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7.ノーブル領到着

尖塔岩群を抜けた交易船は、その後襲われることもなく無事に東の港に着いた。接岸した後商人たちは港の人間に支持されて荷馬車へ向かった。交易品は船倉に積んでいるので人足たちが商人と入れ替わりで船に乗りこんでいった。船の側は慌ただしく人が入れ替わり立ち代わり出入りしていたが、船に乗り込むでもなく、また離れるわけでもなく、それでいて存在感のある立ち居振る舞いをしていた男がいた。エミグレアは一目で彼が自分の探し求める人だとわかった。


「ケルマーさんですね?」


「よくお分かりになりましたね。エミグレア様ですね?ノーブル家第一執事ケルマーです」


その男、ケルマーは改めて自分の身分を名乗った。


「丁寧にありがとうございます。エッダ家次男のエミグレアです。しばらくお世話になります」


「これはご丁寧に。当主のグレイグ・ノーブルよりエミグレア様滞在中に便宜を図るように申し付けられております。まずはノーブル家へお越しいただきたいのですが、ご都合などおありでしょうか?」


「いえ、こちらではケルマー様を頼るようにと言われただけなので、特に何か都合があるわけではありません」


「承知いたしました。あ、私如きに様は不要でございます」


「あ、わかりました、ケルマーさん」


ケルマーはエミグレアの返答ににっこりと笑って答えた。


エミグレアはノーブル家の紋章が記された馬車へ案内された。ケルマーは商人たちの受け入れや、臨時で船を受け入れた港の雑多な処理を済ませる必要があるとのことで、しばらく馬車にて待つように言われていた。


一人で馬車の中に座り、周囲の喧騒がやや遮断された室内で、先ほどの襲撃について考えていた。


『あれは船だったのか。船長の声で甲板に出たとき、前方に見えたのは、黒い靄のような塊だった』


そして、あの時の襲撃と、自分が取った行動を振り返った。


甲板から船長の声が聞こえた。海賊らしい。護衛はいるけど自分も兵士にならんとしているのだから参戦すべきだ。戦力は多い方が良いに違いないだろう。そう思い、護衛が構えている脇に並んだ。船長からは部屋に戻るように言われたが、ここで引き下がってはエッダ領領主の息子とは言えないだろうから断った。自分ならなんとかできるというほど自身があるわけではなかったが、使命感みたいなものは感じていた。


前方を見据えたとき、衝角という言葉が聞こえた。衝角というのはよくわからないが、確か船主からぶつけることで相手の船に打撃を与えるための船の装備みたいなものだったと記憶している。とすれば、あいては船ごとぶつけてきて、こちらを沈没させるためだということだ。積み荷を沈めてしまう海賊なんているのか?とは思ったが疑問を投げかけている場合ではなかった。そのとき、何か自分の胸のあたりから力が注がれているような気がした。力、という表現は正しくないのかもしれないが自分が自分でなくなるような感じだった。そして、その時に見た。前方に見えるのは船の形すら持っておらず、黒い靄、それも禍々しいうねりを伴った塊だった。そして、切れると確信を持った。天啓ともいうべき確信だった。そして確かに切れたのだ。黒い塊は二つに分かれ、靄を空中に発散させながら渦の中に消えていった。


エミグレアは自分の両手を見つめた。


「あの力はどこからきたのだろう」


すでにあの時に感じた力はどこにも感じられなかった。あれが大渦に引き込まれた後不意に身体から抜けていったのだ。


「お待たせしました」


馬車のドアを開けてケルマーが入ってきてエミグレアは我に返った。


「では行きましょう」


ケルマーは御者に指示を出して馬車を発進させた。道中、ケルマーからノーブル子爵領の地理やこれからの生活方針などを語ってくれた。ノーブル子爵邸についたのは夜もかなり更けたころだった。ノーブル子爵へ挨拶をしたが、1日かけた移動を労われ部屋に案内された。エミグレアも疲労による眠気に勝てず緊張も感じることなく床に就いた。


エミグレアが寝付いたことを確認したケルマーがノーブル子爵の部屋に入っていた。


「失敗したか」


「はい、港に着いた同乗者によると、剣で船を真っ二つにしたとか」


「傀儡とはいえそれなりに強化はしたのだがな。剣士如きでは相手にもならないはずだが。して、足が付くことはないな?」


「残骸は大渦に飲まれて海底に引き込まれたそうです。おそらく形も残っておりませんでしょう」


「そうか、念のため周囲の監視は怠るな。それにしても厄介な。クロイツめ、息子の処分ぐらい自分でできんのか。誰のおかげで爵位を持てたと思っておるのだ」


「所詮人の親でしかなかったということでしょう」


「そうだな。我がファスト王国の秩序と栄華を失うわけにはいかん。秩序の担い手が何者であってもだ」


「旦那様・・・」


「気にするな。忠誠を崩す気は無い。いずれは儂も担い手の一角を受け持つのだろうからな」


「御意。して次の手を放ちましょうか?」


「訓練に参加するというのだ。不慮の事故はいくらでも起きる。ましてや入団試験の為の準備だ。それに、ここで命を失った方が幸せかもしれん」


「慈悲、ですか」


現ノーブル子爵であるグレイグ・ノーブルは、第1秘書のケルマーのセリフに対して苦笑いを返した。


「そばにいて力を見極めろ。決して気取られるな」


ケルマーは静かに部屋から退室した。


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