005::プロローグ04::シィナとハルカとゴム
「いきなり昼間から風呂って、どしたの?」
「ちょ、いきなりあけないで下さい」
女子高生なら帰宅したら汗を流し落とすべきだと思い、シィナはシャワーをあびていた。
鼻歌を混ぜて、気分よくお湯をかぶっていた所で、いきなりバスルームのドアが勢い激しく開けられた。
長い黒髪が乱れるのを気にしながら振り返ると、そこには三女のシィナの下半身へ視線をロックしている、長女のハルカがいた。
「あー、まだね、そうよね」
「なな、何をしにきたんですかハルカ姉さん!」
「いや、ちょっとね、ハハハ、いるとは思わなくてさー」
ふぅ、良かった先を越されてないわねぶつぶつぶつ……。
独り言をつぶやきながら、扉を締めずに脱衣所から出てゆくハルカ。
ハルカと一緒に大量の湯気も出て行ったので、風呂場では視界がよくなっていた。
「締めていって下さいよ、もう」
バスルームのドアをがちゃり、と締めてから湯気の少なくなったのを期に、シィナは自分の体へ視線を落とした。
ハルカが気になっていたであろう自分の下腹部を見る。
そこにはゆるやかなカーブの白い肌、真ん中に小さくおへそ。そしてその向こうには成人としての証のサバンナが……
「やっぱりまだ、生えてこない。でもハルカ姉さんが私のここを気にしてたって事は、姉さんもきっとまだ」
シィナの家の女系は全員薄かった。アレが薄い。というか無かった。
世の中の大半の女性にはあるというが、下腹部のもさっ、とかわさっ、となってるアレが無いのだ。
いや、かな~~~~り薄いが、母には少しだけあるのは知っている。
しかし、長女、次女ともに、無い。
そして三女のシィナも、当然母姉同様に、無い。
つるつるなのだ。
これはつるつる本人達にとっては、とても切実な問題だった。
プールにも温泉にも行きづらい。彼氏を作るのも憚る程度には、コンプレックスになっていた。
おそらく三人姉妹の長女のハルカが風呂に来たのは、末っ子のシィナの成長ぶりを確認しに来たのだろう。
『私にまだ無いのに、5つ年下の妹に既にあるわけがない』と安心するために、わざわざ妹のシャワーを覗きに来たのだ。
そうに違いない。いやそうだ。
なぜなら、シィナのお股を見た時に、ああああ~良かった、という安堵の輝きがハルカの瞳に宿っていたのだから。
うちの妹がこんなにもじゃもじゃなわけがない。
しかも5歳年上の長女である私を置いて――。
なんて事になってなくて良かった、驚かなくて済んだという表情を浮かべていたのだから。
「シャワー終わりましたけど、ハルカ姉さんも使うのですか?」
「いや、いいわー」
(やはり見に来ただけですか)
結構よシィナ。もう風呂場での成長確認の用事は終わったから。
そう言いたげなあっけらかん、とした態度がハルカの声からにじみでていた。
居間でテレビを見ている長女は、ソファーに寝転がりながら、お茶を啜りつつ、せんべいを齧っている。
身長167センチ。体重54キロ。いや55か。最近お肉がついてきた、と腹回りを摘んでいたのを知っている。
(だったら、せんべいなんて食べてなければいいのに)
下着と白ジャージを身に付けてから、シィナは長い黒髪をドライヤーで乾かし始めた。
ドライヤーの音が混ざる中、ハルカは口からバリボリと音を立てて、再放送の古い刑事ドラマを見ている。
『いいか、お前が密室で何をしていたか、きちんと吐くんだ。ああ言っておくが、俺は冗談が嫌いだ。勿論ウソはもっと嫌いだからな。変なことぬかしたらダダじゃおかねえぞ』
50インチ液晶の中に、取調室で犯人らしき人物に詰問しているシーンが映っている。
何が面白いのかわからないが、ハルカは楽しそうに見ていた。
先ほど風呂で覗かれた仕返しをしてやるかと、シィナは姉を少し驚かせる事にした。
「ハルカ姉さん、寝転がってばかりだと、横に成長しますよ」
「いいのよ。最近ちゃんとダイエット気味になってるからいいの」
「そうですか。成長といえば私は最近。やわらかい産毛がお腹の下の方に生えてぃ……」
「なぬぅ!?」
目をザ・シン○ソンズみたいに丸く膨らませて、シィナを振り返ったハルカ。
ハルカはやはり 毛 の話しに食いついてきた。
先ほどの堂々とした覗きは、やはり毛の有無でしたか。
シィナは姉の行動と目的に納得して、もう20歳になるのにまだ諦めてないのか、と心の中で苦笑した。
(せめて私みたいに15歳だったなら、まだ期待をもっても良かったのでしょうが)
いや、15歳でも身長174センチB98の限りなくFに近いEカップ、くびれもしっかりした安産型にまで成長しているアンタは、もう手遅れだ、と話を聞いたら誰もが思うだろうが、彼女を含む三姉妹は、まだ希望を捨てていない。
これから十分逆転が可能だと信じている。我が不毛の大地が密林になる事を夢見て。
「えーと、お腹の下の方に毛が生えている、生まれたての犬の写真集が欲しいのですが」
「…………あっそ。犬ね。そうよね」
「……。」
「……。」
(ククク、シィナの分際で私を驚かすとは、いい度胸じゃない)
(ハルカ姉さん、3日置きに妹の股間を覗きに来るのはやめて下さい)
ドライヤーがブオオオオオオオオオオオオオン。
せんべいがバリボリバリボリバリボリバリボリ。
暫くドライヤーの駆動音とせんべいの砕ける音、そしてテレビの音が辺を支配していた。
次に言葉を発したのはハルカだった。
「シィナもしかして、アンタこれからデート?」
「な、なんですそれ。デートとかしませんよ」
「だってシャンプー変えてるし、下着はいいのつけてたっしょ、それに……くんかくんか」
「なななん、なんです?」
ハルカはソファーから起き上がると、妹の顔を引き寄せてから動物のように鼻を動かして匂いを嗅いだ。
「なんか、つけてるし。コロンかなー。薄めなのは確かにいいけど、まだ付けないほうがいいんじゃないかなー」
「ちちち、違いますよ。これからただVRでユウトと会うだけでッ、そのですね」
「ほほおー、流行りのデジタルデートというわけかー。なるほどね。んでVRだけで我慢できなくなってもすぐにあげられるように、シャワーか。やるわねー」
「あああ、あげるってなんですか。ただVRで一緒にすごすだけですよ」
「二人きりで、なんでしょ?」
返事に困る。
確かにその通りなのだが、姉の言っている意味と、シィナが言いたい二人の意味が違う。
姉との会話で指先まで紅潮してしまったシィナは、コクン、と無言で小さく頷くのが精一杯だった。
「それをー、デートと言わずになんと言う」
「だだだっ、だから違いますって! 幼馴染ですよ!」
「幼馴染ねぇ」
(そう、私は幼馴染です。だってユウトにはもう彼女がいるのだから)
シィナは商店街でした彼とのやり取りを思い出すと、また眼の奥が熱くなるのを感じた。
妹が下を向いたままなのは恥ずかしいからだ、とハルカは判断したのかニヤニヤしっぱなしでその様子を見ていた。
ハルカは最後の一枚のせんべいをパキッと砕いて口に運ぶ。
香ばしい香りと、しっかりした歯ごたえを堪能した後に、ほうじ茶をすすった。
「で、まーだあんたコクってないの? さっさとモノにしないと、飛んでっちゃうわよ~」
「だから、何の話ですかッ!」
「ユウト君、けっこう可愛い顔してるし、真面目だし、将来良い男になりそうだし。いなくなってから後悔したって遅いんだからねー」
「も、もういいです。時間無いので二階にいきます」
犬の写真集の会話で姉をすこし凹ませたかも、と思ったら、とんでもない逆襲を喰らってしまった。
小さい頃から舌戦で長女に勝てたことがないシィナは、こういう場合、長年の経験からさっさと撤退するに限ると決め込んだ。
しかし、ハルカは見逃してくれなかった。
強烈にアダルトな追撃を仕掛けてきたのだ。
「あ、まった。あのゴムあまってるからあげるけど。使ったほうがいいわよー」
「ゴゴゴ、ゴム!? あのゴム!? 何を言っているんですか! いいい、要らないですよ! 私はまだ高校生です! そんなの使いません」
「えー、使わなくていいのー? 高校生だってフツー使ってるっしょー」
「ユウトとは別に、そんな、ゴムとかですね、だって初めてはその……ごにょごにょ」
「髪留め用のゴムだけどぉー? ドライヤー終わったんでしょー?」
「!」
むふふ、とエロい三日月の形をした目をシィナへむけているハルカ。
ハルカはシィナの想像したゴムが、厚さ0.03ミリのアレだと確信したからだ。
今日の舌戦は、シィナの完敗のようだ。
『語るにおちるとは、このことか』
テレビの中の刑事の台詞が聞こえる。どうやら容疑者が諦めて、自首したようだ。
恥ずかしさのあまり下を向いて、石のように固まって動けなくなってしまったシィナ。
ゴム、の意味をどうしてあっちだと捉えてしまったのかと、全身真っ赤になってプルプルと震えながら、後悔する。
もう撤退も許されないらしい。ちょっと犬の産毛で驚かせただけなのに。
全面降伏は遅いかもしれないが、しないよりマシだ。
「………………ふええ、ハルカ姉様ごめんなさい」
「それとも、あっちかなー? シィナが想像したゴムはあっちだったのかなー? エッローい方。薄めなのは確かにいいけどね、うん、あっちは付けたほうがいいね絶対に」
『じゃあ彼と密室で、何があったのか、後の法廷でじっくり聞かせてもらいますよ』
「………………ふぇぇ、シィナはまだつるつるです。当分無理そうです」
「…………あっそ。わかったわ。ところで時間いいの? 待ってるわよ~、カ・レ・シ」
「だから、ユウトです」
エロスが含まれた満面の、勝利の笑みを浮かべている姉から逃げ出すかのように、シィナは照れながら二階の自室へ早足で入っていった。
また時間と場所が飛んでます。
002の続きになります。
そして怪しい日本語てんこ盛り\(^o^)/
あとサブタイトルのセンスなさすぎ。
ゴムが3種でてきたら「追撃!トリプルゴム」とかにできたんですけど。
サブタイが上手な人ってどうやってひねり出してるんでしょう