プロローグ 世界の終わりと、復讐の始まり。
――――――殺す。
少年は、目の前で焼け落ちる村を其の眼の奥に焼き付けて、強く思った
紅蓮の炎は田畑を、家を、人を焼き、夜の下で轟轟と音を立てていた。
かつては人々が祭を行っていた神社も、神を祀っていた鎮守の森も、半ば村の寄り合い所と化していた寺も、全てが目の前で炭と化していく。
厳しくも優しかった父が、豪快でも気遣いの上手かった母が、幼く騒々しかった弟妹が、智慧深く寡黙な祖父母が、全て、灰となって黒い煙に混じっていく。
そして、彼女も又、炎の中で息絶えていた。
強く、気高く、美しく、何よりも嫌いで、大好きだった彼女が。
同じ夢を抱き、いつか超えると決めた彼女が。
――――――――――――――弱い自分を守って、無残に奴らに斬り殺された。
体中には刻まれた深い刀傷は、少年の体中から血と体力を奪っており、泥の中に沈んだ体は、最早、指一本と言えども動こうとしない。
それでも、執念が、
怒りが、
悲しみが、
憎しみが、
―――――――――――――少年の体を動かした。
何の力も残っていない筈の体が、手が、最早痙攣としか見えない動きで震えながら掻き動き、夜の肉を毟る様にその手を伸ばした。
そして。
―――――――――――――――力が、慾しいか?
少年の伸ばした手の先には、丈の高い真っ黒の外套にその身を隠した一人の男が立ち、少年を見下ろしながらそう言った。
不思議なことは、少年の目の前に立つ男は、口元を動かすことも無く、脳髄に直接言葉をねじ込むように少年に話しかけて来たのだった。
「欲しい。呉れ」
だが少年は、そんな男に対して疑問をさしはさむことも無く、何の逡巡も躊躇もなく男のその質問に即答した。
―――――――――――――良いのか?力を得るには対価がいる。お主の望むだけの力の対価は、それ相応のものであるぞ?……お主には、その対価を差し出す覚悟あるのか?
「覚悟なんか知るか。対価なら、欲しい物だけ持っていけ。脚でも腕でも心臓でも。ただ、その代わりにあいつを殺させろ。あいつを殺して、仇を討つ!」
男は、少年の返事に、一瞬だけ悲しそうに眉根を寄せたが、すぐにその表情を再び無感動なものに戻すと、少年の傷ついた右手の先に自信の右手を差し出して、言う。
―――――――――――――そうか。ならば、我が手を取れ。お主の望むだけの力をやろう。
そして少年は、男の手を取った。
少年の名は、立花・則光。後の剣聖にして、アクロ王を討伐せし勇者である。