6.交易船上にて
ノーブル領は大小3つほどの島を領地としていた。大きい島はエッダ領の島とほぼ大きさは同じだが、その島の約半分程の隣接する2つに島を領地に加えている。領地となっている島々は橋でつながれるほど近く、日常的な往来はほぼ陸路で行われている。掛かっている橋は幅広のつり橋で、人にひかれた馬による荷馬車ぐらいであれば通行可能だが、伐採された木材などの大きな物を渡すときは運搬船が使われていた。エッダ領とノーブル領の間には流れのはやい海流が通っているため、それほど遠くはないものの、橋を渡せるものではないので、双方の行き来は必然的に船となっていた。船の往来が中心となっているため、盗賊などの心配はないが、時折海賊が現れることもある。そのため領地間では、ノーブル領の警備船が常時船の航行を見張っており、往来の安全を確保していた。尤も辺境領地間の交易を狙う海賊などは、王都中心で大きな交易船を狙う海賊たちの争いに敗れた者たちか、大物など狙うこともできないはぐれ者の集まりなので、辺境警備兵でも十分の排除可能なのだった。
エミグレアが乗船した船は交易船としては小型だが、ノーブル領とエッダ領の間で双方の日々の仕入れで行き来するためのものなので、それほど大きな船でなくとも用は足りていた。
いつも乗っている商人たちは、日ごろは船の上では特にすることもないので、到着するまでは暇を持て余していた。だが、この日はエッダ領の領主の息子が乗船しており、格好の暇つぶしとばかりに、次から次へと声をかけてきた。
「若様一人でノーブル領へ?」
「ええ、ノーブル子爵様の基で修業をすることになりましたので」
すかさず、別の商人が話しかける。
「おお、聞いてますよ。なんでも近衛騎士団の入団試験を受けられるとか」
それを聞いて、何人かの商人は顔を顰めた。入団試験の過酷さを聞いたことがあるようだった。
「入団は難しいと聞いておりますが、ご領主様が許可を出されたのであれば、問題ないということなのですね」
「さぁ、どうでしょう?とはいえ、自身が無いとは言いませんが」
「おお、それは頼もしい」
「わしの息子が領軍にいるのですが、若様は領軍兵士が何人も束でかかっても敵わないそうですね」
「わしも聞きましたぞ。なんでも10人掛かりでも全く太刀打ちできなかったとか」
「エッダ領から近衛騎士団員の誕生ですか。エッダ領の格も高くなりそうですね」
「商人にとっても、エッダ領の格が上がれば、取引先も拡大できるのでありがたいことです」
辺境の領地というのは、そこで生産されるものすら見下されていた。辺境の島々は、そもそも土地もやせており、やせた土地で獲れる栄養価の低い作物しかない、だとか教育の行き届いてない者たちが生産しているので、品質は良くない、など辺境差別が著しかった。だが、近衛騎士団員を輩出したとなると、この差別が一変するのだ。エミグレアは、自分の入団が商人たちや領地の住民の生活にまで及ぶことを初めて理解した。
「領民の為にも入団して見せますよ」
確約できるわけでもなかったが、期待を向けてくれた商人たちに応えたいという気持ちが勝って思わず強気のセリフが出てしまった。
船の上では和やかな交流が行われている一方、船員があわただしく動き始めた。
「なにやら慌ただしいですね。港に着くのはまだ少し早いと思うのですが」
商人の一人が、船員の動きに気が付きそう言った。その言葉に、他の商人も周囲を見渡して訝しんだ。
「船長に聞いてみましょうか」
そのとき船長が甲板にでてきて、集まっている人たちに向かって話しかけてきた。
「港から連絡がありました。どうやら桟橋が使えないようで、別の港に向かうことになりました。ここより東にある港に向かいますので、入港が6時間ほど遅れる予定です。東の港には迎えの荷馬車が手配されているとのことです」
そう報告した後、船の指揮をとるため船長は急いで戻っていった。
「何があったのでしょうかねぇ」
「中央とは少し距離が出ますが、荷馬車を出してもらえるなら納得するしかありませんね」
「東というと、尖塔岩群を抜けた先ですね。かなり揺れるかもしれないので、船室に行っていた方がよさそうですね」
甲板で談笑していた商人たちはそれぞれ船室へ戻っていった。エミグレアもそれに倣い、割り当てられた船室へ向かった。
商人たちは、階下にある船室へ移動した。階下には個室があるわけでもなく、いわゆる雑魚寝部屋があるだけだった。エミグレアは男爵の息子ということもあり、さすがに雑魚寝部屋ではなく、個室が割り当てられていたのだった。
個室に移動してしばらくすると、伝声管を通じて船長から連絡が伝えられた。
「まもなく尖塔岩群を通過します。多少揺れますので、通関まで手すりなどにつかまっていてください」
尖塔岩群、数十もの海底から尖塔のように聳え立っている岩が立ち並んでいる海域である。迂回する為にはいったん外洋にまで出なくてはならない為、小さな交易船では迂回することすらままならないため、岩の間の複雑な流れを読み、繊細な操船を余儀なくされる難所だった。嘗て、まだエッダ領が領地ではなく未開の地であり、はぐれ者や王国に対する敵対者が隠れ住んでいたころ、この海域はノーブル領の天然の要塞であった。しかしながら、交易船は万が一を考慮して、この海域を通行するための訓練も行っていたため、船自体は、危なげなく進んでいった。
尖塔岩群をもう少しで抜けようかという時、前方に船影が現れた。その影はやがて実態となっていった。
「おおーい、進路の邪魔だぁ。下がってくれ!」
船長が大声で前方の船に話しかける。だが、船は止まらず、真っ直ぐにこちらへ向かってくる。避けようにも、岩群の出口以外は大渦となっており、進める方向は1方向しかなかった。
「もしかして、海賊か?護衛の方々、出番だ!頼むぞ!!」
船長が発した声は船内に響き渡った。護衛が甲板に飛び出し、武器を構える。エミグレアも部屋を飛び出して護衛に倣う。
「若様は部屋に中へ!」
「これでもエッダ領主の息子であり、領軍の兵士だ。僕も戦うよ」
船長をはじめ護衛達も、エミグレアが領軍一の腕前だったと商人たちが言ってたことを思い出した。
「わかりました。海賊は生かしておく必要はありません。奴らが接舷したら乗り込んで殲滅させますのでお願いします」
エミグレアと護衛達は海賊と思われる船が接舷するのを待った。海賊の狙いは積み荷なので、船に乗り込んで乗員を殺すか、降伏させて船毎拿捕するのである。積み荷の載せ替えなど手間暇がかかってしまうことや、新しい船の獲得もあるので船を沈めるような愚は冒さないのだ。
だが、船は速度を落とすこともなく突っ込んできた。
「ば、馬鹿な。突っ込む気か!どちらも沈んでしまうぞ!」
船長が声を上げた。
「衝角だ!あの船は舳先に衝角を備えているぞ。近づけさせるな!」
護衛が火矢を放った。向かってくる船から火の手が上がり、勢いが落ちたが、進路は変わらなかった。
慌てる護衛達を尻目に、エミグレアは舳先に立って剣を上段に構えた。
「こちらも突っ込め!」
エミグレアはそう吠えた。船長はあっけにとられていたが、もはや他に取る手段がないと判断したのか、操舵主へ命じた。
「進路変えるな!突っ込め!」
船と船が正面から激突するかと思われたとき、裂帛の声があたりに響いた。
「うおぉぉぉぉ」
エミグレアの発した声だった。それは、猛獣の咆哮の様だった。そしてその声と同時に振り下ろされた剣戟は、向かってくる船を真っ二つに引き裂いた。
「な、なんだありゃ」
「すげぇ」
剣で船を切るなどという夢でも見たことないような現象を見せられて、護衛のみならず船乗りたちも手を止めて呆気にとられていた。二つに分かれた船は、エミグレアたちの船を避けるように左右に分かれ、大渦に巻き込まれて沈んでいった。




