ぼくのおばあちゃん
パタパタパタ、と廊下を走る。
そして2階の廊下の奥にある、開いた襖の間から、ひょこり、とぼくは顔を出した。
「ただいま、おばあちゃん」
開いた襖の奥は畳の和室になっており、仏壇が置いてある。
部屋の中に一人、座布団に座っていたおばあちゃんがニッコリと笑って答える。
「おかえり、タクヤ」
ぼくはそのまま部屋の中に入り、学校であったことをおばあちゃんに話し始めた。
学校から帰ったら真っ先に2階にある和室へと向かう。
そこではおばあちゃんが待っていてくれて、毎日学校であったことを、うんうん、と頷きながら時々、へぇ、そうかい、なんて口をはさみながら、ぼくの聞いてくれる。
おばあちゃんの喋る言葉は、時々方言が混じっていて、喋り方もゆったりとしている。
おばあちゃんと話すのは楽しい。
話しが終わったら色々なことをして遊ぶ。例えば、お手玉だったり、おはじきだったり、携帯ゲームなんかもしたりする。
おばあちゃんはゲームが意外と上手い。最初は、これどうやったら動くのかねえ、と言ってたくせに、今ではカチャカチャと器用に捜査している。
ゲームは僕が教えたけど、お手玉やおはじきなんかは、おばあちゃんに教えてもらった。
おばあちゃんはもう、82歳になるらしい。もう随分と年をとっているのにお手玉とおはじきも上手だ。
おばあちゃんと遊ぶと、色々な遊びができるから、ぼくはおばあちゃんと遊ぶのが好きだ。
でも
ふと、仏壇に置いてある写真立てが目に入る。
二つあって、一つは立てられているが、もう一つはうつ伏せに伏せられた状態にある。
うちのおばあちゃんはもう死んでいるらしい。
その証拠と言うように、仏壇の立てられた写真立てのほうには、こちらに向かってニッコリと笑っている、おばあちゃんの写真が飾ってある。
うちのおばあちゃんは死んでいるらしい。
らしい、というのは、ぼくがいつおばあちゃんが死んだのか知らないからだ。
気が付いたら、この和室におばあちゃんがいて、いつものニッコリ笑顔で
「おや、こんなところにいたのかい、タクヤ」と言って、ぼくを優しく抱きしめたのだ。
なぜかその時の記憶は曖昧で、ぼんやりとしか覚えていないけど、その時に、おばあちゃんが死んだ、というような話を聞いた気がする。
おばあちゃんが死んでいるということと、それなのに、今目の前におばあちゃんがいるということ。
他の人がこれを見たら、非常に頭がこんがらがりそうな状況に見えるだろうと思う。
でも僕は別に気にならなかった。
おばあちゃんとは普通にお話ができたし、一緒に遊んでくれるし、毎日楽しかったからそれでいいような気がした。
だから僕は、おばあちゃんが死んだと聞いても、特に何も気にすることなく、学校帰りは毎日こうやっておばあちゃんと一緒に過ごしている。
「タクヤー、夕飯ができたわよ。下りてらっしゃい」
襖の向うから、中年の女性の声が響く。お母さんの声だ。
「はーい」
ぼくはおばあちゃんに手を振って、廊下に出ていった。
おかあさんの横をすり抜けて、そのまま1階に下りる。
食卓には、お父さんが椅子に座っていて、テーブルの上には、夕食が用意されてある。
ぼくは、ぼく専用の子供椅子に上って、行儀よく座った。
そしてぼくはいつもの光景を目にする。
お父さんの前に置いてあるお茶碗やお皿には、ご飯やおいしそうな食事が盛り付けられていて、コップにはお茶が入っている。
ぼくの目の前には、子供用のお茶碗、お皿、コップが並べられている。
でも、それら全ての食器類には、何も入っていない。
ご飯も。食べ物も。水も。
2階から下りてきたおかあさんが席について、「いただきます」と言って、食事を始めた。お父さんも、黙々と食事を始める。
会話も何もない。
ただ食べ物を咀嚼する音だけが、この静まり返った食卓に静かに響く。
おばあちゃんみたいに、学校であったことを聞いてもくれない。
ご飯も用意してくれない。
まるで二人とも、ぼくがいないかのように振る舞う。
でもぼくは特に何も言わない。
相変わらず椅子の上に行儀よく座って、お母さんとお父さんの食べている様子をじっと見つめるだけ。
会話ができない食事は、やっぱり、少し寂しいなあ。なんて思いながら。
本当はね、もう、とっくに気付いているんだ。
死んだのはおばあちゃんだけじゃない。
ぼくももう、死んじゃってるんだって。
だからぼくの声はお母さんとお父さんには届かないし、触れることもできない。
あの仏壇の伏せられたほうの写真立てにはね、ぼくの写真が飾ってあるんだよ。
続きです。
1話ごとにコロコロ視点が変わる予定です。
次話は女子大生視点。