3.屋敷にて
エミレグアは、はっと気が付き周囲を見回した。魔物が来ないと言われているが、それでも巡回すべき場所である。こんなところで寝込んでしまったら、命に関わる事態と言っても過言ではない。
『どれくらい気を失っていたんだろう?』
日の高さはあまり変わっていないようだった。どうやら気を失っていたのは一瞬だったらしい。ほっとしたのち、気付けのつもりで両頬を手でパチンと叩いた。
「気を引き締めなきゃ」
そう独り言ちて、再び巡回に戻っていった。
領軍の詰め所に戻り、巡回の報告を行った後は特に任務もなく、訓練もなかったので屋敷に戻った。屋敷では、早めに戻っていた兄が、父親と模擬戦をしていた。
エミグレアは庭のある石に腰かけ模擬戦を眺めていた。
父の剣が地上すれすれから切り上げられる。兄が身をそらしてそれを避け、剣が上がったところを狙って打ち込んだ。だが、切り上げた剣劇はフェイントで、打ち込みを待っていたかのように剣先を切り返して打ち下ろされる。兄は気が付いたが、すでに打ち込みの軌道に入ってしまった剣を戻して防ぐことはできず上段からの打ち込みをその身に受けてしまっていた。
「力はついた、技量も上がった、だが駆け引きはまだまだだな」
「切りあがった剣が全速で上がったように見えたんだけどなぁ」
「見分けられるように切り上げたのでは意味がなかろう?下から上で切り返すという一連の剣技だよ」
「そんなことしたら体に無理がかかるよ」
「だからだ。剣だけを見ているからそう思うのだ。剣ではなく相手の体の動きを見るのだ。そうすれば剣をどのように動かすのか見えてくるぞ」
これはよく言われることだが、実際に身に着けるのは難しい。意識はどうしても剣先に向いてしまう。だから目の前を剣先が過ぎてしまうだけで安心してしまう。剣技というのは、剣だけを見てるものでは決して勝てないようにできている。剣を見ないで剣の軌道を読む、それをさらに読ませないための技もまた剣技である。剣と剣との闘いというのは互いの軌道の読み合いでもあるのだ。
エミグレアに気づいた兄が、声をかけた。
「ああ、なんだエミグレア、帰ってたのか。巡回はどうだった?」
「特に何もなかったよ、ロイド兄さん。魔物が出ない泉にも寄ったけど、あそこはもう誰も行ってないみたいだったね」
「魔物が出ない泉?そんなところあったのか?」
兄が不思議な事を聞いたと尋ねてくる。
「え?うん。街道を登って行った途中で、右に開けた草原があるでしょ?その草原の先にある泉だよ」
「その草原はわかるけど、その先は森から山に入るぐらいで、泉なんてないだろ?」
本気で知らないようだった。
「えー?子供のころからみんなと一緒に遊びに行ったりしてたよ?」
「誰だ!誰と一緒に行った!」
クロイン・エッダは、見たことも内容な形相でエミグレアを問い詰めた。
「え?ほ、ほら、2年前に王都に行ったミレーヌとか・・・」
「他には?他には誰かいるか!」
「えーっと、うーん・・・」
思い出そうとしたが、思い出せるのは泉の岩に腰かけて笑っているミレーヌの顔ぐらいしか思い出せなかった。
「ミレーヌが一緒だったのは思い出せるんだけど、他には・・・誰かいたような気がするんだけど思い出せないや」
「そうか・・・いいか、その泉については誰にも言うんじゃないぞ!ロイドも、今聞いたことは忘れなさい」
そう言うと、クロインは今日の訓練は終わりだと告げて屋敷に入っていった。残された子供たちは突然のことで目を白黒させるだけだった。
「なんだろうね?」
エミグレアがそう言うと、兄は肩をすくめて見せた。
「僕は知らない場所みたいだけど、父さんは何か知ってるみたいだね。時期領主としても気になるけど、そのうち教えてもらえるだろうな」
「兄さんはいいけど、僕にはどうなんだろう?」
「そうだなぁ、どうやらあまり良いことではないみたいだから、もうその泉とやらにはいかない方がいいんじゃない」
「そうだね・・・」
そうして、二人も父親に続いて屋敷に入っていった。




