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ぼくの日常

幽霊になって、ぼくは眠らなくなった。

生きてた時は、寝つきは良かったと思うのだけど、死んでからは、寝つきが悪いどころではなくなった。

なんていうか、眠いっていう感覚がなくなったみたいだ。

ギンギンに目が冴えているわけではないんだけど、常に起きている状態で、体調も変わることがない。当然あくびもしない。

でもおばあちゃんは夜になると布団を敷いて寝る準備をする。

そうそう、言い忘れていた。

おばあちゃんは幽霊だけど、物に触れることができる。

今だってテキパキと布団を押し入れから出している。

なんで幽霊なのに、おばあちゃんは物に触れることができるのか、と聞いたら、

「ばあちゃんは長いこと幽霊やっとるけんなぁ。いつの間にか触れるようになったんよ」

と苦笑をして答えてくれた。

夜に眠くなるのも、それが原因らしい。

物を触るのに力を使ってしまうから、夜はどうしても休憩が必要らしい。

「ごめんなぁ。ばあちゃんがもっと力がある幽霊やったら、タクヤと一緒に起きとけるんやけどなぁ」

おばあちゃんは前に一度、夜中に無理をして起きていようとして、体調を崩してしまったことがある。

あの時は、おばあちゃんが消えてしまうんじゃないかと、恐怖したものだ。



「いいから、おばあちゃんはちゃんと寝てよ。ぼくのことは気にしなくていいから」


そう言うと、おばあちゃんはすまなそうに布団に入った。

しばらくして、寝息が聞こえてくる。ぼくはそっとその場を離れた。


おばあちゃんはぼくに謝ったけど、ぼくは別に気にしていない。

たしかに最初は、皆が寝て、ぼく一人だけが起きているのがつまらなくて、夜に眠れるおばあちゃんを羨ましいと思ったけれど。

今では時間をつぶす方法を見つけたから。


ぼくは部屋の壁際に近寄り、窓から外の風景を眺める。

最近は、ここの窓から、夜の空を眺めるのがぼくの日常だ。

夜にうろうろしていた時に、ここから見える空の風景がとても綺麗だということに気が付いた。

それからは毎日星や月を眺めて過ごしている。

キラキラと輝いていて、いくら見ていても飽きることがない。


いつかぼくが物を触れるようになって、眠れるようになるまで、それまでこれがぼくの夜の暇つぶしだ。






朝になると、一番初めにお母さんが起きてくる。

その次にお父さんが起きてきて、食卓につく。

ぼくも自分の椅子に座って、足をぶらぶらさせながら待つ。

しばらくして、お母さんがお皿を運んでくる。

お父さんの前には、卵料理と、サラダと、パンがのったお皿。

僕の前には、何も入っていない空のお皿。

お母さんも自分の食事の用意をして、自分の席に座る。

そして皆でいただきますをして、朝食を始める。

お母さんとお父さんは普通に食事を始めるけど、ぼくは物に触れることができないから、食べるふりをするしかない。

もっとも、箸すら掴むことができないから、皿に手を突っ込んで口に移動させる運動を繰り返す、行儀の悪い食べ方になるけど。

なんかこれ、昔近所の子たちとやった、おままごとに似ているなぁ。

泥団子作って、それを食事に見立ててたから、手と服がすごく汚れたっけ。

まあこれは何も掴んでないから、汚れる心配とかはないんだけどね。



お母さんとお父さんが朝食を終えてから、お母さんが仕事に行くお父さんを玄関で見送る。

ぼくは椅子に座ったままだ。

お父さんが会社に行った後、最後におばあちゃんが起きて、2階から下りてくる。

そして食卓に来ると、ぼくの目の前にある皿を見て、誉めてくれる。


「今日もきれいに食べたねぇ、エライ。エライ」


こうしてぼくの朝は始まる。






どうやらおばあちゃんは、ぼくがまだ生きていると思っているみたいだ。


「ばあちゃんは死んでるからご飯がいらんけど、タクヤはちゃんとご飯を食べないとねぇ」


「ぼくももう死んでいるから、ご飯食べなくてもいいよ」


そう言うとおばあちゃんはコロコロと笑った。


「なに言ってんだい。タクヤはちゃんと生きとるよ。その証拠に、お母さんもちゃんと毎日、ご飯を用意してくれとるやろう?」


確かにお母さんは毎日、空だけど、自分たちが食べるとき、ちゃんとぼくの食器を用意してくれる。


――――でもあれ多分、お供えみたいなものだと思うんだけど


そう思ったけれど、ぼくは口に出さなかった。






朝ごはんを食べ終わって、おばあちゃんに見送られて学校に行く。

ぼくは死んだ後も普通に学校に行っている。おばあちゃんがそれを望んだからだ。

おばあちゃんはとことんぼくに生きているように振る舞って欲しいようだ。

別にそれに不満はないんだけれど。


おばあちゃんは毎日ぼくのために玄関のドアを開けてくれる。

でもぼくは一度だけ、普通に出ずに、ドアをすり抜けたことがある。

その時は、さすがにぼくが死んでるって気づくかな、と思ったけど、

「コラ、タクヤ、外にだれかおったらどうするんね。ぶつかったら危ないから、ちゃんと確認してから出なさい」

と怒られただけだった。

おばあちゃんは少し・・・いや、だいぶ鈍いのかもしれない。

まあ、それからはおばあちゃんにドアを開けてもらって普通に家を出ることにしている。


玄関を普通に出たら、道路を歩いて、おばあちゃんが見えなくなるまで手を振って歩く。

学校に行く途中で、壁を通り抜けて近道をしたり、散歩中の飼い犬に吠えられたりしながら、小学生の集団登校に合流する。

彼らの会話を聞きながら、登校するのが、ここ最近のぼくの日課だ。

だれだれがだれだれのことを好きらしいとか、昨日なになにちゃんが面白いことをしたなど、聞いていて楽しい話ばかりだ。

「そういえばこんな噂知ってる?」

前を歩いていた上級生の女の子くるりと振り向いて言った。

「なんの噂?」

「ともだちの、ともだちが聞いた話なんだけどね」

そう前置きをして

「最近、集団でこの通学路を歩いていると、誰かが後ろからついてくるような気配がするんだって。でも、後ろを振り向いてみても、誰もいないの」

「なにそれーこわーい」

「それで不思議に思った上級生が、班の人数を数えてみたらしいんだけどね・・・」

そこにいた皆が、ごくり、と唾を飲み込む音が聞こえた。

「数えてみたら・・・人数が一人多かったんだって!!」

きゃーっと通学路が甲高い悲鳴に包まれた。

「やだー!」

「ちょっと人数数えてみようよ!」

上級生が皆の人数を数え始めた。

ぼくは、面白い話だったと満足して、その場を後にした。

前みたいに数に入れられて、騒がれたらたまらないからね。






幽霊のぼくだけど、授業にはちゃんと全部出席している。

ぼくはずっと一年生だから、

「いち足すいちはー?」「にー!」

にー。

これをずっと毎年やっている。

上の学年の授業も受けたこともあるけど、今やっている授業の内容すら明日には忘れてしまうようなぼくには、難しすぎてついていけなかった。

ぼくは幽霊になって、体だけじゃなく、頭もスカスカになってしまったらしい。


「じゃあ、この問題を、今手を上げている―――あら?」


「?」

「先生どうしたの?」

生徒たちが不思議そうに先生を見つめる。


「今誰か手を上げていなかった?」

先生も不思議そうに教室を見まわす。


「え?誰?」「誰だよ上げたやつー」

「おかしいわね・・・」


でもこの会話は去年も聞いた気がする。

一人手を上げているままのぼくは思う。






図工とか、体育の時間は、実体がないぼくには参加することは難しいけど、なるべくぼくは出席することにしている。

図工の時間は何も作れないので、他の人の作品を見学して回るだけだけど。

ぼくが成績表をもらえるとしたら、図工の成績は0だろうなぁ。

でも他の人の作品を見て回るのも、結構楽しかったりする。


体育の時間はわりと好きかもしれない。

体を動かすことはできるから、一緒に走り回っていれば、何とか参加している風に見えるからだ。


今日の授業はサッカーだ。

ボールを追って、ふよふよと走り回る、と、

「パス!」こっちにボールが来た。

スカッ

すり抜けた。

「どこに向かって蹴ってんだよ!」

ズルッ

走ってきた子もすり抜けた。

「え?今そこに誰かいなかった?」

「誰もいねぇだろ!」

「あ~あ、何やってんだよもー」


やっぱり体育は嫌いかもしれない。

一人グラウンドに仰向けに倒れたままのぼくは思う。






放課後、また集団下校に紛れ込んで帰る。

途中で何人かが別の道に別れて、集団じゃなくなってきた頃を見計らって、抜け出して寄り道をしながら家へと向かう。

塀の上を歩いたり、野良猫とたわむれたりしながら、5時くらいに家に着く。


パタパタパタ、と廊下を走る。

そして2階の廊下の奥にある、開いた襖の間から、ひょこり、とぼくは顔を出して言う。


「ただいま、おばあちゃん」






おばあちゃんと遊んで、夕食を食べる振りをして、またおばあちゃんと遊んだりテレビを観たりしながら、夜を過ごして10時くらいに皆が眠りにつく。

そして皆が眠る中で、ぼくは夜空を眺めて朝まで過ごす。






この部屋の窓から見る夜空は、いつもキレイに見える。

手をかざしてみると、星の光が手の向うにユラユラと透けて見えて、海の中から水面を覗いているような感覚を味わえるから、この見かたはお気に入りだ。


ああ―――

アレを透かしてこの景色を見たら、もっとキレイだろうなあ―――

一人夜空を見上げたままのぼくは思う。






―――あれ?

アレって、なんだっけ・・・・


男の子の日常です

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