007::プロローグ06::魔が差す、とは
シィナはVR世界へログインを開始した。
仮想現実への第一歩である。
VRの電源を入れると、目の前の暗い世界が七色に輝きだして、シンプルなメニューが表示された。
「ソフトがまだ入ってると言っても、ゲームカテゴリしかありませんね。しかも1本のみ。大学生なら教養ソフトとか英会話VR体験とか、勉強に役立ちそうなの普通はあるでしょーに。遊びにしか使用してなかったんですか寧音さんは」
VRメニューには『ラストファンタジアオンライン(LFO旧エスペランサ)』というゲームカテゴリのアイコンが一つしか存在していなかった。
VRソフトの真髄と言える、深海探索やらVR水族館、VR英会話、VRスポーツの森などという、機械音痴のシィナでさえも知っている有名なソフトが、もしかしたら入っていることを期待していたのだが、まったくのハズレである。
「LFOだけでもインストールしてあるのは助かりますが」
寧音さんは、ソフトは全てアンインスコしろ! なんて言っていたが別に同じゲームなんだから使っても問題はないだろうとシィナは判断した。
ソフト自体は正規に買ってあるからゲーム会社から怒られるとは思えないし、課金におけるクレジット情報は既にシィナの親のキャッシュカードに紐付けしてあるのだから、大丈夫だろう。
LFOアイコンにカーソルを合わせる。
「えっと、イグニッション。ラストファンタジアオンライン」
不安げに開始コマンドを音声入力するシィナ。
VRがLFOの基幹システムを起動すると、『アバター作成』と『アバター選択』の2つのコマンドが浮かび上がった。
「まず、自分の素体を作る、でしたか」
アバター作成を選択する。ビットが反応しシィナの体を立体スキャンし始めると同時に『しばらくそのままでお待ちください』とシステム音声のアナウンスがあった。
自室のベッドの上で上半身に黒パジャマを着たただけの、パンツ丸見えの状態でシィナは待つ。
ちなみにパンツはレースが付いた白布ベースにオレンジの水玉で、ブラも同様お揃いだ。
普段よりレースが多めに付いている下着を選択したら、結果そうなったのだ。
下着を選ぶ時に特に何かを深く考えたり甘い期待をしたわけではない。
3分程度の時間を空けた後に『スキャン正常・アバター作成終了しました』と音声での報告があった。
「これで終わり? もっと未来的な何かが起こると思っていたのですが、あっけない」
画面上に変化は何もない。
体にも特に感じられた変化はなかった。
ゲームの説明書には、次にアバター選択へ、とあったのを思い出し、処理を進める。
画面がアバター選択へと切り替わった。
先ほど自分の体をスキャンした素体モデル、というのがあるだけだと思ったが、そこには自分そっくりな大柄な少女のアバターと、もう一人、小柄な少女のアバターが表示されていた。
それは服をまったく着ていない状態の、シィナと寧音と言っても良い。
「ん? なぜ寧音さんが……!?」
目の前に自分の全裸が、眠っているように表示されているのに驚いたが、ソレ以上に隣に全裸の寧音さんが眠っているのに驚いた。しかも――、
「そんなまさか、寧音さん、ここに、あるなんて…………!」
そう、ここにあるのに驚いた。
シィナは寧音さんの素体がここにある事に驚いたのではなく、
寧音のここに、アレがあるのに驚いたのだ。
もさっ。
「生えている! 寧音さんはもう生えているのですかッ!? うっそおおおぉぉぉっ!」
シィナの視線は寧音の素体のある一箇所に注がれていた。
寧音の下腹部は、もさもさ、ではなかったが、確実に大人のもさっ、だったからだ。
シィナにも姉達にもない、乙女の草原がそこに小面積ながら密集していたのだ。
「いい……これなら水泳の授業でも温泉でも修学旅行でも、堂々と歩けます。うらやましい」
ズルイです寧音さん。そんな幼い容姿なのに、もっさりとか。
祖父母は同じなのに。既に他界している祖母も無かったと聞いているのに。従姉妹なのに。そこそこ血が繋がっているのに、何故に寧音の家系はもっさりなのか。
「寧音さん、小学生とかちっぱいとか思ってゴメンナサイ。あなたの勝ちです」
シィナは拝むようにまじまじと、自分にはない宝の糸を凝視してから、深くため息を付いた。
「いけない、こんな事をしてる場合ではありません。んー次の作業は……アバター編集?」
アバター編集作業は、自分の分身であるアバターの身長や体重の増減、肌、髪、瞳の色などを好みに変更する機能である。
エルフ化、獣人化などの種族選択もここで行われる。
極端に変更することも可能で、猫耳や複数の尻尾を付けたり、角やエラを取り付けたりと、ファンタジー要素を気の向くままに付け加える事ができた。
「特に、猫耳などの体への装飾の希望はないのだけれど」
いやまて、一箇所装飾して欲しいモノがあるではないか。
編集可能項目に「髪の増量」というのがあったので、同様に下半身の毛の増量・追加という項目が存在するのでは? と希望をもって探したが、見当たらなかった。
小さな怒りを編集画面にぶつける。
「チッ。使えない編集機能ですね」
確かにそれの増量・追加コマンドは存在しなかった。が、代わりに編集コマンド一覧に『COPY』と表示されているのをシィナは見つけてしまった。
COPY。コピー。写し。複製。
コピーとは、アバターのコピーが可能と言うことか? カットアンドペースト的な?
それは部分的にもできるのだろうか。
アノ部分とかに……。
「まさか……………………っ」
もさっ。
……ポチッ。
これを魔が差した、とでも言うのか。
寧音の素体モデルのアレを、草木の植え替えのように刈り取って、自分の素体モデルに重ねて貼り付けることが可能だったのだ。
「あッ、できるではないですかッ! COPYしますかですって? 何を今更聞いているかこの機械風情がッ! もちろんYESです。決まっているでしょう!」
これで、VR世界だけだが大人の仲間入りだ。
アマゾンよジャングルよサバンナよ。ここはチキュウですね。あぁ良かった。
VRには日本中の温泉を模したソフトがあると言うので、仮想世界ではまっぱで胸を張ってあるけるかもしれない、などと色ケのない妄想をしたシィナであったが、コピーコマンドが開始されると、表示されていた素体に、予想外の変化があらわれ、妄想を中断しなければならなかった。
「え? 毛だけコピーしてくれればよかったのですが……」
望んだ部分の毛、だけでなく素体そのものがコピー、さらに融合されてしまったのか、大きなシィナの素体モデルと、小さな寧音の素体モデルが絡まり、1つになり、出来上がった素体モデルは……
小柄のシィナだった。
その素体モデルは寧音のような小学生と間違われる身長、体重、細い手足。しかし腰や脚のラインは大人のソレに引けを取らず、色香のある曲線を持っていた。
胸だけは、シィナの素体が寧音の特性を上書きしたのか、立派な膨らみが確認できる。
髪は黒でもなく金でもなく、銀色のツインテールになっていた。
これは寧音と同じ耳の高さで結留められていて、少女らしい可愛さを強調している。
「しし、っしかも! 毛があるだなんて!」
両手を胸の前で組んで、瞳に星の輝きを携え涙を流しながら「わ、私の憧れていた理想型かも~~~」キラキラリーンというポーズをとったまま、シィナはその出来上がった素体モデルを眺めている。
「できた! 完成です! やはり私は天才でしたね」
それにしても。COPYというのは融合なのだろうか。通常の意味と違うような。
現実では兎も角、このゲームの編集ではそういうことなんだろうと納得し、シィナは結果を前向きに受け入れる。
「よし、後は」
――目が紅くね?――
今日の別れ際、玄関でユウトに言われたのを思い出す。
今度から目が赤くなっている事を悟られないようにしよう。
風邪の初期症状だろうが、シィナは何故かユウトに対し、目が赤くなったのを見られたくないと思った。
なら、そうだ、最初から紅くしてしまえばわかるまい。
VRの上で風邪にかかるわけないのに、シィナはそんな単純な事にも気づかす、瞳の色を紅くしてから、編集作業を終えた。
「で、ステータス? はテキトウに均一に分配して、あれDEXでしたっけ? AGI? クラスはシーフ。それから……名前? 本名じゃ駄目と言っていましたから」
ネット上で本名は使うなとユウトに言われたので、シィナは駄目だろう。
「ならシーナで構わないでしょうか」
もしユウトがここにいたら「何も変わってねえよ!」としっかり突っ込んでから、注意してくれたのだろうが、生憎シングルベッドの上にはシィナしかいない。
「これでヨシ。VRゲームというのは、始めるだけで結構面倒なのですね」
だが、VRはゲームであって、ゲームではない。仮想現実だ。
そして仮想世界でありながらも、向こうでシーナが来るのを待っているであろうユウトは本物だ。
「いけない、もう14時とは。ユウトには海賊風と言ってありましたが、これで問題ないでしょう」
もう、この寧音さんボディコピー版でいってしまえ。
アバターを作りなおして待ち合わせに遅れる、よりかは良いだろう。
しかし、何か心に引っかかるものがある。
それが何か分からない。
強いて言えば、悪寒に近い。寒気というか、首筋がゾクゾクするというか。
やはり、シィナは風邪を引いたのだろうか、と首を傾げた。
「まぁ良いでしょう。大した事ないと思います。これ以上時間を浪費するわけにはいきませんし」
奇妙な違和感を振り切って、シィナが最終的な『決定&起動』コマンドボタンを押すと、
『新規アカウントです。イニシャライズを開始しますか? YES/NO』
とVRのシステムメッセージが表示された。
イニシャライズ? なんだったっけ? まぁいいや。早くいかなきゃ。
シィナはYESを選択する。
しばらくして、168という数字が表示された。
それはすぐにカウントダウンされて、167になる。
「もしかして、あと167分もかかるとか!?」
3時間近くかかるということだろうか。
そういえば寧音さんが帰ったらすぐにイニシャライズがどうとか言っていたような。
まずい、やはりマニュアルをよく読んでおくべきだったか。
こういう初期設定作業は昨夜のうちにやっておけばよかったと後悔するが、それはシィナの杞憂に終わった。
『システムオールグリーン。リンクスタート。プロジェクト・ラスト・ファンタジア・オンライン』
という感情の無いシステム音声が響き、ゲームが始まったからだ。
やっとあらすじに書いた文章を2行ほど消化できました。
ここまでで2万文字使ってるということは、10行だと10万文字?(汗)