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それはまるでヒナギクのように

作者: 水星虫

とんとんとんとんと小気味のいい音が鳴り響く、ノブテルはスマートフォンをいじりながら妻のトウカの包丁の音に耳を傾けていた。人生で三台目の携帯だ――最初の相棒は高校の時に紛失し、二台目はノブテルが大学二年の夏に画面が破損してお亡くなりになった。

ノブテルがトウカと知り合ってからもう十年になる。友人の紹介がきっかけで知り合ったトウカは大学三年の当時ストーカーに悩まされていた。そこで硬派で彼女もおらずサークルにも入らず暇を持て余し、なおかつ空手の経験のあった自分に白羽の矢が立ったのだ。よく知らない男をボディガードにつけるなんてと最初は不安がっていたトウカの友人も数ヵ月後には手のひらを返す事になる。

ノブテルがトウカのストーカーを突き止めてそのストーキング行為をやめさせたのだ。こうなると、トウカの友人たちは態度を一変させ何かとノブテルとトウカをくっつけようと画策するようになる。周りのもくろみ通り、夏祭りや海水浴にハロウィンとデートを重ねて最終的にクリスマスに交際がスタートした。


ノブテルは、トウカとデートし共に過ごした場所を振り返り深く一つ溜息をつく。

本当は言いたくなんかない、今の生活を壊したくない。それでも言わなければならない、ついこの間大学の友人の結婚式に出た時そう思った。トウカと結婚して一年がたった。順調にいけば子どもが生まれて自分は親になるだろう、親になったときこの過去を隠しながらトウカとの子供を育て続けられるのか。そんな自問自答を繰り返しとうとうすべての真実を包み隠さず伝えると決めたのだ。

ノブテルはごくりと唾をのみ神妙な面持ちで口を開く。


「トウカ、大切な話しがあるんだ」

「どうしたの?めずらしく真剣な顔しちゃって」


かわいらしく首をかしげる妻をみて沸き上がる気持ちを無理やり抑え込んで告白した。


「大学の時のストーカーいたじゃん、あれ俺なんだよ」



そう、ノブテルはトウカのストーカーだった。

大学に入ってすぐに別の学科にかわいい女の子がいると聞いたが硬派きどりの自分は興味がない振りをしていた。文化祭のステージで彼女を見た時、一目で身体と心と魂が奪われた。あとをつけて住所を調べ上げて頻繁に行くカフェやランジェリーショップには何度も付いていった。下着などを選んでいる時の彼女は天使のようで心臓が握りつぶされるかとおもったくらいだ。ストーキングをやめさせたんじゃない、自分がストーカーだったからもうストーキングをする必要がなくなっただけだ。


ノブテルは贖罪するように告解するように改悛するように、そして懺悔するように絞り出した。それは親に叱られている幼い子供みたいに弱弱しく情けない姿だった。


「自作自演だったんだ」


トウカはかき混ぜていたお玉を鍋から取り出してノブテルを一瞥し答える。


「そっか」


トウカは怒らなかった。普段と変わらないコスモスのような笑顔でこちらを見つめている。その目は、仕方ないわねと言っているようにも見えたし、うすうす気がついていたわよと言っているようにも見えたし、今更どうしたのと言っているようにも見えた。トウカは両腕を天井にのばしうううっとかわいい声をだして伸びをしたあと、とことことどこかへ行ってしまう。


―離婚届でも取りにいったかな。


離婚届を家に置いた覚えはないが今じゃダウンロードして準備できる時代だ。プリントアウトしてどこかにしまっておいた可能性もある。ノブテルはトウカと別れるなどみじんも考えた事がなかったがトウカはわからない、もともと自分には不釣り合いの容姿をしていた。

トウカと別れるなんて考えた事もなかった、トウカとはこれからもずっと一緒にいると思っていたしトウカの隣に自分以外の男がいるだなんて想像しただけで世界が暗転していく。それでも、このまま黙っていてはいけないと思ったのだ。バカなのはわかっている、言わなければトウカは知らずにそのまま生活して子供を育てる未来が待っていただろう。でも―


落ち込んでいると扉の向こう側からどっどっどとトウカの足音が聞こえてきた。ノブテルは気分が重くなり運動不足でさらに重くなっている腰を上げてノブをにぎりドアを開いてやる。


「うわ」


どんという鈍い音とともに転倒するトウカ。少し抜けていて危なっかしいところは出会ったころから全然変わっていない。そんな彼女らしさにもまた愛おしさを感じる。トウカが持ってきたのは自分が見た事もないようなカラーダンボールだった。がしゃがしゃとダンボールの中から散らばっていく小物類。和菓子のアクセサリー、古臭い二つ折りの携帯電話、中古品のダーツボード、ぼろぼろの体操服、武骨なハンディカムにかわいらしい多量の便箋と封筒―――――それらは見た事があるはずがないのにどこか見覚えがあった。




京都の土産物屋にありそうなアクセサリー


それはノブテルが中学の時、仲の良かった女の子にプレゼントしたアクセサリーによく似ていた。


CMで犬がおなじみの携帯会社の携帯電話


ノブテルが高校の時なくした携帯電話も同じ機種の二つ折りのシルバーだった。


全体的に擦れていて使い込まれたダーツボード


ノブテルが大学時代先輩から譲ってもらったダーツボードも数字の3の部分が削れていた。


その体操服はノブテルが通っていた中学校のものに間違いなかった。


ノブテルははやる気持ちと動悸を抑えてトウカの顔を見るがトウカはへへへと笑っている。いつもと同じように柔らかくこの家を明るく照らしてくれる天使のそれだ。今までコスモスが咲いているみたいだと感じていたトウカの笑顔が何故だか今日はヒナギクのように見えた。


「ノブ君ってば途中で第一志望の大学変えるんだもん、私大変だったんだよ」



昨日まで慣れ親しみ身体の一部だとまで思っていた家がひどく歪な別の何かに変わっていく。かわいいトウカはあの頃のトウカのままなのに。




台所の奥の方で床に落下したステンレスのボウルがかららららと響いていた。


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