異能使いはどこか妖しい
町の近くには、木々が乱立する地帯があった。森というほど広くはない。そこに紛れるように存在する洞穴の中に、ガネの一味はいた。人が立って入れるくらいの穴で、奥行きもあるといえよう。
ジュスタとアザミは教えられた通りに洞穴にたどり着いた。入り口付近で、二人の男が談笑をしながら見張りをしていた。警戒心など微塵も感じられず、ただ存在しているだけの見張りである。
「見張りがいるみたいだけど、さあどうするの」
「声を出されないうちに無力化をしよう。今ならできる気がする」
ジュスタは彼女の言葉を否定せず、指でまるを描いた。
アザミが小さく、「さん、にぃ、いち」と声に出し、言い終えると共に二人は見張りに向かって走り出した。
常人の走りとは違う、狼の走りを彷彿とさせる速さで彼らは駆けた。
「あ? なんだ?」
見張りの一人が顔を向けるが、その行為は意味をなさない。一瞬のうちに懐まで潜り込んだジュスタは、彼の顎に掌底をくらわせた。勢いに乗った攻撃により、男の顎の骨が砕ける音がした。
隣にいたもう一人の見張りは、アザミが首を絞めて泡を吐かせていた。彼は白目を剥いており、体の一切には力が入っていないようだった。
「これが能力者……ね。ガネもこの力があって、俺たちと同じってことだもんな。不安だよ」
ジュスタは倒れている男たちを見て呟いた。
「私もだ。前に無謀な突入をして君を命の危険に晒したことだってある。今回は絶対に間違えないさ、二人で、ガネを倒そう」
そう言った彼女に、緊張の様子は見られない。あるのは覚悟。鋭い目つきは、洞穴の奥をじっと見つめている。
カンテラの光に照らされた洞穴の中に、影が動いた。だんだんと影は、ジュスタとアザミのいる入り口に近づいていく。
二人は、様子を見るために入り口から離れて木の陰に隠れた。
出てきたのはジュスタをビール瓶で殴った小太りの男であった。彼は入り口で倒れている二人を見つけると、慌てた様子で洞穴の中に叫んだ。
声を聞き、誘拐犯の一味がぞろぞろと洞穴から出てきた。その数はガネを含めて十人はいる。
出てきたときに、彼らに紛れてマカの姿が見えた。腕に縄を巻かれていて、拘束されていた。体には目立った外傷もなく、精神的に参っている様子も見られなかった。
ガネは辺りを見回すと、白髪の頭を掻いた。
「襲撃者は近くにいる。手分けして探せ。富豪の娘を掻っさらいにきた他のチームだろう。舐められんじゃねえぞ」
ガネの言葉通りに、男たちは輪を広げていくかのように近くの木の間を進む。二人との距離が、縮まっていく。
ジュスタは息を止めた。少し離れたアザミと目で会話をし、近づいてくる男に意識を集中させた。
進んできた男とジュスタの目があった。男が、「いたぞ!」と叫んだが、その間に顔面に拳を叩きこむ。男は吹っ飛ばされて、木に背中をうった。
「やってやろうじゃない……ッの」
ジュスタは呟くと剣を抜き、向かってくる男たちに先制攻撃を仕掛けた。能力者の早さに反応出来ず、ジュスタの剣に足を的確に斬られ、蹴飛ばされる。
彼が注目を集める中、アザミはマカの元へ向かった。マカの近くにいたガネがジュスタの様子を伺い見ていた。
「お前ら……夜に俺たちと遊んでくれた餓鬼じゃねえか。あいつに至っては致命傷だったろうし、お前は俺が肩を撃ち抜いたはずだ。あー、ハイネって野郎が能力者っつうのは知ってたが、医療の異能を持ってるとは知らなかった。残酷だな、むざむざとまたやられにくるなんてよ」
「御託はいらない。私はお前を倒して彼女を取り返す」
ガネは拳銃を取り出し、アザミに向け、弾丸を放つ。鳥が羽ばたく時間さえなかっただろう。放たれた弾丸はアザミの胴体へと進む。
彼女は半歩だけ体を引き、弾丸をかわした。まるでそうするのが当たり前と言わんばかりに。
ガネは彼女を訝しむ。だが、そうしながらも撃鉄を引き、もう一発の弾丸を放った。
アザミはこの弾丸さえ避ける。それを見たガネは、舌打ちをした。
「いや、能力者の血に適合したのか。それで俺に挑みにきたと。はっ、馬鹿な女がいたもんだ」
「笑っていろよ。何故だかな、今の私はお前に負ける気がしないんだ」
「言ってくれる」
ガネは拳銃をしまうと、今度はナイフを取り出した。彼はそれを試すように一度振るうと、アザミに向かって駆け出した。
彼女は構え、ガネを見据える。二人の間合いは近距離。近づくのは必然であった。
間合いに入ろうかとした瞬間、ガネは急に立ち止まった。
無意味ではない。迎え撃とうとしたアザミは、僅かではあるが姿勢を前傾にしていた。ここから取れる選択肢に、回避というものはない。
ガネはアザミの前傾姿勢を見逃さず、一歩踏み込んでナイフを横に薙いだ。彼女はそれを腕で上の方向に弾く。
触れた瞬間、肉が焼ける音がした。
驚いたアザミは跳びのき、ガネと距離をとった。彼女はガネと触れた腕を一瞥した。その場所は、肉が変色し汚れた赤色となっていた。彼女は険しい顔をした。
「これが……異能の力か」
アザミは呟いた。ガネは鼻を鳴らし、彼女にまた近づいていく。油断の一片もない、狩りをする真っ只中の狩人。
今度はアザミが先行をして拳を放った。ガネはそれをかわしつつ、腕を掴もうとする。彼女はそれを嫌い、腕を引く。ガネも牽制と言わんばかりにナイフを突き刺そうとするが、アザミは上手く避ける。
息もつかない攻防を繰り返していくが、アザミの攻撃がガネの体を掠めるたびに彼女の拳が焼けていく。圧倒的不利な状況に、彼女はガネから距離を取ろうとするものの、それをナイフで咎めら離れることはできない。
アザミは攻撃をやめ、回避に専念することにした。ガネはその行動に眉をひそめたが、変わらずナイフでの攻撃を続けた。
「避けるだけでどうして勝てる見込みがあるんだ? いや、ないだろ。かかってこいよ女」
アザミは彼の言葉に反応せず、ただナイフをかわす。不審に思ったガネは、攻撃の手を緩めた。彼女は一歩だけ足を後ろに運び、再び彼と距離を置いた。
ガネが目を見開き、いきなり横っ飛びをしてその場を離れた。
ガネがいた場所に、ジュスタの剣が振り下ろされた。彼はアザミが交戦している間に、誘拐犯の一味を全員無力化させて彼女の助太刀に来たのであった。
「今のを察知するって……どんだけ感覚が研ぎ澄まされてんのさ」
ジュスタはあきれた声で言った。ガネは先ほどジュスタがいたであろう場所に、手下たちがやられている姿を見つけて舌打ちをした。
ガネは腰に添えていた小さなひょうたんを取り、中身を口に含んだ。彼はひょうたんを捨て、二人を睨みつけた。
ジュスタはアザミに近寄った。
「気をつけるんだ。奴の異能の詳細はわからないが、体に触れるとその部分が火傷してかなり痛む」
「わかった。目的はガネを倒すことじゃない、マカを助けることだからさ。どうにか意識を引かなきゃね」
二人は視線はガネに固定したまま一言を交わした。ガネがナイフを構えつつ、じわりと二人に近づいた。
迎え撃とうとしたジュスタとは対照に、アザミは訝しげに向かってくるガネを窺った。奥に落ちているひょうたんが視界に入り、何かに閃いた。
「ジュスタ、逃げるんだ! 嫌な予感がする奴の異能は……ッ」
アザミがガネから逃げ、離れながら叫んだがもうガネは充分に寄っていた。決して剣が届く距離でもなく、それでいて自分の攻撃が届く位置。
彼は口に含んだ水を使って霧を吐いた。霧は、ジュスタたちの方向に大きく広く拡散する。
予想外の行動に、ジュスタは戸惑いつつも逃げ出した。アザミはいち早く反応し、霧からは完全に離れている。
「【纏う空気は赤く染まりて】。俺の異能を味わえ餓鬼ども」
水で出来た霧が、一気に濁った赤色に変色して熱を帯びた。霧は轟々とした炎と変化し、ジュスタを襲う。
ガネが起こした燃え盛る火炎により、ジュスタとアザミの姿がみえなくなった。ガネは満悦の笑みを浮かべ、どこかに隠れただろうマカを探そうとした。
「随分とご機嫌じゃないか」
アザミが濁った炎を煙幕として利用し、ガネの真横をとった。ガネは慢心ゆえに、反応が遅れた。彼女の回し蹴りがガネの体を狙う。ガネは咄嗟に腕を挟み、衝撃を弱めたものの体が吹き飛ばされた。
「っ……クソが!」
ガネはナイフを手放した。吹き飛ばされる中、空中で体勢を整えて着地する。彼の右腕があらぬ方向へと曲がってしまっていた。
「お前の異能は触れた物を燃やす異能。自動ではなくて任意でだ。だから不意打ちなら燃やされない、違うか?」
アザミは全てを理解していると言わんばかりに不敵な笑みを浮かべて言い放った。余裕ぶっていたガネの表情に焦りが生まれた。
アザミとガネが睨みあっている間に火の霧が無くなり、ジュスタの影が見え始めた。服のところどころが焼けているものの、深い傷は負っていない。
「ひええ、アザミの声のおかげで助かったねこりゃ」
ジュスタはおどけながら言った。彼はアザミの声に反応し、すぐさま飛び退いた。お陰で軽傷で済み、通常の火傷程度を負うのみであった。
ガネは右腕の力を抜き、ゆっくりと立ち上がった。ナイフさえ持っていない、腕の折れたガネはどこか妖しげであった。
「なんでお前ら如きに……いや、弱音はなしだ。全力をもってお前らを潰そう」
ガネの銀色の義手が蛇のようにアザミに伸びていった。アザミは避けない。いや、避けられなかった。
「なに……ッ?」
アザミが驚きに声を漏らした。ガネの手はアザミの腕を力強く掴んだ。ガネの異能により、皮膚が焼かれていく。アザミは腕を引き、ガネから逃れるものの追撃として腹部を殴られ、彼女は吐血した。
アザミの顔が悲痛の表情に歪んだ。ジュスタが駆けつけ、剣を振ってガネを追い払った。彼女はよろめいたものの、踏ん張って立った。
「平気かアザミ! この、許さないぞガネ!」
ジュスタがガネに斬りかかった。ガネはそれを軽々と避け、反撃に手を遠回しに伸ばして死角からジュスタを掴みかかる。
ジュスタの心臓が高鳴った。襲いかかるガネの手を、すんでのところで避けた。手の位置なんて、ジュスタは分かっていなかった。
ガネは再度ジュスタに手を伸ばす。目に見えないくらいに、その手は速い。だがジュスタは半歩ずれてその手をかわす。彼の心臓の鼓動が早くなっていく。
ガネが何度もジュスタを掴もうとするが、ことごとくジュスタはそれを拒否する。ジュスタの表情は、なにか違和感を覚えているようであった。
「不気味だな。能力者になったばかりのお前が俺の全力についてこれるのが。それでいて、息を潜めて俺の隙を狙っているのが」
「俺だってなんでアンタの速さについていけてるのか分からないさ。でもね、なんだか、なんだか分かるんだよ……ねッ!」
ジュスタは攻められている中、敢えて一歩踏み出した。ガネがその行為を咎めようと足を掴みにかかる。
ジュスタはその足を引いた。ガネが掴みかかりにくるのを知っていたかのように、フェイントを仕掛けたのであった。
隙を見せたガネに、ジュスタは剣を振った。彼の剣は、ガネの肩から胸にかけてを深く斬り裂いた。
「は?」
ガネから間抜けな声が出た。彼は歯を食いしばりながら飛び退き、ジュスタから離れた。ガネの肩から、鮮血が垂れ流れていた。
「勝負勘が研ぎ澄まされてる。ガネの行動がいやみたいに分かる。なんなんだ……この感覚」
ジュスタは自分の行動に唖然としていた。しかし彼は首を振ると、ガネの方を強く見据えた。
ガネの足が震わせながら舌打ちをした。彼の目の焦点はもはや定まっていなかった。
ガネは急に眠るかのように全身が脱力し、うつ伏せになるように倒れた。彼の肩からはとめどなく血が流れ出ていた。
「や、やった?」
「ああ、多分ね。ジュスタ、よくガネに勝ったな」
アザミが痛みに顔を歪めつつも、清々しい笑顔を浮かべた。
「あ、怪我は平気なの? 凄く痛そうだけど」
「痛いよ。でもまあ、能力者だからね。数日したら完治するだろう。今は私よりマカのことを優先しよう」
ジュスタはアザミの言葉に納得をし、頷いた。
二人でどこかに隠れているだろうマカを探す。彼女は、木陰に小さくなって佇んでいた。
「あ、あ、アザミ? 凄い怪我してるじゃない! 早くお医者さんに見せなきゃ……! ってそれより、ガネって奴はどうしたのよ、アイツがいる限り逃げられないわよ!」
ジュスタはマカの慌てように笑ってしまった。その態度に彼女は頰を膨らませて怒った。
「安心するんだマカ。ガネはやっつけたし、私の傷は気にしなくていい。さ、町に戻ろう」
アザミがマカの腕に巻きついていた縄をほどきながら、優しい笑顔を向けた。マカは訳がわからないといった様子で、清々しそうな二人の顔を見ていた。
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