成人の儀式
「と言うわけで、お主に我が両親に話をつけてほしいのじゃ。」
この残念エルフはサックリととんでもないことを言い出した。ついて来ると言ったが許可を得る役目を俺にやれと言っている。
とは言ったものの、残念エルフに助けられた事実には変わりない。それに残念エルフがいれば異世界に関する知識が補足されるだろう。
「やれやれ、話をしてみるがあまり期待するなよ。」
「お主と話をしてからという事になっているので大丈夫じゃ……多分。」
治療用の家は大樹の枝の上に建てられていた。よく見ると他にも似た様な家が枝の上に数多く作られている。
この大樹自体がエルフの町になっているのだ。家自体も見たことの無いような形で正に異世界と言った眺めだ。
俺がその家々を眺めているとルシェンは威張るように胸を張る。
「どうじゃ?我がエルフの町は、素晴らしい眺めじゃろう。」
「ああ、確かに。俺達の世界では見ることの出来ない光景だ。」
「ふふん、……!こっちじゃ、こっちがわしの家じゃ。」
ルシェンは手慣れた感じで大樹の枝の上を素早く走ってゆく。こんな所は樹上生活に慣れたエルフらしいように思える。
「遅いぞ。早くしないと置いてゆくぞ。」
「いや待て、俺はなれてないからそんなに早くは動けない。」
俺は慌ててルシェンの後を追いかける。しかしルシェンは俺がいないと話が始まらないのを判っているのだろうか?
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ルシェンの家は他の家に比べ少し大きい家で大樹に最も近く他の家よりも高い位置にあった。
「なぁ、ざんn、ルシェン。この家は他の家と大きい様に見えるのだが?」
「む?今、良からぬ事を言いかけなかったか?」
俺は首を左右に何度も振り否定する。
「まあ良い。他の家より大きいのは当然じゃ。この家はこの大樹の管理者の家だからのう。我が一族が代々管理しているのじゃ。」
「……それってエルフの族長と言わないか?」
「ちょっと違うのじゃが……。種族ではそれに近いかのう?じゃが、ワシの家は大樹の世話をしているにすぎん。世話の為の魔道具がこの家にはあるから家が大きくならざるを得ないのじゃ。」
俺が残念エルフの家を訪れた時、三人のエルフが出迎えた。
エルフのリーダーと名乗ったケレブレス、俺に火魔法を撃とうとしたエランド、少し落ち着いた雰囲気のある男エルフ、この男エルフがルシェンの父親なのだろう。
「父上と母上、それに不詳の兄じゃ。」
不詳の兄と言われエランドがルシェンを睨んでいるが、当のルシェンはどこ吹く風と言った様子だ。
「はじめまして。私はルシェンやエランドの父親でイズレンディアと言います。君がルシェンの旅に同行してくれると聞いて話を伺おうと思った次第です。」
ルシェンたちの父親はイズレンディアと名乗った。物腰の柔らかい落ち着いた雰囲気の人物だ。エルフの外見は年を取らないと話を聞いた事があったが、イズレンディアさんは顔に少し皴があり長い金髪の所々に白髪が混じる。人間で言うと中年から初老ぐらいだろうか?
「はじめまして、ご丁寧にありがとうございます。私は千貫 真彰と言います。」
「それではこちらへどうぞ」
イズレンディアさんは奥の部屋へ案内してくれるようだ。
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俺が案内されたのは少し大きい部屋で部屋の中央には丸い木製のテーブルと椅子があり、どれも微細で美しい彫刻が施されている。
部屋の中も使いやすくかつ美しい。どこかの芸術的と言われるが使いにくい建物とは比較にならないほどである。
「マサアキ殿のことは妻から聞いております。この度の異変に関して貴重な情報をもたらしていただいたそうで、まずは感謝を。」
テーブルに着いたところでイズレンディアさんは深々とお辞儀をした。
「その上、ルシェンの旅の同行をしてくださるようで非常にありがたく思っております。」
ぐるりと首を回しルシェンの方を見る。
ルシェンはサッと横を向き俺と目を合わそうとしない。
「……ルシェンの旅?」
俺はルシェンの方を見たままでイズレンディアさんに尋ねてみた。
「?ルシェンから旅について聞いていないのですか?エルフの町は森の奥ですので訪れる者は少ない。ただでさえ閉鎖的になりがちです。それを解消する為に若いうちから外の世界を見ると言う意味で旅をするしきたりがあるのです。エルフではそれをもって成人と言う事になっております。」
なるほど。
他の種族への偏見をなくすのと自分がいる世界の大切さを知ると言う事だろうか?とすれば俺に矢を打ち恫喝したエランドは一体?
少し疑問に思って今度はエランドの方を見る。
「はい。お察しでしょうが、エランドはまだ成人の旅に出ていません。まだ若いルシェンが旅に出るのでこれを機にエランドも旅に出てほしいのですが……。」
ああ、エルフにも大人になりたくない奴はいるんだ。どの世界の種族にも似たような奴はいるのだなぁ。エルフにもいろいろ事情があると言う事か。
結局、イズレンディアさんとケレブレスさんから”ルシェンをよろしく”と頼まれてしまった。