14.ドラゴンスレイヤー
1週間が経ち、鍛冶屋のゴルドと再びご対面となった。状況を見に店まで行ってはいたのだが、剣造りに没頭しているせいかいつ行っても店が閉まっていたのだ。槌を振るっている音は聞こえていたので、多分そういうことなんだと思う。
「ゴルドさーーん、1週間ですよー」
やっぱり店が閉まっていたので、中に声をかけてみた。だが、返事がない。いつものような槌を振るう音もしなくなっていたので、何か起きたかもしれないという危惧から、扉を強引に開けて中に入ることにした。
「失礼します、よっ、と」
店舗の方は、うっすらと埃が積もっていたので、1週間何もしてなかったと思われた。更に、奥の工房へと向かった。そこで見たのは、床の上にごろりと転がったゴルドだった。
「ゴ、ゴルドさんっ」
武器が狙われたのか、それとも自分の関係で邪魔者とされて狙われたのか、いずれにしても何か握りしめた状態で突っ伏している状況は普通ではなかった。慌てて駆け寄り、ゴルドの身体を抱き起す。
「ゴ、ゴルドさん、しっかり!大丈夫ですか・・・・・・く、臭っっっ」
「ゴンッ」
ゴルドは、かなりの異臭を放っていたので、思わず手を放してしまい、ゴルドは頭から再び床に落ちた。
「あっ・・・」
「うーーん、ん・・・・・」
意識はあったようだ。
「ゴルドさん、無事ですかっ?」
「むにゃ、おう、おめぇか、ふわぁぁぁ、寝ちまってたか」
「寝てた!?」
「おう、なにしろこんな仕事、滅多にないからな。寝る暇も惜しいってものよ。どのくらい経ってたんだ?」
「1週間ですよ」
「そんなに経ってたのか、そういや、腹も減ったな」
そういうゴルドの腹から盛大に空腹を示す音が鳴り響いた。
「もしかして、風呂とかも?」
「風呂だぁ?そんなもん、なくても死にはしねぇよ。それより飯食わせろ」
「まぁいいですけど、ご飯食べに行く前に風呂入ってくださいよ。すごい臭いしてますからね。そのままじゃ、店に入れてもらえないですよ」
「ちっ、面倒臭ぇなぁ、わかった、店の方で待っててくれ」
「あ、ところで、剣の方は?」
「意外とせっかちだな。飯食ってからにしようや」
そう言ってゴルドはニヤッと笑った。
店で待っていると、「こんにちはー」と扉を開けて女性が入ってきた。酒場に行ったときに給仕をしてくれた少女だった。
「ゴルドさんなら、今、風呂入ってますよ。もう少ししたら出てくると思いますけど」
「あ、そうなんですね」
ここは鍛冶屋である。給仕仕事に武器は必要ないので、厨房で使う料理器具でも買いに来たのだろうと思った。
「んじゃ、ゴルドさんのご飯置いていきますね」
「え?」
「ゴルドさん、しばらく店に来ないから店長が様子見がてらご飯届けて来いって」
どうやらゴルドは酒場で食事をとる常連だったようだ。
「ああ、そうなんだ、えっと、君は?」
「やだなー、ケイティですよ。ほら、酒場で話したでしょ?」
「ああ、うん。覚えてるけど、名前聞いてなかった」
「そうだったかしら?ま、いいや。それじゃ改めてよろしくお願いしますね」
天然なのか、とぼけた顔をしてケイティはそう言って笑いかけた。なんとなく胸のあたりが温かくなる感じがして少し気恥ずかしかったが、こちらも挨拶をしないといけないと思い、名前を告げた。
「エミグレアさんですね。まだ、若いみたいですけど・・・もしかして噂の東の港で海賊退治されたエッダ領の若様ですか!?」
「噂がどうかは判りませんが、エッダ領領主クロイツの次男です」
「はわわ、貴族様じゃないですか」
出自を聞いて、ケイティがワタワタし始めた。
「末端貴族の次男ですから、気にしないでください」
「そういうものなんですか?」
ちょっと困ったような顔をしながらケイティが答えた。ちょうどその時、ゴルドが店舗にやってきた。
「お、なんだ、酒場の嬢ちゃんじゃねぇか。これから飯食いに行くところだったんだが・・・」
ゴルドは近くに置かれた食事に気が付き、食い入るように食事を見つめていた。
「あ、ゴルドさん!店長が食事もってけって」
「おお、これ食っていいのか!ありがたく頂戴するぜ」
空腹に堪えかねたのか、返事も聞かずにケイティが持ってきた食事を貪り始めた。
「酒が欲しいな」
あっという間にあらかた食い終わったゴルドがそう言った。
「あ、それじゃ、これから酒場に来ませんか?」
「おお、いいな。おめぇも付き合え。打ち上げだ!」
「いや、まだ、剣を受け取ってないのですけど」
「盗られやしねぇよ、あんなもん普通に持ち歩けるやつはいねぇってもんだ。ほれ、行くぞ」
半ば強制的にゴルドとケイティははエミグレアを酒場まで連行していった。
酒場に入ると、まだ昼前だというのにかなりの人数で席が埋められていた。
「なんだ、結構混んでるな。なんかあったか?」
「この間の行軍演習で怪我した人たちが大勢いたでしょ。できる仕事もないからここにいるの。おかげで繁盛してるけどね」
ホールに入り、給仕の支度をしていたケイティが説明してくれた。酒と食事が運ばれ、ゴルドが酒の入ったグラスを呷った。
「一仕事後の酒は旨いが、今日のは格別に旨いな」
「あら、そんなに大仕事だったの」
運んできてくれたケイティが、給仕格好のままアイテル席に腰を掛けて尋ねてきた。
「おお、聞いてくれよ。こいつの武器を頼まれたんだが、見かけによらずいい腕と素質があってな。たまたま素材もそろってたから、伝説ともいえる竜殺しを打ってたのよ。飲まず食わずで、これだけ打ち込んだのは久しぶりだったぞ」
「竜殺し?」
「おう、竜の鱗、竜の爪とミスリルを合わせて仕上げる剣だ。素材の入手が難しいうえに扱えるやつがほとんどいねぇからな。造れる機会なんざ滅多にねぇっていう代物だ」
「へぇ、そんな素材よくあったわね」
「まぁ、不思議なもんだな。ちと前に金がないのにここで酒盛りしてたやつがいただろ?そいつと意気投合しちまってな、代金肩代わりしてやったんだ。その時にお礼だとか言われて素材一式譲り受けたんだわ。あの時は、こんな素材もらってもお蔵入りだろうと思ってたんだがな」
「それって、この人の剣だよね?そんなすごいもの扱えるの?」
ケイティがエミグレアに向かって聞いてきた。
「それは僕も聞きたいですよ。まだ剣自体見てもいないのですから。さっきも言ってましたが、盗られる心配がないってどういうことですか?」
「竜殺しって剣はな、形は両手剣、長さは刃の部分だけで2メル以上あるんだ。重さもそれなりでな、資格のないやつでは担ぎ上げることもできねぇんだ。だが、資格のあるやつは、その剣がどの剣よりも軽く早く扱えると言われてる」
「言われてる?」
「俺も扱った奴なんか見たことねぇからな。昔師匠に作り方を教わっただけだったからな。いやぁ、できるかどうかわかんねぇやつに挑む機会が貰えて楽しくてしょうがなかったぜ」
「そ、それって本当に僕が扱えるのでしょうか?」
「大丈夫だって」
ガハハと笑いながらゴルドは酒とともに陽気になっていった。しばらく食事と酒を楽しんだ後、再びゴルドの攻防へとやってきた。
「なんで嬢ちゃんも一緒に来てんだ?仕事はいいのか?」
「えー、あんな話聞いたら、来れずにはいられないでしょう」
「ま、いいか。後で怒られるのは嬢ちゃんだからな」
そういわれて、「えー、おこられるのー」と言って文句言っているケイティを放っておいて、ゴルドとエミグレアは出来上がったドラゴンスレイヤーを眺めていた。
「ゴルドさん」
「なんでぇ」
「2メルって言ってませんでした?これ、3メルはありますよね?」
「嘘はついてねぇぞ、2メル以上って言っただろ。まぁ、素材の関係でこんな長さになったがな。そんなことより、持って試技場へ行くぞ」
「も、持てるかな・・・」
エミグレアは出来上がったドラゴンスレイヤーの柄を握った。その時、剣から何かが流れ込んでくるのを感じた。
「やっぱりな、俺の見立て通りだ」
エミグレアはおそらく人の数倍も重量がありそうな剣を方で持ち上げていた。付いてきたケイティも目を見開いて驚愕の表情を浮かべていた。ゴルドは満足げな表情を浮かべ、エミグレアを連れて裏にある試技場に移動した。
「あー、そうか。木人壊されたんだったな」
人聞きの悪いことは言わないで欲しい、とエミグレアは思った。
「まぁ、いいや。海に向かって切りつけるように剣を振ってみてくれ」
あの力が満ちて来ているとは感じなかったが、感覚を思い出して剣に力を込めて上段に振りかぶり、海を切るように振り下ろした。
「え”ぇぇぇぇぇ!」
ケイティが、どこから出したかわからないような叫び声をあげて、口を開け、目を見開き、よくわからない格好で固まっていた。だが、ゴルドも剣を振ったエミグレア自身も、見たことのない景色にあんぐりと口を開けて呆然としていたので、ケイティだけがおかしいわけではないようだった。
目の前に存在する、見たことのない景色、それは海をはるか沖まで二つに割り海底が覗いており、まるで海の中に突如として道ができたかのようだった。
「こ、これがドラゴンスレイヤー・・・」
「い、いや、剣は確かにすごいはずだが、たかが剣だ。こんなことができるとは思えん・・・噂には聞いていたがこれが伝説の剣の力ってやつか」
「え?造ったのはゴルドさんでしょ?」
「打ったのは確かに儂だが、それでも鍛冶屋として槌を振るったにすぎねぇよ。だが、これなら火竜ごとき問題にもならねぇな」
その後、エミグレアは剣に慣れるために試技場で素振りや技の練習をして、剣を携えて屋敷に戻っていった。
「なぁ、嬢ちゃんや、これ、いつまでこうなんだろうな」
海にできた道の中で、魚介類を収集して悦に入っていたケイティにゴルドがそう尋ねた。
「どうなんですかねぇ。魚とか素手で獲り放題なので、このままでもいいんじゃないですか?」
「そういうわけにはいかねぇだろう、儂は漁師じゃねぇからな」
夕陽が沈むまで、海は割れたままだった。夜中に激しい音共に割れた海は元に戻った時に、天変地異かと周囲の住民が飛び起き騒いでいるのをゴルドは苦笑いをして眺めていたのだった。




