004::プロローグ03::遅刻してきた彼女
(やっぱり気づかれないか……)
黒い柴犬のようなピンとたった耳に、同じく黒い柴犬の尻尾が生えているその獣人族のアバターの中の人は、メガネのツルをくぃ、と持ち上げながら、少しだけ反省していた。
使用アバターの、見た目を教えておけばよかったと。
灰色のレザーアーマーと同色のブーツ、それに紅いグローブをはめている、とだけでも言っておけばかなり違っていただろうと、今更ながら考えていた。
そこは仮想世界だった。
《ラスト・ファンタジア・オンライン》、――通称LFO。
アバターが最初に降り立つオルソレシア大陸の地方都市〈シトミト〉そのオープニングエリア。
中世ヨーロッパ調のレンガおよび石造りの建築物が並ぶ、小さな通り。
ファンタジーゲームにありがちな、宿と酒場が一緒になった建物の出入口である。
ゲームのオープニングムービーを見たプレイヤーが、最初にアバターとなって建物から出てくるのがココだった。
1Fが酒場、2Fが宿泊施設になっていて、出入口の扉はなぜか西部劇にでてくる酒場のような、アーチ型の小さなウェスタンドアで仕切られていた。
その建物のすぐ横で、犬耳の獣人族は壁に背を預けながら、両腕を組んだ姿勢になってもう15分程経つ。
その犬耳が付いたの男の名前はアーサーという。プレイヤーのリアル本名は浅野ユウト。
アーサーはLFOのゲーム上のアバターに付けた名前である。
今彼は、LFOを始めたばかりの、体はデカイのに心は繊細、さらにちょっと天然な所を持つ幼馴染を待っている最中だ。
しかし使用アバターの見た目を教えていなかったので、お互いの明確な容姿がわからず、時間通りに合流することができていないのだ。
確か一週間前に、RPGをやるなら有名な映画の海賊風なアバターデザインが良い、と言っていたのは覚えているが、最初にゲームを始めた時は皆、同じデザインの初期装備服を着ているので、海賊風と言われても意味がなかったのを、アーサーは失念していた。
「なかなか出てこないな。14時って言ったじゃないか。まーゲーム以前にVR自体の初心者だから時間かかっても仕方ないかもな」
幼馴染のシィナの家はデジタル貧乏とでもいうべきか、機械類が嫌いなのか知らないが、PCとか携帯とか全自動洗濯機も置かない、または置くのに時間がかかる、昔から不思議な家だった。
(空調を買うのに2年悩むってどーゆー事だよ、あの家は)
その知識的、物理的にデジタル貧乏な彼女が、中古ながらVR機器というトレンドなガジェットを入手したというので驚きだ。
VR機器の組み立ては上手く行ったのだろうか。
VR機器の接続がどうなっているのか理解しているのだろうか。
まさか低周波治療器と間違って買ってきたのではないか?
それくらい最新機器――、というか機械に疎いのが幼稚園からの腐れ縁、幼馴染のシィナだった。
(しかもアイツ、ちょっと天然入ってるしなぁ)
アーサーは最初からシィナは一時間位は遅刻してくると思っていたので、周囲に海賊が現れた気配が無くても、全然かまわなかった。
今日初めて本格的にVRを触ると言っていたので、アバタークリエイトとエディットに、相当な時間がかかると踏んでいたからだ。
アバタークリエイトは一時間で済めば良いほうだ。
エディットまで真剣にやりだしたら数時間はかかって当然だ。何故ならこれから長い時間、自分の分身となって、ゲーム世界を渡り歩く存在の外見を作り、整える作業なのだから。ここに時間を割くのは当然といえよう。
また一人、一人、と初心者マークの青い羽を胸につけたアバター達が、建物のウェスタンドアを開けて出てくる。
この始まりの宿の前で、初めてゲーム世界に降り立った人達を眺めているのも、そんなに悪いものでもない。むしろ楽しいものだ。
VRMMOに慣れている人、慣れてない人、すぐ歩き出す人、実感がもてずに手のひらをずっと握り返して立ち止まっている人、興奮しながら仲間のところへ駆け寄る人、ぼっちの人、etc……。
いろんな人を観察し、彼らのこれからの旅を勝手に想像するのは、なかなかに愉快だった。
14人までは数えていた。
しかし、そこに海賊風アバターの姿は、まだなかった。
30分ほど眺めて少し飽きてきた時に、銀の髪を二束に纏めた、LFOではあまり見かけないとても小柄なアバター、しかも美少女が、宿の階段から降りて来る。
豊穣を迎えた柔らかそうな胸には、他の者と同様に初心者の証である青い羽がついていた。
「うわーちっちぇえ! マジロリ子!」
アーサーは彼女のその身長の低さに驚き、思わす声がでてしまった。
LFOでは身長が高い、かつ体重が多いアバターの方が、物理的により多くのダメージを発生させる事ができるので、小さいアバターが作られることは極めて少ない。
魔法使いなどの物理ダメージに頼らない職業の場合はまた違うが、目の前の少女の初期装備は、接近戦をする前衛を務める職に与えられるモノ。
腰にある大型のナイフからおそらく〈シーフ〉ではないかと推測できる。
シーフの初期装備は、学生服を半袖にして、旅人風のシルエットにした様なデザインになっていて、草色のベレー帽、指の動きを阻害しないグローブ、半袖上着、短めのスカート、ふくらはぎまでの革ブーツの5点で構成されている。
「そりゃシーフは小さくてもなんとかなるけどさぁ」
あまりにも小さい。小さすぎる。まるで小学生ではないか!
少々猫目になっているが瞳は大きく、美少女の範囲十分入る端正な顔つき。
愛らしい桜色の唇。白い肌。
彼女が美しいのはプラス補正だが、その体の小ささはこのゲームではマイナス補正だ。
(あれ? でもなんか誰かに似てるかも)
いや、気のせいか。
目の前7メートル程離れた場所にいる少女は、愛らしいソプラノ声で「かなり遅れてしまいました」と囁いて、きっと近くにいるであろう待ち合わせの相手を、申し訳なさそうに探している。
きょろきょろと首を左右にふるたびに銀髪の双尾がくるくるとゆるやかな螺旋を描き、銀糸がダンスを踊っているようだった。
(いいなぁ。こんな綺麗な女子と一緒にゲームできるやつがいるのか。どこのどいつだよ)
あそこにいるローブのハゲ男か? むこうのアマゾネスみたいなデカ女か? それとも俺の近くにさっきからずーっといる、中レベル帯のレアアイテムである、白い鎧を身につけたスカしたイケメンなのか?
チラっと横目でイケメンをみると、こちらの視線が分かったのか、ニヤリとほくそ笑んだ。
(くそ、コイツか!)
銀髪ロリはまだキョロキョロとしている。
VR上で使用するアバターは顔パーツの編集・カスタマイズが可能なため、その銀髪少女はおそらく、待ち合わせ相手が、付近にいる誰だか分からないのだろう。
ものすごく良く出来た変装をしている知人を、探しだしている様なものだ。
隣のイケメンは、彼女が自分の編集後のアバター姿がわからずキョロキョロしているのを楽しんでいる、という訳か。あまりいい性格をしていないな、とアーサーは思った。
少女は目視では埒が明かないと感じたのか、口元に両手を添えて、大きな声で待ち合わせ相手の名前――、彼氏の名前を叫んじゃいますね~、のポーズをとって、息を吸い込んでいた。
愛らしい唇が次に発する言葉は、きっと隣のイケメンの名前か。
くそっイチャイチャしやがって。
むかつくのであとでブラックリスト入りにしてやるわ! とアーサーは予定を立てる。
しかし、その銀髪ロリが口にした名前は……。
「ユウト、どこですかッ!」
愛らしいソプラノなのに、残念な程に覇気ある声。
叫ばれた名前は、隣に座るイケメンではなく、柴犬耳の、獣人族の名前……ではなくて、その中の人の、ユウトという名前だった。
驚きでアバターの黒い尻尾がぴくんと反応してしまう。
旧世代のMMORPGのように、アバターの頭の上に名前が表示されはしないので、人混みで誰かを探し出すには、こうするのが一番早い。
と言っても普通はアバターネームで呼ぶのだが。
それにしても、これ程の美少女ロリが、自分を探しているなんて……まさか。これ本当に現実か?
いやこれはゲームだったな。VRだ。それにしても冗談が過ぎる。
俺が今日、待ち合わせているのは幼稚園からの腐れ縁、家が隣り合わせな幼馴染の、俺より身長が高い……、
アーサーは狼狽しながらも、確認のため言葉をひねり出した。
そうだ、この子は誰かに似ている。いやアイツの小さい頃に……。
銀髪の少女に向かって、アーサーは恐る恐る話しかけた。
「ま、まさか……シィナか?」
「ユウト……?」
にこっと笑って、柴犬の耳と尻尾が付いたアバターへ銀髪ロリが話しかけてきた。
「えっと、本当にシィナ?」
「私以外に誰が貴方のような、ムッツリ真面目ガネの名前を呼ぶ人がいますか。いやいないでしょう。ってVRネットで本名を言ったらダメ、と言ってませんでしたか? あと遅れてゴメンなさい」
自分の事は棚上げしつつも、にこにこと笑いながら謝る、小柄な美少女がそこにいた。
すんませんorz
また時間と場所が勝手に飛んでます。VRMMO中です。
次はまた二話の後ろの時間軸に戻ります。
もう二度と時間と場所は飛ばさないようにします。
読む立場からだと混乱しますよね。
構成って難しいorz