箕面のお猿
結局、ダンジョンの端を見つけるのに半日もかかってしまった。
想像していたよりダンジョンの規模が大きかったことと、俺の探索方法も良くなかった。少し進んでダンジョンの壁かどうかを調べていたからだ。
この方法はいわば”世界樹の何たら”で一歩進んで壁の方へ移動し隠し扉の有無を確認する方法に似ている。めんどくさくて時間が掛かるのだ。
助手席に座っていたロリ巨乳エルフのルシェンも起こってしまって、キャンピングカーの奥、寝室に引きこもってしまった。
天岩戸(寝室の扉)を開けるにはもはやチョコレートでは効果はないらしい。
やれやれだ。
仕方がない、Cuエビせんでも食べて出てくるのを待つか、このままでは俺も眠ることが出来ない。キャンピングカーの運転席の椅子は良い物を使っているが寝るのに適しているとは言えないのだ。
バリポリバリポリ
うむ、”止められない”の話通り、食べるのが止まらない。残り少ないのに際限なく食べてしまいそうだ。
キャンピングカーを動かしゆっくりと道路を進んでゆく。
あの大変革の後、道路の状態も不可思議なものになった。アスファルトだった道が地道になるのは判る。場所によっては柔らかい石畳(?)になっていたり、鉄橋が草木を編んだ様な橋(これが結構強い)になっていたりファンタジーと現代建築物が融合したような物が多くみられた。
バリポリバリポリ
ん?これは俺が食べている音ではない。
音のする方を見るとルシェンがCuエビせんをほおばっていた。バリポリバリポリ。
「へへへ”ちょこれーと”も良いけど、これもおいしいね。来訪者のお菓子はいろいろあって面白い。」
ルシェンは俺や俺たちの事を来訪者と呼ぶ。これは主観の問題だ。彼女からすれば俺たちの世界が彼女の世界に訪れたように思えるのだろう。
でも、Cuエビせんで機嫌が直って何よりだ。
「もうこんな時間か……。」
ダンジョンの調査の後、ルシェンの機嫌を取るのに時間が掛かってしまった。この調子だと目的の場所に到着するのは夜遅くになる。それに夜間の移動は何があるかわからない。
俺は車のダッシュボードから周辺の地図を取り出して広げた。
「……この近くの人が生き残っていそうな場所は……お!温泉宿があるな。露天風呂もある様だし、今日はそこで泊まるか。問題は宿や温泉が無事かだな。」
「温泉?」
「ああ、俺の家の近くにあった銭湯とは違って、いろいろ種類があるぞ。美肌に良いとかなんとか。」
「美肌……それは楽しみだわ。」
美肌効果と聞いて興味を持つのはどの種族の女性でも変わりない様だ。温泉宿は目的地とは少し方向が違うが行ってみよう。
大変動以来この辺りは鬱蒼とした森が多くなっていて、温泉方面への道はかろうじて残っている様だ。
俺は森の間の道を慎重にキャンピングカーを走らせた。左右に大きく曲がりくねった道を走る。左右に大きく木々が張り出している場所があり、速い速度だとフロントガラスを傷つける(最悪壊す)恐れがあるからだ。
そうやって慎重に車を走らせること1時間、鬱蒼とした森に囲まれたホテルらしい場所にやって来た。
俺は車を止め周囲を見回した。ホテル?らしきものの周囲には畑が出来ておりどうやらホテル自体が村となっている様だ。作物の収穫作業をして人々がこちらをじっと見ている。
その中の一人、初老の男が俺に声をかけてきた。
「こんな所に車とは珍しい。どこから来た?」
初老の男は警戒しながら俺に近づいて来た。俺は周りの様子をうかがいながらゆっくりと車を降りる。
「泉南の方から、大学の研究所でちょっと調べてほしい物があってこの近くに来たのだ。着くのが夜になりそうだから宿を探していたら、丁度ここが温泉宿だったのを思い出してね。」
この場合、目的地を変に隠したりするのは相手の警戒を高める。問題のない範囲で正直に言うのが良いだろう。
「ほえー。泉南からか。じゃが、このホテルは今はやってないのだよ。このホテル跡は村の生き残りがここに集まって村にしているんじゃ。」
「みたいですね。泊るのはこいつがあるから問題はないのですが……」
俺はキャンピングカーを叩きながらそう言った。初老の男は納得したように頷いている。そんな初老の男に対してルシェンは窓から身を乗り出して温泉について尋ねた。
「そっちの道を少し奥に行った所に露天風呂があるよ。着替える場所はないが、この車なら問題なかろう。お山の客が来ているかもしれんが、おとなしいので気にすることはないぞ。」
どうやら奥の方にある露天風呂は自由に使っていいみたいだ。俺は初老の男に軽く礼をすると車に乗り込んだ。
―――――――――――――――――――――
少し奥に行った所……、年寄りの時間の感覚を舐めていた。車を走らせ一時間、ようやく到着した。少しと言われたのでかるく走るぐらいの速度で動いたのが仇となった。
でもまぁ、露天風呂である。
山の頂上付近にある為、風呂から絶景が見える露天風呂である。周りの温度が低いためか濛々と湯気が立ち込めていて、その向こうに先客らしい人影が見える。
あれがホテル跡で出会った爺さんの言っていたお山の客だろうか?箕面の山と言えばお猿だ。たぶんお山の客とは猿の事だろう。
取り敢えず車を露天風呂の近くに止め、風呂に入る用意をする。周りに脱衣所も何もない為、車を脱衣所代わりにするしかない。
俺はいそいそしながら服を脱ぎタオルを腰に巻く。車の物入れから洗面器と石鹸を取り出し用意している後ろでルシェンが車から飛び出した。
「おおお!これが美肌の露天風呂か!」
ドッボーン!
ルシェンは車飛び出した勢いそのまま風呂に飛び込んだ。
「こら、ルシェン、服のまま入ってはいけないぞ!」
「服は着とらんぞ?当たり前じゃろう?」
ルシェンは何時の間にか全裸になっていた。風呂中で仁王立ちに立ちこちらを見ている。
「せめて前は隠せ。他の人もいるんだぞ。」
俺は湯気の向こうの人影に向かって話しかける。人として一応礼儀として一言あるべきだろう。たぶん猿だろうが……。
「騒がせてどうもすみませんね。」
「ゴブゴブゴブ」
「ゴブ?」
湯気の向こうの影は猿ではなくゴブリンだった。