どこまでが嘘なのか教えてくれ
今日は四月一日、いわゆるエイプリルフールってやつだ。
「やあ康成! ははは、驚いたかい? 僕だよ!」
そんなエイプリルフールの土曜の朝から、勝手に人のうちに上がって部屋に突撃してきたこいつは、クラスメートの光星。
「おや? 康成はお寝坊さんだね? せっかく親友の僕が来たんだからさっさと起きたまえよ。大丈夫。こう見えて僕は結構気が長いからね、君が身支度を整える間ぐらいはここで待っているよ」
おい、誰が親友だ。
そしてこいつを部屋まで上げたうちの家族、しっかり相手を見てくれよ。こいつだいぶおかしいだろ? 一階からかーちゃんとねーちゃんのでっかい声が聞こえてるんだけど……やっぱりいつ見ても光星君はイケメンねぇって!! 顔で判断するなって! そんなことばっかやってると、ねーちゃんとかーちゃんそのうち詐欺に遭うぞ。
俺は大きくため息をついた。
「……はぁー……光星、何しに来たんだよ」
「おや? 康成、愚門だね。それは君に会って話をするために決まっているじゃないか」
いちいちシャラリンとかピキューンとか音がしそうなポーズを決めながら話す光星にイラっとする。こいつ話し方も変だし、いちいち変なポーズ取るし相当変人だと思うんだけど、背が高くってちょっと日本人離れした外国人モデルのような容姿なので、悔しいことに結構女の子にモテる。悔しいことに!
でもさすがにクラスの女の子達にはこの変な言動がばれてるから、クラスメートでこいつと付き合いたいって子はいないみたいだ。ただ『観賞用』とかいって結構ちやほやされてるんだよなぁ。変人なのに!
「話って……普通に昨日も学校で会ったじゃん。その時話せよ。後は電話とかさぁ」
「違うよ康成。今日この日に直接会って話すのが重要なんじゃないか」
ちっちっちと人差し指を振りながら、わかってないなあという光星に余計イラっとする。
こいつに何を言っても始まらない。超絶マイペース野郎なんだから、一番穏便に済むのはこいつの好きにさせることだ。
早々に諦めた俺は、ベッドから降りて着替えることにした。
「そうかよ。じゃあ着替えちゃうから、そこら辺に座って待っててよ」
「いいとも。僕のことは気にせず着替えてくれたまえ」
ベッドにやたら格好良く足を組んで座った光星のことは無視して、俺は手早く身支度を整えていく。どうせ休日だし、服なんて適当なシャツとジーンズでいいだろう。別にこいつの前で格好つけても意味はない。
そもそも光星とはそんなに長い付き合いじゃない。光星は去年の九月ごろに転校してきた。あいつが最初うちのクラスに入ってきたとき、そのあまりのイケメンオーラにクラス中が湧いた。俺もこんな奴とは隣に並びたくないなと思うほどのイケメンぶりだった。
あ、別に俺が特別不細工ってわけじゃないからね? 俺はいたって普通、平凡、凡庸……言ってて悲しくなるけど。ほら、イケメンと並びたくないじゃん。『あれ? そんな奴いたっけ?』と存在感を消されそうだろ。もしくは、あぁ、あのイケメンといつも一緒にいる奴とか言われちゃうの。
止めろよ! 結構傷つくんだぞ。俺だって好きで一緒にいるわけじゃないんだ。
あの転校初日に、俺のすぐ後ろの席を指定された光星は、クラス中の視線を集めながら颯爽と俺の横まで歩いて来た。そして誰もが見惚れるような爽やかな笑みを浮かべたまま真っすぐに俺の目を見つめて手を差し出した。
「やあ! 僕は宇賀神光星。これからよろしく頼むよ。君の名は?」
俺はホームルーム中の突然な個人的自己紹介にちょっと面食らったけど、クラス中が注目してるのをひしひしと感じたので、これは流れに乗っておくところだろうと光星の手を握り返して笑顔で答えた。
「俺は山内康成。よろしくな」
俺たちは笑顔で見つめ合った。周囲から拍手が沸き起こった。
……すべてはノリだった。悪ノリとも言う。
それが間違いの元だったのか、あの日から俺はこいつに親友と言われて纏わりつかれるようになり、俺の主な仕事はこいつの奇行へのツッコミになった。
いい加減光星の奇行に慣れつつある自分に嫌になるけど、今回のような家への急襲や突発的な行動は今回が初めてっていうわけではないので仕方がない。今年の正月なんて「お年玉を拝んで見に行こう」って意味不明の呼び出しを受けたし。何のことかと急いで向かうと、どうもお年玉と初日の出と初詣がごちゃごちゃになってたみたいだった。本当にどこから転校して来たんだよお前。日本人離れした顔っていうか、本当に日本人じゃないんじゃないの? まぁ、そういう感じで少々常識が欠落してるところがあるのに、やたら行動的な光星に振り回されて俺はこの数か月過ごしてきたわけだ。
だから、まぁ、実は今日も少し予感はしていた。
『エイプリルフール』……あいつ、何かやりそうだなって。
光星を待たせたまま一旦顔を洗いに階段を下りて、ついでに飲み物と軽く食べられそうな菓子パンを両手に持って部屋に戻った。
「うい、お待たせ。インスタントコーヒーだけどいいよな?」
「おお! 気が利くね康成。いただこう」
ベッドの横に置いてある小さなテーブルの上に持ってきたものを置き、俺も胡坐をかいて床に座った。床に座ったといっても、テーブルの下にはフカフカとした直径ニメートル程のラグが敷いてあるので快適だ。俺のお気に入り空間でもある。ただ今は正面に足を組んでベッドに座っている光星がいるので、上から見下されてる感じがしてちょっと嫌だ。おい、お前も床に座れ。
「で、今日はこんな朝からどうしたんだよ」
「うん。実は康成、僕は君に話さなければならないことがあるのだよ」
珍しく光星がいつも浮かべている笑みを消し、組んでいた足を下して真面目な顔をするので、ついつられてこちらも真面目に背筋を伸ばして話を聞く体勢を取ってしまう。
いや、でも今日はエイプリルフールだ。どうせまたろくでもない話に決まっているんだ。
俺はもう振り回されないぞという強い意志も込めて、光星の顔をじっと見た。
「実は……急な話なのだけどね……僕は故郷に帰らなければならなくなったのだ」
「えっ……?」
どうせしょうもないネタを繰り出してくると思っていた俺は不意を突かれた。確か光星は親戚のところに下宿しているという話だった。ならば故郷に帰るということは……
「転校……するのか」
「そうだ……康成とも別れねばならない」
辛くて胸が押しつぶされそうだよと言いながら、くっと唇を噛み、伏せた瞼を震わせる様子は大変絵になる。相手が男じゃなかったら、俺も心震わせていたことだろう。こいつの鬱陶しさは留まることを知らないけど、突然居なくなるとなればそれはそれで寂しくも感じる。情が湧くというのか、あれだけ毎日懐かれていれば、すでにそれが俺の日常になっていたということなんだろう。
俺は胸に湧いた一抹の寂しさを押さえつけ、なるべくいつも通りの調子を心がけて声をかけた。
「故郷に帰るって言っても、もう二度と会えないってわけでもないだろ。何だったら電話だってあるし、パソコンでチャットだってできるだろ?」
「それがね康成、地底には未だその環境が整っていないのだよ。遅れていると思うかい? 僕もその点は力を入れて改善を求めているところなんだけれどね……」
「……ん?」
今こいつの口から変な言葉が聞こえた気がする。多分聞き間違いか? ちてい? どこかの地名か? ネットが繋がらないような僻地に光星の実家はあるってことなのか?
「なんせその技術が入ってきたのも最近だからね、中々思うようには浸透していかないものさ。せめて僕の周りだけでもここと同水準にしたいのだけどね」
「ちょっ待て待て! お前の故郷ってどこだよ!? やっぱりお前外国人だったのか? 普通に日本語上手いから、どっか凄いド田舎出身の日本人だと思ってたんだけど!?」
「いやぁ、康成にそんな褒められるなんて嬉しいなあ」
「いや、今褒めてた!?」
「日本語が上手いって」
「そこ?」
康成は滅多に褒めてくれないから嬉しいなぁ、なんて照れてる光星はいつもの俺の良く知っている光星だ。今までこいつが外国人だなんて全然思わなかった。
でも改めてよく見てみると、日本人離れした顔は確かに日本人離れしていて、もうこれ確かに外国人だよねって気もしてくる。ぱっと見黒に見える瞳はよく見ると濃い緑のような気もするし、肌の色も俺に比べるとずっと白い。顔の彫りも深いし、髪の毛も茶色というか栗色と言ってもいいぐらいの明るさだ。
……うん、なんで俺日本人だと思い込んでたんだろうね。これは外国の方ですよ。
「そんなにジロジロ見たら恥ずかしいじゃないか康成」
俺がこんなに動揺してるのに、光星は相変わらずのんきに笑ってる。でも光星の内心を表すように、栗色のふわふわした髪の間から出ている、黒い二つの触角がへにゃりと垂れ下がってる。あぁ、表面では余裕ぶってても、こいつも心の中は違うんだなと思う。
そこら辺、触角には素直に出ちゃうよなぁ……と、
「って、触角!?」
「うん? 急に大声を出してどうしたんだい?」
触角を指さす俺に対して、本気で不思議そうに光星が首を傾げる。一緒に触角もコテっと動く。何それ感情直結なの?
「いや、お前頭に触角生えてるじゃん!」
「え? 嫌だなぁ康成、そんなことで驚いたのかい?」
「そ、そんなことって……」
自分の友人の頭に突然触角が生えて、冷静に対処できる奴がどれほどいるのか教えて欲しい。少なくとも俺には無理! 最近冴えわたるツッコミを発揮していたけど、ちょっとどうツッコめばいいのか分からない。だって急に触角が生えたんだぜ! そんなの見たことも聞いたこともねぇよ!
動揺して中腰になって光星の頭の触角に向かって指をさしている俺の手を、上からそっと押さえた光星は、まったく困った奴だぜ、みたいな生ぬるい笑顔を俺に向けて上から見下ろし口を開いた。
「やれやれ康成、触角の手入れをするのは紳士の嗜みだよ」
「そうなの!?」
「そうさ! 地底人の男はみんなそうするものだよ」
「ちていじん!!」
「折れ曲がったり歪んだ触角じゃあ女性にも相手にされないし、同性にも馬鹿にされてしまうよ。ある程度の年齢になったら、みんな触角の手入れには一番気を使う物だろう? 康成もしっかり手入れした方がいい。なんだったら僕がアドバイスしてあげるよ」
あれ? これって俺の方が変なの? なんか光星が常識でしょ、みたいに話してるからこっちが間違ってるかと錯覚しちゃいそうだけど、違うよね? 普通の人間に触角は無いよね?
やれやれ手がかかる、って両手を広げてため息ついてるけど、俺が悪いの? 大体『ちていじん』て何? まさかの地底人? 光星、お前地底人なの? 名前光星とかめちゃくちゃ宇宙ぽいのに地底人て何のギャク? 外国じゃなくて地底から這い出て来ちゃったの?
「ええっと待ってくれ。……まずは触角のことじゃなく、一つはっきりさせておきたいことがある」
「うん? 何だい?」
相変わらずベッドに座ったままの光星。その正面の床になぜか正座している俺。これから問う内容に緊張して体に力が入る。膝の上で握り締めたこぶしが汗ばむ。
俺は覚悟を決め光星にしっかりと目を合わせた。
「光星……お前は地底人……なのか?」
「うん、そうだよ」
軽っ!!
なんでそんなに軽いんだよ! あれ? これってほんとに世間では常識な感じ? 俺だけ時代から乗り遅れてたのか? 最近あんまりテレビとか見てなかったけど、普通に『今日は地底から観光大使の○○さんが来日しました』とかやってんの?
マジで世間は俺を置いてどこまで進んじゃってるんだよ……
「ああ、そうなんだ。それでお前は故郷の地底に帰ると……」
何かがっくりと疲労感が襲ってきた。自分の常識がひっくり返ったんだから当たり前だ。
もうどうにでもなれって気分で両手を床につき脱力した。
「康成寂しいのかい? そうだね、僕の故郷は地底だから地底に帰ることになるよ」
「そっかあ……それは確かにネットもなさそうだな」
「ネットは通じないのだよ。……康成随分とがっくりしているね?」
「そりゃあな……さすがに地底じゃ気軽に会えないよな」
「そうなるね。康成、僕に会えなくなるから寂しいのかい?」
「まあ……何だかんだで最近ずっと一緒にいたしな……そりゃあ少しはさびし……」
寂しいと口にしかけて顔を上げると、ニンマリと笑った光星の顔がそこにあった。
嫌な予感がする。この顔はろくでもないことをしでかした時に、よく光星がしている顔だ。まさか、こいつ……
「うんうん。康成の僕を思う気持ちはしっかり僕の心に伝わったよ!」
「待て! 何の話だ!」
「だってあんなに僕が転校してしまうのを寂しがっていたじゃないか。もう僕たちは大親友と言っても良いかもしれないね! 嬉しかったよ康成」
「違う。大親友とか止めろ」
「嫌だよ。僕は感動したんだ。こんなに康成が僕のことを思ってくれていたなんてってね」
「だから、そんな康成に嬉しい種明かしをしてあげよう!」
立ち上がった光星が、指を一本立ててどや顔でこちらを見下ろす。俺はやけくそな気分で床で胡坐をかく。
「今日は何日だい? そう! 四月一日エイプリルフールさ!」
光星がどうだとばかりに手を広げる。うん、そうだと思った。最初からこいつは何かを企んでるって疑ってたのに、あまりに予想外だったから途中からこいつのペースにすっかりハマってしまった。
はぁーと大きく息を吐く。はは、そうだよ何が地底人だよ。信じる方がどうかしてる。今度はほっとした安心感から力が抜けた。なんかバカバカしくって変な笑いが出てくる。
「あはははは! 光星お前マジでやめろよ、焦っただろ」
「あはは、康成安心していいよ。僕は転校なんてしないとも! エイプリルフールの嘘さ!」
「だよな。お前転校してきたばっかじゃん」
「うん、僕はまだまだ高校生活を楽しむつもりだからね。康成との友情も確かめられたし、もし転校しろと言われても断るよ」
まったく相変わらず人騒がせな奴だと背中をバンバン叩いて笑いあっていると、光星が何かに気が付いたように顔を上げた。
「おっと、僕はそろそろお暇しなければ」
「なんだよ、この後何か用事でもあるのか?」
「実はこの週末は実家に帰ることになっているのでね。昼は家で食べると言ってしまったのだよ」
「ああ、それじゃあ戻らないと実家の家族にも申し訳ないもんな」
「そうなのだよ」
なんだやっぱり光星の実家は二、三時間で帰れるほど近いんだな。さっきの話が嘘だと分かっていても俺はほっとした。
光星は少し申し訳なさそうに眉を下げる。それと一緒に触角もしょんぼり下がる。あれどういう仕組みになってるんだ。無駄に高性能だな。
「そうだ! 良いことを思いついたよ康成。僕の故郷の名物を康成に用意させよう」
光星のテンションと一緒に触角もぴょこんと立ち上がる。マジですげーな。
「え、そんな悪いからいいよ」
「遠慮はいらないよ。僕が君に食べさせたいのさ。来週学校に持って行くよ」
「そうか?じゃあ、楽しみにしてるよ」
「ああ、楽しみにしていたまえ康成。※※のマグマ焼きは絶品だからね。それでは失礼するよ」
一方的に告げた光星は、頭の触角をシュルシュルと髪の毛の中に収納して颯爽と帰って行った。
「えっ……ちょ……」
俺は中途半端に上げた手のまま、その場に硬直した。
あの触角なんだ? 手も触れずにあんな風に収納できるおもちゃってあるのか?
あいつ最後に何て言ってた? なんのマグマ焼きだって? そんなのここから二、三時間の名物料理であったっけ?
え? そもそもどこまでが嘘だったんだ? まさか全部嘘だったんだよな?
え? え? ええ~? エイプリルフールではしっかり種明かしまでがお約束じゃないのかよ!
誰か俺に真実を教えてくれ~