親の双方を見るばかりである。

「どうかしましたか?」

 ふいに後ろから声を掛けられる。

 サクラだ。

「子供が!川に!」

 なぜそこにいたのかという疑問はなかった。

「えっ!」

 サクラも身を乗り出す。

 ちょうどそのタイミングで子供は浮き上がる。しかし苦しそうだ。ばしゃばしゃと水面をもがく。

「あのままでは沈んでしまいます!奥にいるのはあの子の母親ですか?」

「そうじゃないか?」

「なぜ助けないんですか!?」

「目を離したすきに落っこちたんだ!」

「呼びかけてください!」

「できたらやっている!」

 橋の上での言葉が耳に入ったのか、ようやく自分の息子がおぼれそうになっていることに気づく母親。

「弘人!」

 しかしほぼ反対岸にいるため、母親の救助を待っている余裕はなさそうだ。

「じゃあ、ここから飛び込んでくださいよ!」

「ここから飛び込めるほど深くない!」

 橋は岩よりも高い位置にあるので確かに危険な位置だ。

「否定ばかりしないでください!服を着ていたら重いっていうことぐらいわかるでしょう!?すぐに沈んでしまいます!」

 智はじっと沈みそうな男の子を見つめた。

 考えて、考えて、考えた。




「…………お前のパリドミアとやらを俺によこせ。」




「えっ?」

 サクラは目を見開き、智をみた。

 サクラの方を振り向きながら、叫ぶ。

「お前と契約してやるっつってんだ!」

 その剣幕に気おされるも、その目の覚悟にサクラは大きくうなずいた。

「わかりました。それでは、私のパリドミアをあなたに託します。あの子を、救ってください!」

 その言葉をきっかけに、智は体が軽くなったのを感じた。ゆっくり深呼吸をする。

 木々がざわめく。

 昼に見た桜並木が揺れる。

 そして、

 桜の花びら舞う。

「イメージしてください、あの子を助ける方法を。」

 仁王立ちになり、静かに目を閉じたまま上を向く。

 その桜の花びらが智の上に集まっていく。

 とんでもない量だ。

 先ほどまで焦っていた母親もその現象に目を疑い、膝立ちのまま茫然としている。

 カッと目を見開く。

 右手を空へ―桜の方へのばし、それを下に引きずり下ろすように手を振り下ろす。

 同時に今度は左手で押す。おぼれている子供めがけて押しだすように手を伸ばす。

 桜の花びらはその手に導かれるように急降下し、川に飛び込んだ。

 ゴォォォーー!!

 すかさず、両手を伸ばし、桜の花びらの動きを止めるようにイメージする。

 やがて、桜のベッドに包まれた子供が水面から浮き上がってきた。

 ゆっくりと、少年を乗せた桜の花びらのベッドは母親のもとに向かっていった。

 岸につくと、母親に抱きかかえられた子供はパッチリと目を覚まし、一方で、桜の花びらは風に吹かれて春の夕空に消えていった。


*


 自分の目の前で起きた、自分が起こした出来事が信じられない智は四つん這いのまま、橋の上で息を切らしていた。

「俺は……はぁっ、はぁっ……何を…………なんだったんだ、今のは。」

 子供の意識を確認し、サクラはそれを知らせるために、再び智の元にきた。

「さっきのお子さん、もう、意識戻っているみたいですよ。」

 顔だけサクラに向けるも、まだ呼吸も整わず、再びうなだれる智。

「さっきの……なんだったんだ?……あれが?」

「あれが私のパリドミアです。」

「どんな力だよ……」

 智は回復しつつある体を持ち上げて、手を後ろで支えにする。

「私も今まで知りませんでした。」

「はぁ!?」

 その答えにカチンときたが、文句を言う前にサクラが口を開いた。

「さっきも言ったように、この星ではあなたたちに力を託す必要があるんです。だから、何らかの誤差と言いますか、パリドミア本来の力とは少し違う能力になるのかもしれません。」

 ゆっくりと立ち上がりながら、威圧的に問うた。

「あれは何なんだ?」

 そこに対して、サクラも正面から質問で返す。

「あの花、なんていうんですか?」

 サクラはさっき舞い上がった桜の木を指さして尋ねた。

「は?……あぁ、桜。」

「では、しいて言えば、あの、桜の花を自由に操ることができる力でしょうか。」

「はぁ!?」

 智は耳を疑った。

「もっと、なかったのかよ。こう……必殺技的な……」

「もちろん、パリドミアの力は人によって十人十色ですので、他の人には他の人のパリドミアが…人間のDNAと一緒ですよ。どこか必ず違っていて、同じパリドミアを持つ人間はいないみたいな。」

「桜の花びらを動かすだけ?それでどうしろと?」

「わかりません。これから考えるしかありません。」

「冗談じゃない。そもそも、あんたが王になる手助けをする気はないんだけど。」

 再びサクラの横を通り過ぎようとするも、

「わかっていますよ。さっきの男の子を助けるためだったんですよね。」

 そういわれ、思わず立ち止まる。顔は決してサクラの方に向けない。

「…………」

 智の行動を評価するサクラに対し、自分が人助けをしたことをなぜか認めたくないらしく、無言のままの智。

「大丈夫ですよ。私はそもそも王になんてなりたくありませんから。」

「どういうことだ。」

「ただ、こんな不毛な戦いで死にたくはないだけなんです。」

 智がその表情を盗み見ると、悲し気な表情をしたサクラを見た。

 その顔は世界に絶望した智とは違い、虚しさのようなある種の切なさのような思いを物語っていた。

 智は大きくため息をついてから、口を開いた。

「……わかったよ。」

 サクラは突然口を開いた智に驚きながら顔を向ける。

 それにこたえるように、智はサクラを見返す。

「お前と契約してやる。」

 数秒間あっけにとられていたサクラの顔はやがて、満面の笑みに変わった。

「ありがとうございます。」

 そう言って、もう一度智に手を差し出す。

「いや、そういうのはいいだろ別に……」

「いえ、これからは二人での戦いですから。」

 その手を見つめ、今度はサクラの顔を見る。

 彼女は笑っていて、すがすがしいような顔をしていた。

 まぶしすぎるその顔に目を向けられず、目を伏せる。

 しかし、もう一度あきれ顔で手を見る。

 そして、智は自分の右手を差し出し、サクラと握手をした。

「これからは、よろしくお願いします。智さん。」

「……こちらこそ。」

 二人の握手は夕日に見守られた温かいもので、智の数奇な運命を物語るものではなく、二人の門出を祝うような輝かしさを持っていた。


*


 本来の目的である財布を取りに来たということもすまされているので、再度駅に向かう道中で、サクラはパリドマに関する情報を話し出した。

「話は変わりますけど、私、あなたにしか見えていないんですよ。」

「は?」

 この環境で生き抜くために必要な情報かと思い、聞き耳を立てる。

「基本的に地球の皆さんからは見えないようにしているんです。そっちの方がこの星の方に害はありませんから。パリドミアを与えた人たちにのみ、見えるようにするんです。だから、智さんは私と口論しているつもりだったのでしょうが、あの母親から見ればひとりで叫んでいる変な人にしか見えなかったのではないでしょうか。」

 口を半開きにしたまま、茫然とする智。怒りや、恥ずかしさが一気にこみあげてくる。

「おまっ!そういうことは早く言えよ!って今もか!」

 幸い人のいる気配はあまりせず、誰かに見られているということはなかった。

「まあ、同じように契約した人なら私のことが見えますよ。だから智さんもこれからは見えないものが見えてくるみたいな……」

「でも姿をさらすことはできるんだろ?」

「まあ、能力でいえば可能です。ただ……」

 高麗駅の改札の前で立ち止る。

「こういう時には見えていない方が便利でしょう?」

「ただ乗りする気か。」

「一応、もう地球にきて1年以上たちますし、ある程度システムは覚えました。電車に乗るにはお金が必要なんですよね。」

 そう言って、駅のホームにある椅子に座り、電車を待つ。ホームは閑散としていて人がぽつぽつといる程度だ。

「智さんのご家族ってどんな方なんですか?」

「…………さっき言っただろ。」

 周りを気にしてか、智はあまり大きな声で話さない。

「あ、そうでしたね、ごめんなさい。では、先ほどの家はどちら様の?」

「あれは爺さんの家だ。死んだ爺さんの残した家で、俺は月に一回、掃除に行くんだ。」

「そうでしたか。じゃあ、智さんはおじいさん子だったんですね。」

 智は表情を一切崩さない。

「まあ、そんなところだ。」

「ご両親のことももっと聞かせてくれませんか?」

 悪気はなく、本当に親睦を深めようとして聞いているのだろうが、智には劇薬なので、あまり触れたくなかった。苦い顔で向かいのホームを見たまま、言い逃れる。

「話すと長くなる。」

 カンカンカンカン!

 電車の到着を知らせる合図と同時に二人は立ち上がる。

「この星では電車の中では静かにすることがルールになっている。俺は話さないけど、お前は話せるんじゃないか。」

「まあ、声も周りには聞かれないので……」

「じゃあ、今度はお前の話をしてくれよ。」

「それって……」




ゴーッ!!




 電車の轟音が響き渡る。

 サクラが何を言ったのかわからなかったが、電車に乗り込むと、自分の国の話をし始めた。

「私の国はこの世界でいう王政です。国王は必ず『パリドマ』という名前を名乗り、自分の名前を失います。この国の『天皇』と一緒でしょうか。」

――ちょっと違うな

と思ったが、口には出さなかった。あまり関係ないし、捨象できることだったからである。

「自分を第何代パリドマ王と名乗ることで王と国の一体化を図っているようです。ちなみに現在は第三代パリドマ王で、私の父です。重要なのはこの先で、王位継承権があるのは在位の王の子供にしか与えられないのです。私の国では王の長子が継承権第一位になります。だから、長男が死なない限り、次男以降は王につくことはできないのです。」

 電車があまりにも空いているので、子供みたいに座席に膝立ちになり窓の外を眺めるサクラ。

 智もすでに薄暗くなっている外の世界を透かして見せている窓を覗いたが、反射して映った自分をにらむしかなかった。

「もちろんそれは内紛の元なので、その人たちの待遇はよくするのが慣例となっています。政府の重要な官職に就けたり、給料が高い仕事の長につけたり。」

 彼女は姿勢を元に戻して、説明を続ける。

「そしてもう一つ特徴的なことがありまして。今言いましたように、国王の息子にしか王座は渡らないので、子供ができない、もしくは夭折するということがあってはならないのです。」

――つまり……

 智が気づいたのと同時にサクラは口を開いた。

「国王は重婚を認められ、たくさんの妻を持ち、たくさんの子供がいます。私たちに重要なことは子供が多いということです。」

 智は驚きを持って目を合わせる。

「私たちの敵はたくさんいます。ざっと、60は超えているのではないでしょうか。」

「どんだけ盛ってるんだよ……」

 流石にボソッとつぶやく。

「仕方がないことです。病気、事故、戦争、いろんな要因で死ぬことが考えられますから。それに加えて、その人たちの家臣や兵士もいますので参戦している人数はもっと多いはずです。」

 そこまで話した時に、智は気づいた。

――じゃあ、こいつにも?

「あぁ、私はいません。先ほども言ったように王位に興味がないので。もともと、国にいた時も最低限の護衛だけで、ほとんど一人でしたし。」

 考えを見透かしたわけではないが、けろりと言ってのけるサクラを見て、先ほどの寂しそうな横顔に少し合点がいった。

「その家臣たちを率いて戦う人もいますし、私みたいに一人の人も……。あとは、自分の側近にして、戦後の地位を安定させたうえで手下にする人もいます。それが一番厄介ですね。」

 そこまで話したところで飯能駅につく。

「乗り換えるぞ。」

 池袋行きの電車を待つ。

 すでに外は薄暗くなっていて、街灯がついている。

 智はあくびをしてからサクラに質問した。

「ところで、なんでお前は俺の名前を知っていたんだ。」

 やはり人の少ないホームであるため、少しはためらいつつも智は会話を試みる。

「先ほども言いましたように、私…というかパリドマ人は1年と少し前からすでにこの星にいました。その間に、この国の生態系とか、社会システムとか、人口に関することを並行して調査していたんです。」

「最終目的は侵略とか?」

 電車が来たので乗り込む。やはり席は空いていたので二人は並んで腰かける。

 智は今日一日の受け止めきれない世界観に疲れがピークに達していて、しゃべる気力もないようにぐったりしている。

「先ほども言いましたが、パリドミアを行使するのに最適なのはカバラです。この力を使うためにはカバラにいるのが一番なので、あの星を出ようとは思いません。」

 自分が電車の中にいることを気にしていないかのように、ぼそぼそと智がしゃべりだした。

「そういえば…どこかで読んだことがあるな。宇宙人と地球人が接触できないのは……自分の星から離れられない理由があるからっていう説だったな。それに当てはまるかもな。」

「そうですね。というかただ単に技術が追いついていなかっただけかと……」

「すまん、『所沢』って駅で起こしてくれ。」

と、智は眠気交じりにというか、ほぼ寝ているような声でサクラに言った。

「わかりました……」

 それが聞こえたかどうかわからないが、智は完全に寝入ってしまい、聞こえてくるのは寝息だけである。

 サクラはその寝顔を覗き込む。

 その顔を見て、

「あなたの名前を知っていたのは…………あなたが、




私は、あなたのことが、ずっと好きだから、ですよ。」




と優しく声をかけたが、眠っている智には届かない。

 そんなことはわかっているのに、やはり愛の告白はドキドキするもので、赤面したまま窓の外を見るよりほか、気の紛らし方が見つからなかった。

『誠にありがとうございました。次は所沢、所沢です。』

 サクラはその言葉に耳を立て、智をゆする。

「智さん、起きてください。所沢ですよ。」

 一言でゆっくりと動き出す智。

「おぅ……うん……あぁぁー……」

と目をこすりながら立ち上がる。

「あのっ、ね、寝てた時のこと覚えていますか?」

 サクラもそれに続くように立ち上がり、ドアの前に行く。

「んなわけねーだろ。なんだ、なんかしたのか?」

「いえ、何でもありませんっ。お気になさらず。」

 どこかよそよそしいサクラを見つつも、重要ではないと思い、智は再びドアに目を向ける。

 この時間帯は帰宅の時間帯ということもあり、各所は混んでいた。

「ひとまず、人間が多いけどついてこい。」

 そう言って歩き出す智の後を追うサクラは、人混みを縫うが故に片方後ろに回って、サクラの目の前にある智の右手を見つめていた。

 そっと手を伸ばしつかもうとするも、恥ずかしさが立ち上り、手を引っ込めてしまう。

 そうこうしているうちに、駅の構内に出ていた。

 狭山市に行く本川越行きに乗り換えるには一度階段を上って、別のホームに降りなくてはならない。階段を登りきったところは天井が高くなっていて、未だ改装中の改札の向こう側は白い塀で覆われていた。

 多少人間の数が減り、サクラは智の隣に立つ。

 横目でちらっと智の顔を覗くも、それだけしかできない。

 しかし、次の瞬間、殺気がした。

 後ろを振り返ると、テラスの部分からこちらを、サクラをにらみつける二人の男がいた。

 その二人のうち一人はサクラも見たことがあった。

 智は急に立ち止まったサクラに不自然にならぬよう声をかける。

「何やってんだ。」

 しかし、その言葉は、サクラの驚きの表情に気づいたことで制せられた。

 智も、サクラの見る方にいるものを確かめる。

「あれは……」

「あれが、敵です。」

 二人は敵を見つめたまま立ちすくんだ。




「ここからが本当の戦いです。」


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