私の夢
よろしくお願いします
「私の大学いる間にやりたいことはね、幽霊と友達になることなの」
と言ったら、周りの人たちからおかしなものを見るような視線を大量に浴びた。
「何言ってんの、八色さん」
前の席に座っていた椎名君が呆れたような顔をして、声をかけた。
ここは大学のゼミの教室で、今は昼休み。今この教室にいるメンバーも、同じゼミの仲の良い生徒たちで、私たちはお昼ご飯を食べながら雑談していた。
そして、どうでもいいようなことをダラダラと話しながら食べていて、皆、大学在学中に何かしたいことがあるか、というような話題になって、「八色さんはなんかある?」と聞かれ、私が答えて冒頭のセリフに戻るわけだ。
「なにそれ~、八色ちゃんって、不思議ちゃん?」
隣の席でメロンパンをかじっていた花田さんが、笑いながら言った。私はそれを見て、もう少し女子力の高そうな食べ物を選んでくればよかった、と手元の焼きそばパンを見つめた。
「いやいや、皆笑うけどさ、幽霊の友達とかできたら、面白いと思わない?」
「いや、思うわけないから」
「そもそも、幽霊と友達になって、何すんの~?テレビ局にでも紹介すんの?」
「絶対それ頭おかしいやつ認定されて門前払いのパターンだな」
大学での目標は遊ぶこと。と答えた岡本君が最後に一笑して言葉をしめた。
周りの好き勝手な声に苦笑しながら、私は言葉をつづけた。
「別に幽霊じゃなくてもいいんだけどね。宇宙人とか、地底人とか、恐竜とか」
「恐竜!?」
「それは頭からパクリとやられるパターンだな」
「八色さんって、そういうオカルトなのが好きなの?」
椎名君が少し引き気味な顔で聞いてきた。
「いや、恐いのはきらい」
「じゃあなんで?幽霊とかって、恐くない?」
私は肩をすくめて、少しおどけて答える。
「幽霊が恐いかどうかなんて、わかんないじゃん。もしかしたら、すっごいフレンドリーな幽霊もいるかもしれないでしょ?」
「ええ・・・いや・・・うーん、そ、そうなのかな・・・でも・・・」
頭を抱えて唸る椎名君に、私たちは思わず吹き出してしまう。
「お前、なにマジに考えてんだよ」
「そうだよーただの冗談じゃん」
「えっ・・・冗談?」
私は少し舌を出して、ごめんね、のポーズをしておいた。
「椎名君は真面目だなあ」
「いやー、いい子だねえ、椎名君」
「素直だな」
「お前ら・・・」
皆で椎名君をいじっていると、今まで静かに傍観をしていた高原さんが口を開いた。
「でもね、面白い人とか、幽霊みたいなそういうものとかと友達になりたい、と思うのはいいと思うんだけど、友達になるのはその人のことを良く知ってからのほうがいいんじゃない?」
高原さんは、持ってきたお弁当を箸でつつきながらこちらを見る。
「幽霊が必ずしも恐いとは限らないけど、いい人とも限らないでしょ?その人の性格をよく知ってから、友達になってもいいんじゃないかしら」
「そうそう!俺もそういうのが言いたかったんだよ」
椎名君が慌ててそれに乗っかる。どうやら先ほどの失言を無しにしたいようだが
「高原さんに代弁してもらうとは、情けねえな、椎名」
「こんなことも言えないなんて、椎名君の語彙力低すぎ・・・?」
「ぐぬう・・・」
それすらもいじられる要因となってしまい、とうとう口を噤んでしまった。
高原さんは、それらを微笑ましいものを見るような目で見ている。
きっちりと頭の後ろで結わえた髪、姿勢よく椅子に座る姿、しかも手にしているお弁当は、自分で作ってきたものだという。
そして、穏やかで落ち着いており、大人びた発言も相まって、まるでお母さんみたいだなあ、と高原さんを見て私は思う。
「とにかくね、危ないことはしないようにね」
こういうところもお母さんっぽい。
「はーい」
「あっ高原ちゃんの卵焼きおいしそう!メロンパン一口と交換しない?」
「はいはい」高原さんは苦笑して、金色の卵焼き一つを箸でつまむ。
それは本当においしそうで、それを見ながら、なぜ私の周りは、女子力の高い人ばかりなのだろうか、と不思議に思う。
『私は幽霊と友達になりたいと思っている』
これを言うと、「不思議ちゃんなの?」と笑われたり、「何言ってんの?」と顔をしかめられたりする。
酷くなると、「頭の中お花畑なの?」とまで言われてしまう。
私が真剣に言えば言うほど、周りからは奇異の目で見られるので、これを言う時は、少しおどけて、冗談を言うみたいに話す。
そうすれば、相手はただのジョークだと思ってくれるから。
少なくとも「頭の中お花畑なの?」とは言われない。
でも、幽霊と友達になることは、正真正銘、私の夢だ。
私は幽霊と友達になりたい。
そう言って、真剣に私の話を聞いてくれる人はまずいないけど。
そんなことはまあ置いといて、私は今、ぜひ皆さんに伝えたいビッグニュースがある。
長年幽霊と友達になりたいと思っていた私だが、この十数年程、幽霊にお目にかかれることは、全くなかった。
そんな私にも、ついにチャンスがまわってきた。
私は今年の春から大学の近くのアパートで一人暮らしを始める。
そして、私の住む予定のそのアパートの一室の部屋には、幽霊が出るらしい。
私は大学1年生の時は、普通に実家から大学に通っていた。
その時は別に一人暮らししたいなどとは考えていなかった。
大学がそんなに遠いわけじゃないし、一人暮らしってお金がかかりそうだし、なにより実家が一番楽だ。
社会人になったら、そのうち嫌でも一人暮らしすることになるでしょ、今絶対にしなきゃいけないわけじゃないし。
大学4年間は多分ずっと実家通いだろうなあ。と、思っていた私だったが、
とあるきっかけがあって、猛烈に一人暮らしを始めたいと思うようになり、この春、大学の近くのアパートに住むことを一大決心したのだった。
まあ目的は一人暮らしなどではなくて、住む予定のアパートにあるんだけれど。
そう。
私が今から住むアパートの部屋はいわゆる「いわくつき物件」というやつだ。
アパートの2階の南側にある1室の部屋。
そこに住んだ人は1ヶ月以内にその部屋に住むのをやめる。
曰く、誰もいないのに人の気配がする。
曰く、時々廊下を歩くような物音が聞こえる。
曰くおかしな夢を見るようになる。など。
とにかく不気味な現象が次々と起こるらしい。
なので今はその部屋に住んでいる人は誰もいない。
しかもそんな不気味な部屋なので、気になるお家賃はなんと月一万円。
なんという好都合。
私は即この部屋で一人暮らしを始めることを決めた。
管理人さんには、若い女の子をこんないわくつきの部屋に住ませるなんて、と随分渋られたが、拝み倒して、何とか入居することを許可してもらえた。
ちなみに両親にはこのことを内緒にしてある。
まあ娘がいわくつきの物件で一人暮らしをするなんて言ったら、絶対反対されることは目に見えてるし。
というわけで、今日から私の、ドキドキ一人暮らしライフが始まるというわけだ。
荷物は既に部屋に運んである。
大学の講義が終わったら、即直行だ。
徒歩10分の道のりを終えて、私は部屋の前についた。
そして扉を開けて、そこにあるダンボール箱の山を見て少しテンションが下がった。
そういや荷物は運んだけどダンボールから出してなかったわ。
幽霊のことに気を取られすぎてすっかり忘れていた。
うん、少し頭を冷やそう。片付けでもしながら。
ダンボールの箱を閉じているガムテープをビリリとはずしてクールダウンをする。
思えば今日はずっとハイテンションだった。
講義中もずっとニマニマしていて、さぞ不気味だったに違いない。
友達にも「今日機嫌がいいね。一人暮らしそんなに楽しみ?」と言われてしまったし。
だからかもしれない。
今日、ゼミの仲間に「幽霊と友達になりたい」なんてうっかり話してしまったのは。
だって、ずっと夢だったのだ。
8歳のあの日から。ずっとずっと、私は幽霊とお話をしてみたかった。仲良くなりたかった。
本当は、声高々と、今日、やっと幽霊と会えるかもしれないと皆に話したい。
長いこと叶わなかった夢がとうとう叶うかもしれないと喋りたくてうずうずしている。
でも誰にも言えない。
ああ、ツラいなあ。喋りたくて仕方がないのに、誰にも話せないなんて。
秘密にしたいのに喋りたいなんて、自分でも意味不明に感じるな感情だ。
とりあえず、今はこの逸る心臓を落ち着かせるために、目の前の山のように転がるダンボールを片づけることから始めよう。