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18.嵐 襲来!


出航してから2日が経った。これまで船で移動したことは、対岸に見える島までしかなく、360度水平線と言うのは初めての体験だった。海の色も淡い水色から濃い藍色になり、船が醸し出す飛沫の白さがアクセントとして波間に影を落としていた。波は穏やかで、船の大きさもありさほど揺れもなく甲板を歩いていても地面を歩いているのとさほど変わりが無いように感じた。周囲も静かで風がマストをたたく音ぐらいしか音らしい音はしなかった。


「静かだ。海の上ってこんなに静かだってこと、知らなかったな」


エミグレアは、誰に問うわけでもなくつぶやいた。


「ああ、主殿は近海しか経験がなかったか。そうだな、陸地も見当たらないほどの海の上では、鳥すらほとんどいないからな」


「そうなんですねー、でもこう何も刺激が無いと退屈ですよね」


「だからっていつまでも寝てることはねぇだろう」


「だって、退屈なんですよー」


ケイティは、航海2日目にしてすでに退屈になっていたようだった。


「船員に聞いてみたけどよ、あと6日以上はかかるらしいぞ。いまから退屈がってどうするつもりだ?」


「そういうゴルドさんは退屈しないの?」


「儂は長い航海の経験はそれなりにあるからな。こう穏やかで何もしなくてよい時間があるってことは良いことだ。海ってやつは穏やかだったと思うと急に荒れたり、牙をむいて襲い掛かってくることもあるんだ。何もしない時間の大切さってやつを身に染みて知っているのさ」


「ふぅん、よくわからないですけど・・・」


「そういえば、中央領から出てきたときも同じだっただろ?」


「私はずーっと船の中にいたから、いろいろ忙しかったですよ、毎日。こんな退屈な時間は無かったですねー」


「ふぅ・・・・・ん?」


「な、なんですか、ゴルドさん」


「いや、今回もそうだが、昼間なら甲板ぐらい出れただろう?」


「う、ま、まぁ、それができないくらい忙しかったのですよっ」


「まぁ、いいや」


エミグレアは夜も甲板に出て360度の星空を見てみたかったのだが、日が沈む前から日が出るまでは甲板に出ないように言われていた。


「夜甲板に出れないのは、星を見られたくないんだろうな」


「星を?」


「ああ、季節ごとに星の位置ってのは決まっててな。それを見られることで航路がわかっちまうから駄目なんだろうよ」


「ああ、星座か・・・」


エミグレアはまたしても自分が知らない単語を使っていることを認識した。


「星座?なにそれ?」


ケイティが不思議に思い、エミグレアに尋ねてきた。ゴルドも興味深そうに聞き耳を立てている。


「星座っていうのは、星のならんでいる形を他の何かに例えたものだよ」


「それは、ご主人様の考えた形ってこと?」


「えっと、うーん、違うんじゃないかな?」


「なんで疑問形なんですかね?」


「説明しにくいんだけど・・・まぁ、それについては、今度時間のある時に話すよ」


「時間なら、今たくさんありますが?」


「そうでもないぞ」


ゴルドが指をさした方向には、巨大な雲が広がり、その下は真っ黒に塗りつぶされていた。


「ありゃぁ、嵐だな。かなり荒れるぞ。船室に戻った方が良さそうだ」


船員たちも慌ただしく動き始め、ゴルドの推測が正しいことを裏付けていた。船室に戻ってほどなくして船窓を大粒の雨が叩き始めた。


「結構揺れますねぇ」


「あの雲の感じだと、こんなのは揺れにも入らねぇと思うがな」


「ええ!?そうなんですか?これ以上揺れたらひっくり返っちゃいません?」


「これだけでけぇ船だと結構耐えられそうだが、それでも海ってやつは想像を超えるほどのうねりを持ってるからな。ましてやかなりの嵐だ。ま、船乗りを信用するしか方法はねぇがな」


「脅かさないでくださいよぉ」


そうぼやきながらも、ケイティはしっかりと紅茶を入れていた。エミグレアは、荒れる波間と黒く垂れ下がった雨雲に占められた船の外を眺めていた。


「ん?」


「どうした?」


「いや、今、海の上に何か見えた気がしたんだけど・・・」


「なんだって?こんな嵐の真っただ中で漁なんかしてるやつはいねぇと思うが・・・」


「こんなところまで漁をしに来る人なんているんですかぁ?」


「近くに小さな島でもあれば、誰かいるかもしれねぇがな」


王国領は、大小1万を超える島を抱えているが、そのすべてを把握できているわけではない。王国自体は成り立ちから既に500年を超えているが、辺境領はまだ歴史が浅く、古いものでも200年、新しいものでは50年と言われていた。エッダ領は、領主たるクロインに下賜されたのは20年ほど前だった。それ以前はノーブル領だったのだが、ノーブル領自体も現領主であるグレイド・ノーブルが初代であり下賜されてから30年も経ってはいなかった。島の発見に関してはエッダ領、ノーブル領のどちらにも記録はなくいつ頃王国領地として認められたのかは不明だった。


「王国にも、まだ見つけることのできない島があり、そこには王国民になっていない人たちが住んでいる、と言うわけですか?」


「そうだな。王国と言ったってすべてを把握できているわけではねぇからな。ノーブル領にしても今の領主がやってきて、ここは王国だって宣言したのが30年ぐらい前だ」


「ゴルドさんは、その時にはもう住んでいたのですか?」


「おう、そうだった。それまでは、まぁ、数十人単位の村がいくつかあってな。自分たちが食えるぐらいの漁をしたり、作物を育てたりしてたな。儂等特には未開の民ってわけではなかったが、軍隊を持っているわけでもなかったからな。そん時の各村の長とグレイグが話し合いをして統治されたわけだ。特に流血沙汰もなかったしな、儂等にしてみれば、大した違いもなかったのさ」


「ゴルドさんは王国領地前からあの島にいたんですね。島の生まれなんですか?」


エミグレアの質問に対してゴルドは顔に暗い影を落とした。


「島の生まれってわけでもねぇがな。爺さんやひい爺さんは王国となんかあったみてぇだが、儂の生まれる前の話だ。今となってはどこかも良くわからねぇ島で育ったが、狭い島の中だけで暮らすのが嫌になって島を出た。若かったからなぁ、木っ端のような船を作って飛び出したんだ。で、たどり着いたのがあの島ってわけだ」


こんな大きな船でも沈むかもしれないような海に単身で漕ぎだしたというゴルドにエミグレアは感嘆した。


「よせよ、若気の至りって奴だろうさ。死んでねぇのが不思議ってやつだ」


「帰りたくなったりはしないのですか?」


「うーん、どうだろうなぁ。もう一度、あの島を見てみたいとは思うが、どこにあるかもさっぱりだからな。とっくの昔にそういう気持ちは無くなってるな」


そういうゴルドの顔には少し寂しさが浮かんでいるように思えた。


「というか、嬢ちゃん、寝てやがんのか。図太い神経してるな。儂のことよりこの嬢ちゃんの方がわかんねぇなぁ」


どういうことかと聞いてみれば、ケイティは数年前にノーブル領に現れて、酒場で働き出したが、どこから来た何者なのか誰も知らないということだった。


「まぁ、明るくて働きもんだからな。あっという間になじんじまった。伯爵家のメイドやってたなんてのは知らなかったがな」


激しく揺れる船内で、それを意に介した風もなく椅子にもたれて居眠りをしているケイティをみてゴルドはため息をついていた。


「主人をほったらかして寝るとか、メイドがちゃんと務まってたか怪しいがな・・・なんだと?」


先ほどまで、激しい波しぶきと大粒の雨に叩かれていた船窓だが、不意に窓が黒く覆われた。それを見たエミグレアとゴルドは一瞬、船に何かが起きたかと思ったが、その直後に、尻尾のようなものが船を駆け上がっていくように見えた。


「今の、尻尾・・・ですよね?」


「ああ、儂にもそう見えた。何が来やがったんだ?」


「サハギンですね」


「起きてたのかよ。って、サハギンだと?」


エミグレアは初めて聞くその単語の意味が分からなかった。が、いつものように知るはずもない知識が脳裏に浮かんだ。


「サハギン・・・海棲の魔人・・・海と嵐を好み、他の生き物を根絶させることを一族の目的に掲げる種族・・・」


「よく知ってるじゃねぇか。王国では教えてねぇはずなんだがな」


そう言ってゴルドはケイティにちらりと視線を飛ばした。


「生きとし生けるものの天敵です。あれは存在してはいけない生き物ですよ」


ケイティの目にははっきりとした憎悪が宿っていた。


「あいつらは、滅多に目にすることは無いはずだが・・・嬢ちゃんの過去に関係ありそうだな。いや、過去を詮索するつもりは無ぇよ」


「隠すつもりはないですが、今はあれを退ける方が先です。時間をかければ厄介なことになりますから」


「私が行こう」


エミグレアが剣を手に船室を飛び出した。


「あ、私も行きます!」


「嬢ちゃん、サハギンに対抗できる術を持ってるのか?そして、それは今ここで出してしまっていいものなのか?」


「ぐ・・・・」


ケイティにも事情があるようだった。そんな会話を気に留めながらエミグレアは剣を抜き甲板に出ていった。激しく揺れる甲板の上では、船員と騎士がサハギンと剣を交えていた。甲板に出たエミグレアに気づいた騎士が駆け寄り、エミグレアに声をかけた。


「エミグレア様は客人です。この場は我々に任せて船室へ・・・」


サハギンの一体が後を見せた騎士に気が付き襲いかかってきた。気配を察知した騎士が振り返ったが剣を振りかぶる間もなくサハギンのつき出した槍がその身を貫こうとしていた。


「グギャァァァァ」


エミグレアは騎士の前に飛び出し、サハギンを一刀のもとに切り伏せた。切られたサハギンは切り口から激しく炎を吹き出し、転げまわりながら焼き崩れていった。


「客人ではあるが、武器を扱える。戦力はあった方が良いだろう」


燃え尽きたサハギンを見て、騎士は考えを改めた。


「サハギンどもはこの船を沈めるつもりだろう。奴らには火が有効だが、嵐の中では使えない。あなたの件は炎の属性をお持ちの様だ。お力添えをお願いする」


そう言い残すと、騎士は船を駆け上がってくるサハギンに向かって行った。



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