009::シンクロ限界02::気になる大きさ
オルソレシア大陸の地方都市〈シトミト〉
その一角、始まりの宿。
個室のドアを抜けて長い廊下を歩き、行き止まりにある階段を降りる。
バーカウンターのある1Fホールには目をくれず、シーナはウェスタンドアから外に出て行った。
「かなり遅れてしまいました」
陽光はまぶしく、また現実と同じくほのかに暖かい。
シーナは片手でひさしを作り、周りを見渡した。
14時に、オープニングエリアである始まりの宿の前で合流する約束だった。
(どこでしょう。この近くなのですが)
キョロキョロと見回すが、ユウトらしき、ひょろなよっとしている男は見当たらない。
周囲にいるのは、ローブの男や鎧の男、アマゾネス風の女といった、現実味のない風体の人物ばかり。日本人のにの字の雰囲気さえ残っていないアバターばかりだった。
とてもじゃないが、この中から彼女の知っている、ムッツリ真面目ガネを発見するのは難題すぎる。
さらにシーナは海賊風アバターではないので、ユウトも判断しかねているはずだ。
(お互い相手を目視で見つけるのは無理ですね。素直に呼びましょう)
シーナはそう結論に達して、
「ユウトーッ! どーこでーすかーっ!」
ソプラノ声を惜しみなくぶちまける。
5秒後に柴犬そっくりな犬耳の戦士らしき男から、彼女は声をかけられた。
「おま……本当にシィナ?」
「そうです。いや違いますね。今はシーナですよ」
「名前が全然かわってねええッ!」
「まずは遅れたことを謝ります。ゴメンナサイ」
「お、おうぅ、いいって事よ」
いつものデカ女の雰囲気を持った人物。しかしその見た目は小柄な少女。
その少女がぺこりと頭を下げるので、アーサーは面食らってしまった。
なんだ、これは本当にシィナなのか? いやシーナと言っていたな。
顔を上げた少女をまじまじと観察してしまう。
(確かに、小さい頃のシィナに似ている。いやむしろこっちの方が愛らしさが増えてるか)
「あ、あの、ジロジロ見過ぎです。照れます」
「あ、ああすまん。しかしな……」
刺さるほどの視線でじっくりと見られる事に耐えられなくなったシーナは、自分の体を両腕で抱えるようにして、アーサーから一歩離れた。
「な、なにか、変な所があるのでしょうかこのアバターに。じ、自分で言うのもなんですが、初心者にしてはなかなか良く編集できていると思うのですが」
下から不安そうに、しかしすこし恥ずかしげに、身長差で自然と上目遣いになった美少女が尋ねてくる。
彼女は内股になって、ギュっと脚を閉じているが、幼さが残るゆえか、両の太ももの間に健康そうな隙間ができてしまっていた。
しかし、少女ながらも、くびれのある腰から下へ伸びるラインは、大人の脚線美へと繋がっていて、じっと見ていたら生唾を飲み込みたくなってしまう、アーサー好みのものだった。
しなやかなツインテールの銀の髪、白い肌。やわらかそうな唇、整った顔パーツの中でもひときわ印象的な、紅い妖艶な雰囲気を奥底に隠している瞳が、アーサーを捉えている。
隣に住んでいた幼馴染の少女は、昔から成長が早くて体の凹凸が小学校の頃からよく分かる人物だった。でもこれほど色っぽさを感じたことは無かったな、とアーサーは過去の記憶と比較した。
(第一、あの頃のシィナはこんなにおっぱい大きくなかったしな。B~Cだ)
今はいくつだ? Cかそれ以上? 現実のシィナだとたぶんEだよな。
目の前の少女は、巨とは言わないまでも十分豊かな膨らみを備えていて、少しでも歩いたり動いたりすると、VRがシステム的にアシストするのかデフォルメするのかわからないが、男性にとって非常にスバラシイ魅惑の揺れを提供しているのである。
ほよんほよん、と。
うむ、これは確実にC以上だ。
「どこを見ていますか、ムッツリ真面目ガネ」
「見てないぞ。いや見ていたが見てない。アバターが凄いなと思っていただけで揺れが凄いとかは思っていない」
「…………昔からおっぱい星人でしたね貴方は」
「昔からとかいうな。星人とかいうな。俺は地球人だっつーの」
「どうだか。まるで発情期の犬のような姿ではないですか。尻尾をピンと立てて」
「これはアバターだっつーの。犬族の魔法戦士なんだよ俺はッ」
「知っています。レベル30になると寂しさで魔法使いに転職するというやつでしょう」
「そっちの魔法を使うわけじゃねぇッ」
どっからそんな歪んだ知識を得たんだ、LFOに転職システムなど無い、とアーサーは突っ込もうと思ったが、いまやるべきはそうじゃない、とかぶりを振った。
シーナへ聞くべきは、胸の大きさでもなく、30歳魔法使いを何所で知ったかではなく、
「違うシーナ、俺はその、大きさが、気になるんだ」
「お、大きさ!」
すごい勢いでシーナは両腕をクロスして胸を守りながら、10メートルは後ずさった。
遠くから顔を真赤にしてプルプル震えながらアーサーを睨んでいる。
「ちげーよ……」
「貴方ッ、やはり見ていたではないですかーっ! ムッツリイイイイッ!」
「ちげーよ、それじゃねーよ! 体だよ」
「それ!? カラダ!? 胸だけではなく、私のこのカラダ全部を視線で犯していたと!」
「だからちげーよ! アバターの、身長そのものだよ、あと叫ぶんじゃねぇよ」
「あッ、あ、すいません」
二人はいつの間にか周囲から注目を浴びていた。なんだ痴話喧嘩か、と。
初心者の宿のウェスタンドアからわざわざ顔だけ出してきた人もいる。
「ば、場所を変えよう」
「そ、そうですね。案内してください」
15年幼馴染をやってきている二人は、口喧嘩なんてしょっちゅうだった。
昔は場所などお構いなく、他人の目など気にせず発生させていた。
しかし思春期を迎えてからは、少しずつ世間体を考えるようになっていた。
小さくなるように背を丸め、早足で移動するツインテール少女と、柴犬のような耳と尻尾を持った男。
石壁の家が並ぶ道。中世ヨーロッパの雰囲気を醸し出す、統一された色の三角屋根が続く。
しばらく歩いて人のいない小さな路地に入ると、アーサーは足を止めた。
柴犬の尻尾を追いかける形で後ろを付いてきていたシーナへ振り返り、真剣な面持ちでまっすぐ見つめた。
真面目な話だから、茶化すなと視線に込めて。
「な、なんですユゥ……じゃないアーサー」
「シーナお前さ、シンクロ限界って聞いたこと有るか?」
「シンクロ限界? ……あるわけ無いです。ゲームどころかVRそのものが初体験なのに」
どこの業界の専門用語かさえわからない。と言った顔をしている。
もしシーナがVRのマニュアルを読んでいたら、初心者は必ずお読み下さい、のページに書いてあった、と言えたのだろうが。
「だよな。説明してやるけどなんだ、ここでずーっと立ち話ってのもアレだし、試しに、街の中を歩きながらにしようぜ。その方が体験できていいかもしれない」
「体験?」
何か含みがあるように聞こえたが、アーサーは昔から頭が良かったので、きっと歩くこと自体か何かの説明の足しになるのだろう、とシーナは判断した。
「ああ、俺の杞憂ならいいんだがな」
「貴方と一緒に歩けばいいんですね」
「ああ、そうしてくれ」
小柄な体躯の銀髪の少女は、再び歩き出した。
先ほどのように幼馴染の顔に柴犬の耳と尻尾をつけたアバターを追いかけるのではなく、いつもの学校の帰り道のごとく、横に並びながら。
ゆっくり歩いている彼の脚が、いつもより早く感じる事に、小さな体で喜びを覚えながら。