秘密の扉
前回までのお話
主人公、三木結は15年後、32歳になった友人2人と共に未来の自分を助けることになった。
未来の結を救うために試行錯誤する3人。
そんな時、結は会議室の奥である物を見つける。
結が見つけたものとは?
3人に未来の結を救うことはできるのか?
7
トコトコと指が画面に触れる音が暫くの間会議室中に響いた。
多分、何か調べているのだろう。春と花の表情はあまりに真剣で私は近づくことも話しかけることも出来ずにいた。
「うぉぉぉー!!見つけたー!!」
春は、まるで山の中の動物が覚醒したような雄叫びをあげると花も急いで春が見ている画面に近づいた。
よかったーと2人は声を揃えて言い、春が手を広げると花もすぐに手を広げて抱き合った。
私は謎の疎外感に包まれ、未だに状況が理解できないままでいた。
「あの……いまいちよく理解できないんだけど……何を見つけたの?」
私はとうとう疎外感に耐えきれず、感動に耽っている春と花に尋ねた。2人は互いに顔を見合わせると、花が掌を春の方に向けた。
春は少し驚いたように自分の方に人差し指を指すと、花は小さくニコリとして頷いた。
春は咳払いを1つすると、目をキラキラさせたまま話始めた。
「この結が見つけたシートこそ獏良のものなの。」
「え、さっきシートはもう1枚もないって言ってなかったっけ?」
私はまるで分からないというように聞き返すと春は少し興奮したように話した。
「ないはずだったんだけど……結、お父さんにこの工場には秘密の扉があるって聞いたの覚えてない?」
秘密の扉……?秘密の扉……あ!
思い返してみると1回だけその言葉を聞いたことがあった。
それは私がだいぶ幼かった頃……多分、まだ花が引っ越す前のこと……
私は1回だけ幼い頃に父の工場に連れて行ってもらったことがある。
幼い頃の私は自分よりも何倍も大きい父の手を握って、遠足気分で工場を見ていた。
機械を作るための大きな機械、自分よりもはるかに大きな人が一生懸命働く姿、完成したばかりのものを見て喜ぶ人や思わず涙し感動する人……
そこには私の知らない世界がキラキラと輝いて見えた。
すごいね、すごいね、と幼い日の私は興奮したように何度も繰り返した。
「社長!」
廊下中に響き渡る大きな声で父を呼ぶ声がした。
父が振り向いたのを見て私も一緒に振り向いた。
そこには父よりも少しだけ背の小さい男の人が立っていた。
恐らく社員の人だ。首から名札のようなものをさげていたと思うが、私はまだ漢字が読めなかった。
その人は私の方を見ると
「可愛いですね。僕にも同い年くらいの男の子がいるんですよ。女の子はまたきっと違うんだろうな。」
と微笑んでいった。
私は父に肩をトントンと叩かれたので、こんにちは、と笑顔で言うと、相手の人は、偉いな、と言って飴玉をくれた。
レモン味の飴だったと思う。口の中に広がるほのかな酸っぱさに胸がワクワクした。
それ以来私はレモン味が好きになった。
「どうしたんだい?」
お父さんが飴をくれたおじさんにそう問うと、おじさんは少し難しい顔をした。
それからお父さんとそのおじさんは暫く話していた。2人の声が聞こえなかった訳ではないが、その頃の私にはとても難しい内容で何も理解できなかった。
話が終わるとお父さんは、任せろ、みたいなことを言って何処かの部屋へ走っていった。
お父さんが行ってからもずっとおじさんは私の側にいたのだけれど、ずっとソワソワした様子だった。
「おじさん、大丈夫?」
私がそう聞くと、おじさんは、大丈夫だよ、ありがとう、と不安げながらも優しい笑顔で応えた。
少しするとお父さんは何やら大きいものを抱えて戻ってきた。
「社長……どうしてそれが?もうないはずでは……」
おじさんが不思議そうにそう聞くとお父さんは
「秘密の扉に入れておいたんだ。何か使えるかと思ってね。それが最後の1個だ。」
と言った。
「社長……ありがとうございます。」
おじさんは深くお辞儀をすると違う部屋へ帰っていった。
「パパ、秘密の扉って何?」
父は少し驚いたように私を見ると、ふっと笑顔になった。
父は少ししゃがんで私と目線を揃えると優しく話始めた。
「この工場には秘密の扉があるんだ。皆が困った時に助けるための扉だよ。秘密だからな。誰にも話してはいけない。わかるね?」
父は優しく微笑んだ。
「お口チャックの歌?」
私がそう問うと、
「そうだ、お口チャックの歌を歌おう。」
と父は言った。私達は仲良くお口チャックの歌を歌った。
皆に言われて初めて気がついたが、その当時お口チャックの歌なんて歌はなく、多分父が勝手に作った歌だった。
歌が終わると私達は口の前に人差し指を持ってきてシーッとやって、互いに顔を見合わせて微笑んだ。
「結ー、大丈夫?」
花にそう聞かれてようやく私は現実に引き戻された。
「あ、ごめん。秘密の扉なら聞いたことあるよ。」
「うん。私達は結から秘密の扉のことを聞いたから、これで聞いたことないって言われても困るけどね。」
そう言って花は苦笑した。
「うん。それもなんとなく覚えてる。確か、花がお引越しする前だよね?」
「そう。結は内緒だよって私と春に教えてくれたんだけど、気になって結のパパに聞いたの。そうしたら結のパパびっくりした顔してた。
結の方を見て、お口チャックの神様が怒り出すぞ、って言ってたよね?多分茶化して言ったんだけど、結本気にしちゃってすごい涙目でごめんなさい、って繰り返すから結のパパも本気で慰めに掛かってた。よく分からなかったけど当時は悪い事しちゃったかなって反省したな。
今じゃ笑い話だけど。」
花はそう言うと春と顔を見合わせて笑っていた。
春は少しするとまた私の方を見て話始めた。
「結がさっき見つけたこの獏良のシーツはあのクローゼットの中って言ってたよね?」
私は小さく頷いた。
「多分そのクローゼットが秘密の扉。」
……これが?私が想像していたのはもっと見えないところにあるとか、強くて大きい扉だったが、あまりにも普通の扉だった。
確かに扉を閉めてしまえば壁と同化してわからないこともないが……
このために涙目をした純粋な私の気持ちを返して欲しい……
春は私を手招きすると机の上にまた避難用の地図を広げた。
「この地図、ここの事なら全て書いてあるはずなの。でも、このクローゼットのことだけ書いてない。
それにね、この扉は同化するだけじゃないの。普段はこの避難用の地図が広げられた状態で張り出されているの。ちょうどこのクローゼットの辺りにね。
本当は持ち運んだりしたら駄目って結のパパは言ってたんだけど、流石に見づらいから……
多分ちょうど隠れていたのね。全然気づかなかった。」
……いかにもお父さんらしい。単純だけど盲点を突いてくるあたり……
「それじゃぁ、獏良を作れるって事?」
私がそう聞くと春と花はとても嬉しそうに頷いた。
「このシートがあれば作れるはず。でも私と春はとても久しぶりに作るものだから、なんとなくは覚えているんだけど、ちゃんと作れるか不安だった。
だから、さっき獏良の作り方をネットで調べていたの。無い可能性の方が高かったけど、諦めたら駄目ね。1つだけ記事が載っていた。これで私と春にもちゃんと作ることが出来るはず。
結、よく見つけたね。」
花に褒められて私は嬉しくなった。
「春、花。ありがとう。もう少しの間だけ将来の私を助ける手伝いをしてください。宜しくお願いします。」
私が改まったようにそう言うと春と花は、
「急に改まってどうしたの?こちらこそお願いします。」
と言ってくれた。
私達は顔を見合わせて微笑み合った。
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