おみくじパニック!
あけましておめでとうございます<(_ _)>
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
こちらはアリアンローズ有志作家による【新年短編企画】の参加短編、『義妹が勇者になりました。』の番外編です。(*有志作家による企画ですので、出版社、編集部様とは無関係です。)
「あけましておめでとうございます! 今年もよろしくね、お姉ちゃん!」
ほこほこと湯気のたちのぼる甘酒の入った紙コップを手に、天音が言う。
ゴーン、と鐘を打つ音が響きわたるここは、神社とお寺が一緒にある近所の山の上で、現在時刻は深夜零時を回ったところ。
「あいあい。あけましておめでとーございます。今年もよろしくー」
天音と一緒にもらった甘酒をすすりながら、あたしはのんびり答えて言った。
家族みんなで深夜の初詣に来たのだが、近所なので参拝者は知り合いが多い。
おかげでおとーさんもおかーさんもあちこちから声をかけられ、今はそれぞれ別の人たちの輪の中で楽しげにおしゃべりをしている。
こういう時の大人たちの話は、いつ終わるのかさっぱりわからない。
なのであたしと天音は二人で除夜の鐘をつきに行き、無料で配られている甘酒で温まりながら、どこからともなく聞こえてくるラジオのカウントダウンの声で年明けを迎えたところだった。
「ねぇ、お姉ちゃん。これ飲み終わったら、おみくじ引きに行こうね」
まだ話が終わらないらしいおとーさんとおかーさんが、それぞれ離れたところから手を振っていたので、天音と一緒にこちらも手を振って応えながら話す。
「そうだね。年も明けたし、今年一発目の運試しといこーか」
「うん! 二人とも大吉が出るといいな~」
「あー、うん。でも、天音はいつも大吉だけど、あたしは中吉とか末吉とかだからなぁ」
二人とも大吉、ってのは難しいだろう。
引く前からあきらめ気味のあたしに、天音は「きっと大丈夫だよ」と力説する。
「友達から、ここのおみくじは大吉を多くしてあるって聞いたの!」
そうなんだー、そりゃ良心的だねぇ、なんて頷きながら甘酒を飲みほし、空になった紙コップをゴミ袋に放り込んで移動。
そういえば去年の正月にも同じような会話をしてたような気が、なんて思いつつ、山頂の一番奥にある本堂の前に置かれた賽銭箱のところへ行く。
ちなみに「賽銭は五円玉がいいらしいぞ」と言って、おとーさんが出かける前に何枚か五円玉をくれたので、ポケットから取り出したそれを天音と並んでホイと投げた。
チャリン、チャリン、と金属特有の涼やかな音をたてて箱の中に五円玉が落ちると、手をあわせてお参りする。
「手、たたくんだっけ?」
「手を叩くのは神社だね。ここはお寺だから、叩かなくても大丈夫だよ」
これまた毎年恒例の会話をかわし、こういうものの作法にあまり興味のないあたしは、隣で天音がする動作を真似て頭を下げた。
じつは毎年来ているこの山に、いったいいくつのお寺があって、神社があるのか、数えたことも教えてもらったこともないので何も分からない。山の下から頂上に至るまでに、いくつものお社があるのは見て知っているけれど、それぞれ何を祀ってあるのかもサッパリだ。
でもまあ、とくに知りたいことでもなかったので、あたしはとりあえず(今年“こそ”のんびりすごせますように)とお願いしておくことにした。
天音と一緒にいるかぎり不可能な願い事のような気もしたが、頭の中で考えるだけならタダだ。
そして何やら熱心にお願いしている天音より先にぱっと頭を上げると、お目当ての物のところへ向かう。
「よし、お参り終わった。お楽しみのおみくじだー!」
「あっ、待ってよ、お姉ちゃん!」
後ろから慌てて天音がついてくるが、おみくじが置いてあるのはすぐ近くだ。
巫女さんがお守りや破魔矢を売っている小さな建物のすみっこに、一回百円で引けるおみくじボックスがある。
あたしがその前に来るのとほぼ同時に天音も着いたので、集金箱に百円玉を入れると、交代でおみくじを引いた。
小さく折りたたまれた紙をカサカサ開いて、そこに書かれている運勢を読む。
「やった、大吉! お姉ちゃんは何だった?」
安定の強運を発揮している天音の隣で、あたしはおみくじの紙を見つめ、固まっていた。
いつも中吉とか末吉とかだから、最初から大吉は期待していない。
けれどまさか、まさか……
「お姉ちゃん? どうしたの?」
「……だ、」
無邪気に聞いてくる天音に答えようとして、言葉がのどにつっかえた。
ごくりとつばを飲み込んで、地を這うような声で言う。
「…………大凶。引い、ちゃっ、た……」
天音は驚きに目を見開いて、つぶやいた。
「ここのおみくじ、大凶、入ってたの……?」
ホントそうだよ、大吉多めの良心的なおみくじだって話じゃなかったの?!
何度見直しても大凶と書かれたおみくじを手に、新年早々くらったこのショックをどうすべきかと考えて、あたしはふと思いついた。
「天音。あたしのポケットには、じつはもう二枚、百円玉が入っています」
「えっ? あっ、うん。帰りにアイス買って食べるんだよね」
初詣帰りのアイス買い食いは毎年の楽しみなので、一緒に買って食べている天音はすぐ気が付いて頷いた。
あたしはポケットから、一枚の百円玉を取り出し。
「これを、ここに入れます」
ほい、とおみくじボックスの横にある集金箱に入れた。
天音は「えっ?」と驚いたものの、戸惑い顔であたしを見ているだけである。
巫女さんは他のお客さんに破魔矢を売っているところだし、おとーさんもおかーさんも今は近くにいない。
誰にも止められないのをいいことに、あたしは二回目のおみくじを引いてカサコソと紙を開き。
「……なんでこのタイミングでこれが出るかなぁっ?!」
大きく太字で書かれた『 大 吉 』の文字に、思わず紙をぐしゃりと握りつぶした。
「お、お姉ちゃん、ちょっと落ち着いて……!」
こんなタイミングでの大吉なんて望んでないんだよ!
いつもの見慣れた中吉とか末吉とかが出てくれれば満足して、大凶は見なかったことにしようと思ったんだよ!
それなのになんでー! ……と、ジタバタ騒ぐあたしを天音がなだめて手を引いた。
そして、次におみくじを引こうとしている人のために場所を空けようと、天音はそのままあたしの手を引いて歩いていく。
「ねぇ、天音! コレおかしくない?! いつも中吉とかなのに、なんで今日は大凶と大吉? 両極端すぎて、ここのおみくじがどういう運勢だって言おうとしてるのか、サッパリわかんないし!」
そうだね、わからないね、と律儀に一つ一つ頷きを返しながら、天音はたくさんのおみくじが柵に結ばれた結び所で立ち止まり、「あれ?」と小首を傾げた。
「でも、お姉ちゃん。一番良いのと、一番悪いのが出たんだから、プラスマイナス・ゼロになるんじゃないかな?」
「うーん。打ち消しあってゼロになってくれるならいいけど、最初に大凶が出たからなぁ……」
目の前の柵には、たくさんのおみくじが結びつけられている。
あたしの大凶&大吉は、二枚一緒に結んだら天音の言う通りプラスマイナス・ゼロになってくれるだろうか?
普段なら、こういうものはあまり信じたりしないのだが、初めて大凶を引いたショックであたしは真顔になっていた。
つられて深刻な顔をする天音と一緒に「ううーむ」としばらく考え込み、はっと思いつく。
「そうだ! 天音、ちょっと頼みがあるんだけど、いいかなっ?」
帰宅後。
「お姉ちゃん、そんなに気にしなくても大丈夫だよ~!」
あたしは天音にそう言われながらゆさゆさと揺らされるのにも答えず、コタツにもぐってふて寝した。
そこへ、廊下から足音が響いてきて、天音があたしを揺らす手を止める。
「もう! お父さん! お父さんがあんまり笑うから、お姉ちゃん傷ついちゃったのよ! もう一回、今度はちゃんと謝って!」
廊下から顔をのぞかせたおとーさんに、天音が怒っている。
けれどおとーさんは「おー、すまんすまん」と軽く流して、どこかへ行ってしまった。
天音は「もうっ! ぜんぜんちゃんと謝れてないっ!」とぷりぷりしている。
あたしのために怒ってくれている天音には悪いが、おとーさんに笑われたことがショックでふて寝しているわけではない。
そりゃあまあ、“天音の大吉をもらって、大吉&大凶&大吉という三枚重ねで結べば、プラスの方が多くなるはず!”と考えてそれを実行した後、ひょっこり現れたおとーさんに「何してんだ?」と訊かれ。
説明したら「初めて聞いたぞ、そんな対処法!」と大爆笑されたあげく、サラッと「大凶を引いた時は利き手じゃない方の手だけで結んでくりゃいいだけだぞ」なんて言われた時には、「なんでもっと早く来てそれを教えてくれなかったー!」と地団駄を踏んだが。
最初に大凶を引いた時にそれを聞いていれば、いつもよりよけいに百円を使うこともなく、帰りにアイスの買い食いができたのに! とも思ったが。
今ふて寝をしている理由は、それじゃない。
「ねぇ、お姉ちゃん。みかん剥くから、一緒に食べよ?」
天音はあたしを揺すって起こそうとするのをやめ、食べ物でつることにしたらしい。
コタツに入って黙々とみかんを剥きはじめたのを目の端でちらりと見て、あたしは寝転がったまま重たいため息をつく。
大吉サンドで大凶を倒そう! などという迷案を思いつき、その大吉をくれと言ったあたしに、天音は自分の引いたおみくじを笑顔で渡してくれた。
天音は「大吉が二枚あれば大丈夫だよ!」とあたしの迷案に賛同してくれたし、その時は強運の持ち主である義妹が引いた大吉なら御利益がありそうな気がして、他のことは何も考えていなかったのだ。
今は、できることなら時間を巻き戻して「ちょっと待て自分」と言いたいと、思う。
けれど時間を巻き戻すことはできないから。
「はい。みかん、剥けたよ」
ふて寝するあたしを気遣い、優しく声をかけてくれる天音に、いいかげん言わなければ。
あたしはのそのそとコタツから這い出して起きあがり、目の前に置かれたみかんを見おろした。
船のような形に切り離された皮の上に、丁寧に筋取りをされたきれいなみかんがお行儀良く並べられている。
「ごめん、天音」
きれいなみかんを見ていたら、不思議とすんなり言葉がこぼれた。
二個目のみかんを剥いていた天音が、何のこと? と不思議そうな顔でこちらを見る。
「さっき、天音のおみくじ取っちゃって、ごめん。せっかく大吉引いたのに」
えっ、と小さく声をあげて、天音はみかんを剥いていた手を止めた。
「お姉ちゃん、もしかしてそれを気にしてたの?」
そりゃあ、自分が何をやったか理解したら、気にせずにはいられないだろう。
もう一度、ごめん、ともごもご謝ったあたしに、天音が「気にしないで」と返した。
そして、なぜか「私こそ、ごめんね」と謝ってくる。
「大凶を引いた時はどうすればいいのかって、考えたこともなくて。もっと早くお父さんに聞いていたら、お姉ちゃんに教えてあげられたかもしれないのに」
いやいやいや、何がどうしてそうなった?
九十九パーセントの確率で大吉引く君に(残り一パーセントも中吉とか)、大凶引いた時の対処法を知っておいてくれなんて、誰も望んでないからね?
「でも、今日でちゃんと覚えたから! 次からはもう大丈夫だからねっ!」
あたしがフォローするより先に、天音は笑顔でそう言った。
ま、前向きすぎて、まぶしい……
「それじゃあもう、この話はこれでおしまいにしよ? はい、お姉ちゃん、あ~ん」
天音はそう言って、あたしの前に置いてあったみかんを一房取り、口の前に差し出す。
確かに、これ以上は何を話したって意味無さそうだし、よくよく考えてみればあたしはおみくじとか運勢とか、あんまり気にする方じゃないし。
天音がそう言うのなら、この話はここでおしまいにしよう。
大吉のおみくじを取っちゃったことについては、また別の何かで埋め合わせをするつもりだけど、今はまあいっか、と思うことにして口を開けた。
「あー、……んむ。おいしい」
食べさせてもらったみかんをもぐもぐしながら言うと、ニコニコ笑顔の天音が「はい次の、あ~ん」と差し出してくる。
なんとなく逆らえない空気だったので、あたしは無言で口を開け、結局残りのみかんも全部「あ~ん」で食べるはめになった。
なんというか。
年明け早々いろいろあったけど、こうしてると、今年もいつもと同じような一年になるような気がするなぁ……
できれば去年より、巻き込まれるトラブルの数が少ないといいんだけど。
そんなことを考えていると、玄関から「ただいまー」と、おとーさんの声がした。
いつの間にやらどこかへ出かけていたらしい。
足音がしてドアが開く音がしたのでそちらを見ると、コンビニにでも行ってきたのか、ふくらんだビニール袋を持ったおとーさんが顔を出した。
「おう、起きてるな、里桜。アイス買ってきたけど、食べるか?」
みかんを一個食べたばかりだけど、もちろん買い食いしそこねたアイスの分、お腹はまだ空いている。
「食べるー!」
やった、と笑顔で答えたあたしは、(なんだ、大凶なんてぜんぜん意味無かったなぁ)と思った。
天音が「お母さん呼んでくるね」と言って立ち上がり、おとーさんがビニール袋からアイスを取り出してコタツの上に広げ、あたしは色んな種類のアイスを見てどれにしようか悩む。
まさか義妹と一緒に異世界に召喚されることになるなんて思ってもみなかった、その年の元日の出来事。
皆さん今年のおみくじはもう引かれましたでしょうか? お話の中では「大凶を引いた時は利き手じゃない方の手だけで結んでくる」と書きましたが、これは困難なことをやり遂げることで厄落としをする、的な意味があるそうです。他にも「大凶は大吉より数が少ないから、引いたのはむしろスゴイと思おう」とか、「大凶を引くという最悪がもう起きたのだから、後の運勢は上がるだけ!と思おう」とか、いろいろあるみたいですねー。
それでは、今年も皆さんにたくさんの福が来ますように。
ここまでお付き合いくださいまして、ありがとうございました。