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10.ノーブル領軍での戦い

近づいてきた魔物は数頭の鎧牛だった。


「・・・犀?」


エミグレアは鎧牛を見て、思わずつぶやいた。


「犀?なんだそれは?エッダ領じゃ鎧牛をそう呼ぶのか?」


隣にいた兵士にそう聞かれた。エッダ領には鎧牛はいなかったが、何故かエミグレアはその魔物が知っているように思ったのだ。しかも犀という名前として。だが、記憶を探っても、なぜ犀という名前を知っているかは思い出せなかった。


鎧牛。牛というには体が大きく、鼻先には棍棒のような角があり、全身を鎧のような形状の堅い皮膚でおおわれている魔物だ。そして、この形の生き物はとある世界では、確かに”犀”と呼ばれていた。だが、鎧牛は姿形は似ていても、獣ではなく魔物に分類される生き物だ。獣と魔物の分類はその身に魔力を纏っているか否かである。だが、この違いははっきりと強さの違いとして区分けされる。


軍と鎧牛との間は500メルほど空いてただろうか、突如鎧牛の周囲に土煙が立ち始めた。


「盾構え!」


隊列を守るように立ち並んだ重厚な盾を持った兵士が一斉に盾を前に出し、壁となる。立ち上がった土煙は鎧牛の突進を示すものだ。鎧牛の退治方法は比較的簡単である。突進してくる牛鎧に遠距離から弓と魔術で攻撃を加え突進の勢いを削ぎ、さらに盾持ちが足止めをする。その後近接職でとどめを刺す。


対処はいつものことでもあり、領軍の動きに迷いはなかった。


「攻撃開始!」


指揮官の号令で、魔術使いがファイヤーボールを射出し、ひるんだ鎧牛に弓士が一矢を打ち込む。鎧の強度は魔力で保たれているので、初手の魔術で魔力を散らし、矢が強度の落ちた鎧を貫通する。それだけで倒れることはないものの、明らかに突進の勢いが落ちた。


一頭当たり数名の盾が迎え撃ち、盾を弾き飛ばされることなく鎧牛を押し留め、盾職の後ろに控えていた近接職が前に出て、鎧牛の息の根を止めていく。


エミグレアは魔術使いの戦いというものを初めて目にした。エッダ領でも魔術使いはいたが、攻撃するところは見たことが無かったのだ。


魔術使いは、水晶のような鉱石を嵌めた杖を持ち、杖に魔力を流すことで功績に刻まれた魔術を放出することで魔法を行使する。放出される魔術の威力は杖に流し込んだ魔力で決まるため、攻撃力のある魔術使いの魔力は常人よりも多い。だが、生身で魔法を放出できる者は非常にまれであるため、魔法は魔術を刻んだ鉱石で魔力を増幅して放出するのが一般的である。放出される魔法の種類は鉱石に何が刻まれているかで決まる。今回のような巡回警備であれば魔物への攻撃が主となるため、攻撃効果の高い火の魔法を使う魔術使いが同行する。


数頭の鎧牛は、領軍に被害を与えることなく全滅した。緊張が緩み始めるなか、声が上がった。


「まだだ!まだ来るぞ!」


先ほどの丘の上を見ると、再び鎧牛が見えた。


「な、なんだ、あの数は・・・」


数頭どころではなかった。30を超える数の鎧牛が姿を見せたのだった。鎧牛は群れを作る習性をもたない為、1頭、もしくは家族とみられる数頭でしか現れない。縄張り意識が強く、縄張りに侵入すれば問答無用で突進してくるのだ。それは同族であっても同じだった。群れを作るのは繁殖期ぐらいなのだ。


再び、盾を構えて対峙する。


「数が多くてもすることは同じだ。相手は知恵なき魔物だ。焦る必要はない」


指揮官から檄が飛ぶ。確かに数は脅威だが、領軍の方がはるかに数が多い。それに思い至り、兵士たちから焦りが消えていった。


『知恵がない?本当にそうだろうか?』


エミグレアの知る魔物は、せいぜい角ウサギぐらいだ。だが、角ウサギであっても、罠をかいくぐり人間にしっぺ返しを食らわせることもあったのだ。鎧牛ほどであれば、それ以上の知恵があってもおかしくはないとエミグレアは思った。


そうして土煙が上がった。


『おかしい!』


先ほどの戦闘で鎧牛を排除した兵士たちは気が付いていないかもしれなかったが、一歩引いて戦いを見ていたエミグレアには鎧牛の突進の状況が先補とは違うことに気が付いた。指揮官の元に急いで向かい、声をかけた。


「指揮官!先ほどと向かってくる形が違います。同じ対処では被害が出ます」


「ん?ああ、領主の客ですか。ここは私どもの専門領域です。何も知らない部外者はおとなしく後方に控えていてください」


指揮官はエミグレアを一瞥すると、あからさまな嫌悪を口にした。指揮官にしてみれば、エミグレアは成人前の子供であり、ノーブル子爵の命令であっても子守など御免被りたいことだった。そして、その守られるべき子供が、意見を具申してくるなど、相手がたとえ貴族の子息であっても我慢ならなかったのだ。


指揮官の態度にエミグレアは引き下がらざるを得なかった。確かに自分には実践の経験がないので、指揮官に意見を言うなど思いあがった態度だったかと感じたのだ。だが、不安は残るので、自分も参戦することもあると気を引き締めなおし、武器を手に後方に控えた。


先の戦闘では、数も少なかったため、攻撃に参加した魔術使いは数名でしかなかった。だが、今回は数があまりにも多かった為、魔術打つ会全員で魔術を放った。空を赤く染めながら数多の火球が飛び鎧牛の群れを轟音が包み込んだ。すかさず矢ぶすまを作った弓士が一斉に矢を放つ。そして盾にぶつかる鎧牛の群れ。


弾き飛ばされたのは領軍の方だった。鎧牛は、魔術が自分たちの鎧を弱めてしまうこと、矢と盾が自分たちを止めてしまうことを理解していたのだ。前方に魔術を身に受けるものを配置し、その後方にいる鎧が健在なもの達が盾に突進するという戦法を取った。魔術を受けた鎧牛は10頭ほど。20を超える鎧牛たちが隊列を寸断していった。


「ぐほぉぉ」


「ぎゃぁぁぁぁ」


弾き飛ばされ、踏みつぶされる兵士達。


「ま、魔術を!」


「む、無理だ!魔力充填が間に合わない!ぐあっ!」


鎧牛は魔術使いを最初につぶしに来たのだ。杖を折られ、頭を踏みつぶされ、手足をいびつな方向に曲げて宙を舞う魔術使い達。弓士や近接部隊も魔術使いを救おうと鎧牛に切りかかるが、鎧に阻まれて致命傷が与えられずにいた。


「た、退却!退却だ!」


領都近郊には魔物がいない。それは、魔物除けの結界で守られているためだ。結界に入れば助かる、そう判断した指揮官は撤退命令を下した。だが、結界まではどんなに急いでも1時間はかかる。だが、希望を持つしかなかった。


「殿は引き受けますよ」


そう言ったのは、蹂躙されている軍の中で、鎧をものともせずに切り裂き、貫き、鎧牛を倒していた数名の兵士だった。


「き、君たちは?」


他の兵士と同じ装備だったので指揮官は気が付かなかったが、顔を見せたその者たちに見覚えは無かった。


「詳しいことは後で。今は生き延びることを優先しましょう」


「わ、わかった。頼む」


指揮官は生き残りを率いて撤退を始めた。当然鎧牛もそんなことを見逃すはずはなく、指揮官や兵士へ向かおうとした。


「おっと、それはだめですよ」


殿を務めるといった男のレイピアが鎧牛の目を貫く。仲間の身悶える姿に他の鎧牛たちも、追撃を止め、残っている者たちを警戒していた。


「ああ、そうそう、エミグレア、といいましたか、あなたもこちらですからね」


撤退し始めた軍の中へその男に呼び止められる。


「そ、そいつは領主の客だぞ、それに子供だ」


「知ってますよ。だけどね、船を真っ二つにして海賊を退治する実力の持ち主を、こういう場面で戦力にしない手はないでしょう」


指揮官もその話を聞いていた。だが、エミグレアがその人物だと思ってなかったのだ。何か言いたそうだったが、指揮官は引き下がった。


「こちらの強さが分かったのですかね、こいつらもうかつに動けないようです」


指揮官に率いられた軍が撤退を開始したにも関わらず、鎧牛たちは鼻息こそ粗いが、その場から動こうとはしなかった。


「さて、この場はあなたが対処して下さいよ。なに、あなたがダメだったら私らで処分しておきますから」


その男はエミグレアに鎧牛の相手を丸投げしてきた。その場にいる鎧牛は15頭。おそらく、これぐらいの数であれば、残った者たちは労せずに倒せるのであろう。その態度には余裕すら見えていた。そして、自分が死んでも心配するなという。


「わかった」


なぜ自分が、とは思わなかった。多分、この者たちが模擬戦で戦うはずの強者たちだったのだと判断した。であれば、この場を切り抜けられなければ、自分は彼らと対戦する資格すら無いと理解できた。覚悟を決めたエミグレアは鎧牛に対峙し、武器を構えた。


強者たちが、自分の後方に移動し一定の距離が開いた瞬間、鎧牛たちの猛攻が再開された。最初の鎧牛が迫ってきたとき、自分が何かに包まれた気がした。あの時と同じ感じだったが、鎧牛たちははっきりと視認できた。


時間の流れがゆっくりとなっていき、突進しているはずの鎧牛たちの動きが緩やかになっていく。重かった両手剣が握りしめることで軽くなっていく。突進を横に避け、すれ違いざまに横一線に剣を振る。剣の勢いのままに身体を回転させて、さらに数頭に剣を振るう。恐怖は無かった。周りの景色も見えなかった。倒すべき相手だけが目に移り、身体を捻り剣を躍らせていく。それはまるで剣舞の様だった。


「ひゅー、なかなかやるねぇ。どうやら噂は本当だったようだね」


「どこからあんな力出てるんだ。それにあれは刃引き剣だろ?なんで切れるんだよ」


「綺麗・・・・」


後方にいる強者たち、男2名女1名がエミグレアの戦いを眺めて感想を言い合っていた。


エミグレアの身体から感じていた力のようなものが抜けていき、我に返った。周囲には、堅いはずの鎧ごと身体をを真っ二つに切られて地面に横たわる鎧牛たちしかおらず、生き残っている鎧牛はいなかった。


「パチパチパチ」


後方から拍手が聞こえた。


「お見事ですね。これであなたは私たちと戦う権利を得ました」


「あなたたちは?」


「これは失礼、私はバスターと言います」


「おう、俺はゴウトクだ」


「ローラン」


男二人と女は、そう名乗った。


「さぁ、模擬戦を始めましょうか」


バスターが笑顔のままそう言った。



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