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危険はいつも隣にいるようだ

 ジュスタは本格的にやることがないと言い、ホテルに戻った。マカが鍵をかけてなかったため、帰ることに問題はなかった。ベッドで横になっていると、微睡みが襲ったのか、彼は瞼を閉じて夢の世界へと旅立った。


 数時間後にジュスタを起こしたのは、アザミだった。その声はどこか、焦りのようなものが含まれている。


「ん? アザミか、どうかしたの?」


「マカがいない。もう午後の十一時だ、とっくに帰っているべき時間だよ。どうもおかしい」


 ジュスタは飛び起き、部屋を見回す。そこにマカの存在はない。彼は、口元に手を当てた。


「昨日、あいつ言ってたよな。自分は富豪の娘だから狙われることもあるって。まさかだけど、本当に拐われた……?」


「それは分からない。だが誘拐の可能性は高いと思う。探しに行こう、手がかりを探すんだ」


 ジュスタは唾を飲み込んだ。訪れた不安に、彼の胸の鼓動が早くなっていた。


 二人は足早にホテルから出た。一時間後にホテル前で落ち合うという約束をして、二手に分かれて町を駆け回った。大声を出して探すという手段は、誘拐されていた場合相手を警戒させるということでアザミが却下した。しかし、二人に心当たりのある場所はなかった。


 無為に時間が過ぎていく。手がかりが全く掴めない状況に、ジュスタは額に汗をかいた。明かりのついている店に尋ねるも、マカは来ていないようであった。


「おいおい、冗談じゃねえぞ……」


 ジュスタは下唇を噛んだ。走り回ったからか、緊張からなのか息があがっている。


「本当に誘拐されたのか。仮に誘拐されたなら建物の中だろ。富豪の娘ということを知っているなら……それなりに情報網があるグループ……? 富豪に楯突いてもいいってんだから、少しは大きい組織か」


 ジュスタは走りながら考えをまとめる。なにか少しでも情報を求め、明かりのついた店を何件か回った。ついに、ぼんやりと蝋燭の光が店内を照らす本屋で、本を読みながら店番をしていた主人が言った。


「ああ、お嬢様っぽい赤髪の子? うちに来たよ、時間は午後九時頃だね。遅くに来たから覚えてるよ、虎についての文献を探していたみたいだね。なに、もしかして迷子かい?」


「そんなとこ! ありがとね!」


 ジュスタはやっと掴んだ手がかりに胸を撫で下ろした。時間はすぐに過ぎて、もう約束の一時間である。彼は大急ぎでホテルの前に向かった。


 アザミはもう到着していたようで、壁にもたれかかって待っていた。


「ジュスタ、そっちはどうだった?」


「マカが午後九時頃に本屋にいたことが分かった。だからきっと、まだこの町のどこかにいるはずだね」


「よかった。それが気がかりだったんだ。こっちはマカの靴を見つけた。片方だけ脱ぎ捨てられてあったから、居場所を教えるために脱いだ可能性もある。きっと、近くにいるはずだ」


「なら、行くしかない」


 二人は顔を見合わせて頷いた。アザミが壁から背を離してジュスタを案内した。


 ジュスタが明かりのついた店を訪ねていたのとは真逆の方向にアザミは向かった。しばらく道行くとアザミが立ち止まり、道の脇を指差した。そこには確かにマカの靴が落ちていた。月明かりのみが辺りを照らしている。窓からの明かりは一切ない。


「ここからどう探すのさ」


「私が訊きたい。ジュスタも考えてくれ」


 アザミの語気が強まった。ジュスタは腕を組んで唸りながら思索した。


 二人が立ち尽くしていると向かいの扉が開いた。出てきたのは細身の男だった。ボロの服を着て、腰には短剣をつけている。男はすぐ近くの路地裏に入ると、ズボンを下ろして小便をし始めた。


「アザミ、あれ、ビンゴじゃない?」


「そう思うか? 私もそう思う」


 アザミが男の背後に立ち、銃を構えた。男は小便を終えると、ズボンを上げて振り返った。


「ふぁっ!?」


 男は突然の状況に驚きの声をあげた。口が大きく開き、状況を飲み込めていない。


「後ろを向け、警察だ。お前らの悪事はもう突き止めた。正直に白状するならお前一人くらいは見逃してやろう。攫った少女はどこにいる!」


 アザミが嘘を混じえて男を怒鳴った。男は首を小刻みに縦に揺らしながら、振り向いて背後を見せた。


「お、俺が出てきたとこ見てたろ。そこの中にメンバー全員いるよ、女の子もそこだ。なんだよ、絶対上手くいくって言ってたのに、もう警察にバレてんじゃねえか。ああ、俺だけは見逃してくださいよ、婦警さん。ちくしょう、あいつの大便さえ長引かなきゃ、くそっ、くそっ」


 アザミは男にそっと近づき、男の頭頂部めがけて拳銃を大きく振り下ろした。男は小さく呻き、膝から崩れ落ちていった。倒れきった後、彼は指が痙攣していた。


「運がいい。ちょうどアジトを突き止められたみたいだな。それに、この男のおしゃべり具合から見るに統率もとれてないみたいだ。これならなんとかなる」


 アザミが息をついた。ジュスタは彼女の発言に、眉をひそめた。


「ちょっと待ってよ。見つけたからこそ警察に頼るべきなんじゃないの? 相手が何人いるのかすら分かんないんだから、突っ込むのは良くないでしょ」


 ジュスタが提案するも、アザミは男が出てきた扉に向かい、ドアノブに手をかけた。


「私はね、仲間を傷つけるやつが大嫌いだ。だから、復讐する。それに、警察を呼んで戦力を集めている間に逃げられたらどうする? 私には銃がある。問題ないさ」


 アザミはドアノブを回し、扉を押した。ジュスタは彼女を止めようとしたものの、扉は開かれてしまった。


「動くな。お前らが拉致した少女を返してもらおう。さあ、早く!」


 アザミが拳銃を構え、部屋の中を威嚇した。部屋の中では、男たちがトランプを使って遊んでいた最中であった。彼らは突然の来訪者に戸惑い、各々が動けずにいた。


「何やってんだ? 餓鬼が二人だけじゃねえか。どう考えても馬鹿な正義感でお仲間助けにきた間抜けだろ。お前ら、はやくやれや」


 部屋の奥にいた中老の男性が低い声を放った。頭に生えている白髪は短く綺麗に整えられているが、肌には艶がない。そして左手が義手となっている。見るからに、この男たちを束ねる者の風格をしていた。


「ガネさん……でもこの餓鬼ィ銃持ってますよ。無理っすよ」


 トランプを持った男が、顔を振り返えらせて初老の男性を見た。ガネと呼ばれたその中老の男のこめかみに、青い血管が浮かんだ。


 ガネが「馬鹿がよ」と呆れた様子で言うとほぼ同時に、腰に添えてあった拳銃を抜き、狙いをアザミに向けた。


 ガネの拳銃から発砲音が鳴り、弾丸がアザミに吸い込まれるかのように飛んでいった。アザミは反応できるはずがなく肩を撃ち抜かれた。


 あまりの出来事に彼女は目を見開いた。銃を構え、相手がなにか行動を起こそうとした瞬間に発砲する覚悟をしていたというのに、ガネはいとも容易くアザミに向かって発泡した。


「もうやれるだろ。オラ、なんとかしろ」


 ガネが銃をしまい、ぶっきらぼうに言った。その場にいた誘拐犯の一味たちは、立ち上がり、壁に立てかけてあった武器を握ってアザミに襲いかかる。


「やらせるわけないでしょうが!」


 アザミの後ろにいたジュスタが彼女を外に引っ張り出した。いきなり引っ張られたために、アザミは尻餅をついた。


 ジュスタがアザミを守るように前に立ち男たちに剣先を突きつけた。男たちは警戒し、ゆっくりと動きながらも外に出てジュスタを囲んだ。ジュスタの額に大粒の汗が垂れた。


「すまない。ジュスタ、私のせいだ。私が、無謀に突入したせいで」


 アザミの息が荒くさせながら、立ち上がった。左の肩からは血が流れ出ていた。


「なに言ってんの。まだ死んでもないんだから、やめてよね。今は、逃げなきゃ」


 ジュスタは深く息を吐くと、隙ができないように剣を構えた。その佇まいは、一瞬の気の乱れも感じさせない。


 相手の一人が、正面から鉄の棒でジュスタを殴りかかった。ジュスタは右足を前に出し、攻撃をかわすと同時に相手の横っ腹を掻っ切った。


 背後にいた男は、ジュスタをめがけて槍で突き刺そうとしていた。ジュスタはかろうじて剣を槍にぶつけ、軌道を逸らすものの放たれた槍は彼の横腹を削った。彼は痛みに顔を歪めながらも、手首を返して槍使いの足を掠めて切った。


「が……っ!」


 善戦はしていたものの、ジュスタを囲んでいた小太りの男が隙をついてビール瓶で彼の頭を殴った。ジュスタは一瞬だけ、白目を剥いて気を失いかけたが、足を踏ん張らせて耐えた。


 ビール瓶を持った男をめがけてジュスタは剣を薙ぐが、力ない振りになってしまい難なく男は剣をかわした。


 足を切られた槍使いの男が、顔を真っ赤に染めてジュスタを槍で突いた。意識が朦朧としているジュスタは、かわす術を持たずに腹部を貫かれた。ジュスタの口から、血が流れだす。


「ふざけるな……ッ!」


 他の誘拐犯の一味と格闘していたアザミが、ジュスタの姿を見て激昂した。彼女は、無傷の右手で拳銃を握り、槍使いに向けて発砲した。弾丸は一直線に槍使いの心臓を撃ち抜いた。


 アザミの大きな隙を、彼らは見逃さない。格闘してた男の一人が、アザミを蹴飛ばした。不意打ちにより彼女は地面に頭を打ちつけ、拳銃を握ったまま意識を手放した。


 槍使いの男は膝から崩れ落ち、餌を求める金魚のように口を開閉している。彼に訪れるのは死だ。


 仲間を殺されたことに心中穏やかであるはずなく、誘拐犯の一味は二人を殺す、売り払うの話で喧嘩を始めた。ガネはその様子を見て、笑っていた。


「おいおい、俺の町で穏やかじゃねえなあ?」


 道の奥から、ハンチング帽をかぶった男性が歩いてきた。海風亭でジュスタが出会ったハイネという男性。彼は手をポケットに入れたまま、悠然とした態度で誘拐犯の一味へ向かっていく。


「ああ、お前。知ってるぜ、町の便利屋だって噂されてる。おめえも正義感を振りかざしたお子ちゃまか?」


 ビール瓶を持った男が下品な声で笑った。ハイネは、黙って男を睨みつけた。


「悪いが、その二人はこちらに渡してもらおう。町を血で汚したくはないからな」


 ハイネは一歩踏み出したかと思うと、ビール瓶を持った男のすぐ近くまで間合いを詰めていた。彼は理解のできない突然の出来事に、仰け反って一歩足を後ろに引いた。


「おめえら! そいつに手ぇ出すんじゃねえ!」


 先ほどの戦いに静観を決め込んでいたガネが、拳銃を握りしめながら外に出た。彼の怒鳴り声に誘拐犯の一味は静まった。


「そこの餓鬼ふたりが目的か? だったら連れてけ。お前が関わると面倒くさそうだからな。俺たちはすぐに町を離れる」


「それがいい」


 ハイネがほとんど意識のない二人を抱えあげ、町の闇に消えてゆく。誘拐犯の一味はガネを横目にあおぐが、ガネは彼らを視線で一蹴し、首を横に振った。


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