階段
一話目です。
誤字・脱字があったら申し訳ありません
一年前。
自分が通っている高校から少し離れたもう一つの高校に外国から女の子が転校してきた。
名前は…マロン?マーロン?
何かそんな感じの名前。
見た目は美しく、それに誰にでも優しく接してくれる気さくな彼女は一躍この地域の学校全てで人気者となり、校門前には人目見よう、そしてあわよくば…と男達が集まったらしい。
だが、流行りの移り変わりが早い高校生は一年も経てばそんなブーム、過去のものになる。
近くの学校と言うこともあり、時々誰かが噂話としてそんな懐かしの人となった彼女の話を面白おかしくして持ってきてくれるだけで、詳しい話は他校の自分達には分からない。
そして今日も変わらず「彼氏ができた」という根も葉もない話を隅でワイワイと話している。
そんな彼らから逃げるように鞄を肩にかけ、椅子を押して教室から出る。
…季節は冬。
異常気象の影響なのか12月の折り返しになるとすぐに雪が降り積もり、気温もグングンと下がっていく。
そのせいでマフラーを巻く手は外に出ればすぐさまかじかんでしまい、手袋を付けてくればと後悔させる。
寒さから逃がすように手をポケットに突っ込んでカイロを触る。
じんわりとした暖かさが丁度いい。
温もりを感じながら歩いて少し、商店街を通り抜け、しばらく歩くと長がったらしい階段の前に着く。
元々、この街自体が斜めの地形に出来ていて所々こういった長い階段がある。
夏になれば上るだけで汗でベタベタになり、冬になれば雪でよりいっそう上りづらくなるだけの損しかない場所だ。
しかし、自分の家はこの階段の上にあるからどうしても最短で行くのならこの道しかなくなる。
いつものように、自分で吐いたため息を合図にして、階段に一歩足を置くと大声が後ろから飛んできた。
「まってくださーい!ユキー!」
その声に足を止め、ゆっくりと振り返る。
俺が使った通りの横にあるもう一方の道から、雪を踏みしめ、歩道を勢いよく走ってくる金髪の女の子。
数多の男を魅了した外人の女の子。
名前はやっぱり思い出せない。
「はぁ…はぁ、追い付きました…」
一頻り冬のマラソンを満喫した彼女は呼吸が荒い。
手袋を付け忘れたその手は赤くかじかんでいる。
そんな彼女にカイロをポイっと投げつける。
カイロをしっかりとキャッチした彼女は嬉しそうにそれを頬に当てた。
「はあ~あったかーい…」
「別にそこまで急いでも来なくてもいいぞ」
息の荒い彼女の事を気遣って言ってみたが、彼女はブンブンと首を横に振る。
「ダメです!ダメですよ!ユキと話す時間が短くなります!」
「ユキじゃないんだけどな、俺は」
正しくは雪。
といっても周りの奴らもめんどくさがって雪と呼んでくるからもう気にはしていない。
でも何故か彼女のには触れたくなった。
「ユキはワタシをよく置いていきます!だから急がないと、ですよ!」
最初はおぼつかなかった日本語も一年経てばかなり上手くなってきた。
「置いていくも何もそもそも一緒に帰る事無いだろ…高校違うんだし」
「ですけど、ワタシとユキは帰る方向一緒です!それが帰る理由です!」
「はぁ…」
階段をまた一段上ると、彼女は横について歩き始める。
…口に出して言った通り、俺と彼女は高校が違う。
一年前の彼女が来た冬、帰っているときに迷っていた彼女と出会って、この長い階段を上りきるその時まで話すようになった。
それ以外の接点は何一つとして無い。
家だって上りきった先すぐの二つの道で別れてしまうから知らない。
昔にこんな外人と遊んだことだって記憶を辿っても見つからなかった。
それなのにこうして一年、ほぼ毎日一緒にこの時間だけいてくれるのは多分、彼女の優しさが出来ることなんだろう。
だから今日もまた、その優しさに甘える。
「そういや、お前彼氏出来たんだってな」
クラスで聞いた話をそのまま彼女に言うと階段を上る足がぴたりと止まる。
「ソレ、嘘ですよ?最近告白されることが何故か増えまして。ワタシが流したデマです」
「案外知能犯なんだな」
「…告白される事が増えたことはノーコメント、ですか…?」
「そらねぇ」
外人ってだけで特別扱い喰らってたのに尚更この見た目ときた。
整ったスタイルと立派な胸は告白を誘発しても、特に疑念は抱かない。
「ユキは鈍感です」
ムスッと口を尖らせる彼女はとても可愛らしい。
「ま、なに、三年生とかが受験前に玉砕覚悟って事だろ。いずれ終わるよ」
「そういう事ではありません…」
「そうかぁ」
雑な返事を返すと、また彼女は止まる。
「あの…ワタシたちもこの冬が終わったら三年生…ですよね」
「んー、そうだな。まぁ、日本の受験は海外とは違うかもしれんが、ま頑張れ」
「……はぁ、本当にユキは鈍感です…」
「…?何かすまんな」
「……もういーです…」
残り少ない階段を彼女は勢いよく上っていく。
駆けていく彼女の表情は珍しく、悲しげだった。
「危ないぞー」
「分かってますっ!むー…」
階段を上りきり、彼女は止まって振り返る。
「…なに」
「いえ…それではまた明日、ユキ」
「おう、また明日な…あの…ま、マーロン…?」
顔色を伺うように言ってみるとマーロンの頬は膨れる。
「ニアですっ!」
後ろの街に響くぐらいな大声で彼女はそう叫んでズンズンと歩いていった。
ニアだったぁ…。