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敵っていうのはいつも突然に

 きっかり一時間後に、ジュスタは町の東口に到着した。マカとアザミは、もう到着していたようだった。二人の隣にある馬車は、シバがジュスタを乗せたような荷物を運ぶといった馬車ではなく、人が乗る個室がある馬車であった。御者台には小太りの男が笑顔と脂汗を浮かべて座っていた。


 三人で馬車に乗り込み町を離れる。出発当初の車内は無言だったが、道が進むごとに会話が増えていった。一度休憩を挟んだ後、ジュスタは自分のことを話すまで打ち解けていた。


「それで、俺は村から追い出されたってこと。俺の知らないところで追い出すことが決定してたんだぜ? いやになっちゃうよね」


 ジュスタは頬杖をつきながら自分の身の上話をしていた。それを聞いたマカは、大笑いをした。


「あははっ。馬鹿ねー、しっかり働けば良かったのに。そんなに疎まれるってそうそうないわよ?」


 ジュスタは、「そんなに笑うなよな」と言って口を尖らせた。笑いすぎたマカの目には大粒の涙が溜まっていた。


「まあ、そういった事情で旅をするのも悪くはないんじゃないか? 気楽でいいじゃないか」


 アザミが目をつぶりながら言った。


「あ、気になってたんだけどさ。護衛っていうんだから、襲われることを考えてるんだよね。だったらどうしてアザミさんがいるのさ。なにかしら武術でも習ってたの?」


 ジュスタは腕を組み、首を傾げた。


「それなら私が教えてあげるわよ。彼女はね、純粋に強いわ。体術は心得てるし、美人だし、都会に出たいらしいから功利が一致して賃金が安いし、なによりアレを持ってるのが大きいわね」


 マカは意味深な発言をし、不敵な顔をした。ジュスタが首を更に傾げると、彼女は「ほら」と言って隣のアザミを指を差した。


 アザミは少し困り顔をした後に軽くため息を吐いた。ジュスタが彼女を見ると、なにやら内ポケットから銀色に光る物体を取り出した。ジュスタは初めてみる実物に感嘆の声をあげた。


「それ、拳銃だよね。本物なの?」


 アザミは大きく頷いた。彼女は再び、拳銃を内ポケットにしまい込んだ。


「まあ、高級品だし見たことがないのも当然だと思うよ。私も買ったワケじゃなくて、親から受け継いだだけだしね。使うことはないことを祈るさ」


 ジュスタはアザミの話を聞いて何度も頷いた。マカはなにをしたわけでもないのに、なぜか得意気な顔をしていた。


「ジュスタ君はさ、腰に剣を添えているけど、剣術が得意だったりするの?」


 アザミの表情が固くなっていた。彼女は自分が中心となる雰囲気が苦手だったのか、ジュスタに話を振った。


「ああ、得意だよ。狩りのために使ったり、村のチビたちに教えてたりもしたしね。と言っても最近は大きな動物もでなくて平和だったから実戦の勘は忘れちゃったかな」


 ジュスタは乾いた笑いを出しながら頭を掻いた。彼を見ていたアザミの表情が、微かに濁った気がした。


「そうか。この護衛の任務は万が一があるかもしれない。心構えはしておいた方がいい。マカは私が守るけど、君まで守りきれる自信はないからね」


 聞く人によっては挑発ともとれる発言に、ジュスタは疑問符を頭に浮かべた。


 会話のネタが無くなり、馬車の中が静まって数十分した後、馬車がマドラスへ続くのだろう舗装された道を外したのが窓から見えた。目的地へはまだ数時間かかるだろうし、御者から漂うのは休憩という雰囲気でもない。予定にない道を走っている、ということを三人は察知したようだった。


「ねえ、御者さん? 私こんな道通ってなんて指示してないんですけど?」


 マカが頰を膨らませ、窓を開けて小太りの御者に声をかけた。


「いえいえ、お嬢さん方は知らないかも知れませんがね、向こう側の道は混んでしまうのでこちらの方が近道なんですよ、よく見ると道が獣道になっているでしょう? この界隈では有名な話ですよ」


 御者は脂汗を額に浮かべながら笑顔を取り繕った。マカは変わらず不機嫌な様子だったが、しぶしぶ納得して窓を閉めた。


 木々が生い茂っているような荒れた道を通っているせいで、馬車がよく揺れた。ジュスタとアザミは気にしてないようだが、マカは頭に血がのぼっているようだった。


「ああ、もう腹が立つわね。確かにそのまま進んでいたら馬車の中で宿泊は免れないとは思うわよ。けどね、こんなガタガタ揺れる馬車なんてイヤに決まってるじゃない!」


 マカは不満を吐き出すように叫ぶが、そのせいで舌を噛んだ。彼女は目に涙を浮かべながら、頰を膨らませた。


「ひ、ひいい!!」


 マカの呻き声とほぼ同時に、御者が悲鳴をあげた。馬車が急停止し、何者かに囲まれた。何か事件が起こったのは明白だった。


 ジュスタとアザミは顔を見合わせ、外に出ようと結論づけた。マカがついていこうとするが、それをアザミが止めて、馬車の中にマカを残した。


 外に出ると、数名の男たちが馬車を取り囲んでいた。手には、斧や剣などの刃物が握られている。


「おいおい、アザミさんの勘は当たったみたいじゃない?」


「盗賊だな。私が世界で一番嫌いな人種だ」


 アザミは、憎悪の感情を露わにした。握られた拳には力が込められていた。


「大人しくしろ。荷物を全て置いて帰るんだったら命までは奪わねえ、戦うか逃げるか決めろ!」


 御者の前にいた若作りの男が声をあげた。緊張してる様子もなく、事務的な声であった。


 ジュスタは辺りを見回し、自分の置かれた状況を確認した。彼はそれを終えると、少し息を吐いた。


 盗賊たちは徐々に馬車に近づいていく。どうやら投降しなければ武力の行使も厭わないといった風である。


「俺たちの周りにいるのは確認できる数が七人。とくに長い武器を持ってるやつは見当たらない。戦うのも悪くないと思うけど、アザミさん、どうする?」


「盗賊を野放しにするのも良くはないだろうしな。戦おうか」


 彼女は気を引き締めると、間髪いれずに盗賊の一人に向かって走り出して盗賊との間合いを詰めた。盗賊はナイフを突き刺そうとしたが、彼女はそれを払いのけて走った勢いをそのままに、拳を顎に叩き込んだ。見事に決まった一撃に、盗賊は脳震盪を起こし気絶する。


 アザミの背後から、盗賊が斧を振りかぶった。彼女は体を逸らして素早く避け、盗賊の腹部に正拳突きを食らわせて反撃した。盗賊は膝をつき、地面に倒れる。アザミの一連の動作に、「速い……」とジュスタが声を漏らした。


「ちっ、相手は実力者だ! 集まれ!」


 先ほど投降を促した男が声高に叫ぶと、アザミに一撃をもらってない四人が彼の元に駆け寄った。


「なに盗賊のクセして一丁前に連携なんてとるってんだよ。厄介だなあもう」


 ジュスタが剣を抜き、盗賊たちに向けて構えをとった。瞬きもせず、盗賊たちから目を離すことはない。


「ジュスタ君、さっきは相手が油断していたから不意打ちで仕留められたけど、きっともう簡単にはいかないと思う。君が前にでて、少し後ろで君にちょっかいかけようとするやつを私が倒す。いい?」


 ジュスタは頷いた。彼は息を大きく吸い、地を蹴る。盗賊たちも迎え討つようにそれぞれの武器を構え、ジュスタに向かって走り出す。


 お互いが間合いに入ったところで、盗賊がジュスタに向かって棍棒を振り下ろした。しかし、下ろし切る前にジュスタの剣が盗賊の体を切り上げた。決して致命傷ではないが、それでも深い傷である。


 その切り上げた隙を狙って、ジュスタの横をとった盗賊がナイフで彼を突き刺そうとする。気づいたジュスタは、切られ倒れゆく盗賊を掴んで振り返り、盾として使った。味方を盾にされ、ナイフを突き刺すことを躊躇した盗賊は一歩引いてナイフを構え直した。


「後ろ、気をつけてよね」


 ジュスタがナイフを持った盗賊に忠告し、盗賊が振り返った。そこには、アザミが冷たい目をして拳を構えていた。恐怖した盗賊は、大口をあけてナイフを落としたが、関係なく彼女の拳は盗賊の鼻っ面を撃ち抜いた。


 ジュスタが残りの盗賊たちを睨みつけると、二人が小さな悲鳴をあげて脱兎のごとく逃げ出した。残ったのは、リーダーであろう男のみだった。


 男は呆気にとられた様子で肩をすくめた。


「はは、お前ら強えわ。一瞬でうちが壊滅だもんなあ。だがよ、俺はカシラだ。お前らに舐められたままじゃ終われねえな」


 男は細身の剣を抜いて腰を落とした。彼から二人を侮る表情が消えた。熟練の戦士とも感じられる闘志に、ジュスタは一瞬気圧された。


 男がちらりとジュスタの背後を見た。アザミの方向とは別。真剣勝負の場に、彼はわざとらしく一瞬の隙をつくった。


「……アザミさん。馬車を見てきてくれ」


 何かに気がついたように、ジュスタが言った。アザミは眉をひそめた後、彼女は「わかった。そっちは任せる」と伝えて馬車へ向かった。


「気がつくよなあ、そりゃあ。だけどわざわざ視線で伏兵のことを教えると思ってんのかよ」


 男が小さく笑った。ジュスタの心臓が少し高鳴った。彼の背筋に一筋の汗が垂れた。


「いや、伏兵はいるね。なんでか分かんないけど、確信したさ。最後の仲間を売って、二対一の状況を避けたんだって。アンタが二人を引きつけている間にもう一人が人質を取るっていう手段をとらずに、ね」


「聡いな。全くもって正解だ。もう一人の仲間じゃお前はやれないだろうが、俺ならお前をやれる可能性がある」


 男がジュスタに向かって剣を薙いだ。動きは最小限であり、無駄がない。ジュスタが剣で受けて流すも、男は絶え間なく攻撃を叩き込む。


 ジュスタは男の攻撃に息を呑む。鋭く、そして速い剣撃を間一髪で受け流していていた。


「なかなか粘るじゃねえか。早くやられてくれよ、あとがつっかえてるんでな!」


 男が言うと、更に剣撃の速さが上がった。ジュスタは、剣撃を追いきれずに剣先が体に掠った。腕、足、腹、小手。毎回、決定的な一撃になるものは防いでいるものの、一方的に攻撃をされている。


 しかし、攻めているはずの男が額に冷汗をかいた。


 焦り。何度攻めても致命傷を与えることができず、時間が過ぎていく。


 男の視線の先、残りの仲間がアザミにやられていた。それを確認してしまった男は、剣筋が荒くなった。


「しまった……ッ!」


 男の顔が歪んだ。男が勝負を急いだ為に放った致死の一撃。それは、あまりにも稚拙な攻撃であった。ジュスタは見逃さず、男の攻撃を大きく弾いた。それにより、男の体勢が崩れる。ジュスタは目を見開いた。


「くら……えッ!」


 ジュスタは、男に向かって渾身の突きを放つ。男は辛うじて剣をぶつけ、軌道を逸らしたが、放たれた突きは男の右腕をえぐった。


 男が痛みに喘ぎ、握っていた剣を落とした。ジュスタは、落とされた剣を蹴り飛ばし、男と距離をとった。


 立っていられなくなったのか、男は抉られた部位をおさえながら片膝をついた。


「ジュスタ、こっちは片付いた。マカも無事だった」


 駆け寄ってきたアザミが、ジュスタに報告をした。彼女は、マカの方に行っていたであろう盗賊の首根っこを捕らえていた。


「危なかったけど、こっちも終わった。こいつらどうする? 流石にマドラスに連れて行くってワケにはいかないでしょうに」


 ジュスタは剣を鞘に収め、大きく息を吐いた。


「考えたが、ここに放置していていいんじゃないか? 退治はしたのだし、別に誰かに教える義理もないだろう」


 アザミは掴んでいた盗賊を放した。地面に口づけをした盗賊から、「おえっ」と濁った声がでた。


 ジュスタは彼女の意見を聞いてから、先ほど倒した男を見た。男は腕から大量の出血をしていた。それを見たジュスタは口を開こうとしたが、男が首を横に振って遮った。


「俺は盗賊だ。どんな死に様になろうと構いやしねえ。くだらねえ情けで救おうとするんじゃねえ」


 彼は、震える口を開き、ジュスタと目を合わせた。とても澄んでいて、力強い目であった。


「ジュスタ=セルファー……。あんたは?」


「俺はバルネ=ロンド。明日には忘れてていいさ。早く行けよ。負けた俺が惨めだ」


 バルネが途切れるように言い、うな垂れた。彼の呼吸は酷く荒くなっていた。


「盗賊が……。格好をつけるなよ」


 アザミが静かに、そして冷たく呟いた。バルネを見る彼女の目は光なく、曇っていた。


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