006::プロローグ05::マニュアルを読まない派
ラスト・ファンタジア・オンラインRPG。
通称LFO。
ここ半年で急成長し大人気となったVRMMOゲームである。
シィナは幼稚園の頃からの腐れ縁の幼馴染のユウトに、手に入れたばかりのLFOのレクチュアの約束を取り付けていた。
「待ち合わせまであと50分。お待たせしますた」
シィナはもうVR世代では廃れているネット言葉を、語尾につけながらVR機器に向かって呟いた。
これはデジタル浦島太郎なシィナのクセだ。
実生活ではデジタル知識貧乏なシィナにとって、最新ガジェットは4世代以上昔のOSで起動しているノートパソコンのみ。
そしてメインの接続先は、ネット初期に飛ぶ鳥を落とす勢いだったという、しかし現在は寂れた2Dコンテンツの匿名掲示板なのだから
VRに接続する前に、自室の姿見鏡で自分の格好を確認する。
白いジャージのままでも良いか、と思ったが初めてVRをユウトに教わった記念日として思い出に残したかったので、お気に入りの黒パジャマに着替えた。
黒布のセーラー襟に白いレースが付いている、小柄な少女が着たらきっと可愛いデザインの服に袖を通す。
下半身は生足。スカートやズボンを身に付けずに、パンツ一枚になった。
VRはできるだけ布地が少ない状態で身に付けろと、寧音さんに言われたのを思い出したからだ。
「別に、ゲームが終わってからユウトがいきなりやってきて、とか考えているわけではないですよ。私のプレイに感動して、ユウトがこここっ告は……とか考えてません」
――まーだアンタ告ってないの?――
(くううう~~~~~~~っ、いやいやだってあの男には彼女が。でももしかしたら……)
再び全身を紅潮させ始めたシィナは、ベッドの上に寝転がった。
先ほどの姉との会話は忘れよう。
いきなり、ゴムと初めては薄くてつける、でも生でしようなんて会話も含めて忘れよう。
早くVRへログインしないと、ユウトとの待ち合わせに遅れる。
それは避けたい。
約束は守らなきゃ。それが例え彼女がいる男相手の約束であっても。
「むー、まずなんでしたっけ」
VRアバター用のビットスキャンの用意はできている。
ゲームの説明書は、一週間前に手に入れて、ひと通り読んだ。
アバター作成の流れは寧音に聞いて、頭に入っている。
クラスとジョブというのも、もう決めた。素早く、軽業ができるシーフというのにする。
あとは……。
「寧音さんは絶対に説明書を読め、と言っていましたが」
シィナの視界にチラリとVR用の、ブ厚いマニュアルが入ってきたが、昨日はペラペラとめくっただけだし、今日は読むどころか何も触ってさえいないのを思い出す。
もっとも300ページ以上あるので、読む気がしない。
「フフフ……、私は元々マニュアルを読まないで機械を触る性格なのですよ」
ただし、マニュアルを熟読しないと扱えない機械なんて、生まれてからまともに一人で触った事がない。
シィナはおそらくこれが、初めてだ。
「ふむ、後でいいでしょう。時間ありませんし」
シィナはマニュアルを、今日は読まないことに決めた。
ベッドの上で従姉妹からもらった、猫耳に見える部品がついている、大きなスキーバイザーみたいなVR装置を、ヘルメットのように天頂からかぶって装着する。
手と脚、胸とお腹には、同様にビットと呼ばれる子機VRを付けた。
(シャワーを使ったのはこの為でもあるんです。直接肌にVRをつけるからです。ええ、そういう事です)
また姉との会話が脳裏で妄想になりそうだったので、シィナはかぶりを振ってそれを消し飛ばした。
横になって楽な姿勢を取り、猫耳バイザーをつけたまま枕に頭を預ける。
「大丈夫、マニュアル読をまなくても、始めるくらいはできます。電源が猫耳の横にありましたね、これですか。えいっ」
ポチ。反応なし。
「えい、えいっ」
ポチ。ポチ。やはり反応なし。
「壊れてる? 動きませんね。いやコンセント入れてないからでしょうか、ファッハッハッハ」
照れ隠しに一人自室で大声をだして笑う。
100ボルトの差し込みが接続されている事をしっかりと確認してから、一回深く深呼吸をした。
「よし、今度は大丈夫です」
期待を胸に猫耳形のVRを起動し、シィナは仮想現実への第一歩を踏み出した。
本日短め