003::プロローグ02::シィナと寧音と
「今日からこれは、誰のもの?」
「私です」
「なら、ちゃんと説明書よんでね?」
「ふぁい。寧音さん」
それは幼馴染に彼女が既にいる、と言われた日の前日の事。
夕刻。
早足で移動しているサラリーマンは皆、定時で帰宅している人達なのだろうか。
シィナの家の最寄り駅から準急で3駅ほど離れた、ターミナル駅の中にある喫茶店からは、忙しそうに足を動かす人々が見える。
その店内の、二人がけのテーブルに凸と凹の女が座っていた。
「ふぁい、ってアンタ私の言ってる事、半分も理解してないでしょ?」
「そ、ソンナコトありませんデス」
問い詰められているのは身長174センチ、長い黒髪ながら、綺麗に切り揃えられた姫カットと呼ばれる髪型で、背筋をピンと伸ばし座っている少女。
彼女は注文したコーヒーに入れたスティックシュガーの紙容器を、綺麗に矢文のように折りたたんで、その上にスプーンを置いている。
対面に座っている、もう一人の小柄な女性は、小学生みたいに見えた。
身長は150センチあるかも怪しい。
しかし見たもの全てを魅了するような、愛らしい少女であり、喫茶店の隅にちょこんと存在しているだけなのに、周囲の視線を自然と集めている。
少々猫目になっているが瞳は大きく、美少女の範囲に十二分入る端正な顔つき。愛らしい桜色の唇。陶器のような白い肌。
染め上げた金髪を、耳の高さで止めるツインテールで髪を纏めていた。
前髪は片方をピンで止めて、そのピンの反対側はリボンで止めるという、左右非対称かつ、奇抜なヘアスタイルで、その少女は注文したクリームソーダを泡だらけにして食べていた。
「もう少し、落ち着いて食べたらどうですか、寧音さん」
「シィナが落ち着きすぎだよ。喫茶店なんだから、肩の力なんて抜きなさい」
「抜いてます。寧音さんが力を抜き過ぎなんですよ」
「そうかな」
緑の液体に浮いているアイスクリーム部分を、もぐもぐしながら金髪ツインテール少女の寧音は答える。
(美少女といえば、かなりの美少女なのですが。寧音さんは残念な部分が多すぎです。もう20歳になったはずですが、全然大人の魅力が感じられません)
目の前の小学生のように見えるツインテール少女は、今年大学3年になる、シィナの従姉妹の寧音だった。
彼女と1年ぶりに会ったシィナだが、寧音の姿は、昔の記憶と全然かわっていなかった。
失礼ながら、ある年齢からずーっと成長していないんじゃないかってくらい、子供のままだと思った。
思い返してみれば、10年位前から、ずっと同じ体格だったような気がする。
実際、寧音の身長は149センチしかなかった。
背の順にしたら確実にクラスの女子の先頭に並ばされるに違いない。
前にならえ、をしない人だ。
シィナはコーヒーを啜りながら、寧音を一目する。
(この体格で20歳ですか)
巨人族、と陰口を言われたこともあるシィナから見たら、小柄の彼女がとても羨ましい。
小顔、小さな手、細い首筋、細い脚。パっと見は子供の様に映るが、ウェストのくびれは服の上からもしっかりと存在しているのが解り、小学生の体とはあきらかに違う、大人の女性のラインさえも持っている。
(いいなぁ。これで胸があったら理想型かも)
シィナは寧音への視線を、彼女のおっぱい近辺で止めた。
そこには見事な平面が広がっていた。いや少しだけ双子山が、ささやかながら成長した姿を見せている。
それでもAはある、双子山はギリギリだけどAはあるんだぞ、と主張していた。
(しかしおっぱいも昔から全然成長していないみたいですね。ちっぱい乙です)
「アンタそんな事考えてるとVRあげないよ」
「ふぁいいいぃィ!?」
ここを見ていただろ、と、寧音は自分の胸をトントンとその細い指で示した。
女性同士と言っても、自分へ送られた肉体への好奇心を抱いている視線は、すべて理解できるのである。
男性で言えば、ズボンを履いているけど、同性にちんちんを見透かされている時の視線に、絶対に気づくのと同じだ。
「同性でもそういうの解るって、アンタも知ってるでしょ?」
「ゴメンナサイ」
174センチの少女は、座りながらも体躯を丁寧にくの字にして、素直に謝った。
「まーいいわ。はいこれVR一式。落とさない様に大切に抱えて運びなさい。保証書とか全部入ってるけど、中古だからあんまり意味ないかも。それからソフトはアンインストールされてないから、最初にきちっと――」
シィナは寧音の話を聞き、コクコクと頷きながら、注文したブレンドを一口飲む。
もう少し甘くていいかな、とスティック砂糖を2本追加した。
目の前で寧音がVRの説明を一生懸命にしてくれているが、機械音痴のシィナにはやはり半分も従姉妹から出てくる言葉が理解できなかった。
そもそも、寧音がVRの説明をしてくれているのは、寧音が今まで使用していたVRを、シィナへ譲り渡す為である。
『成人用のリージョンフリーを新規購入したので、古いVRは不要になった』という話を、4歳年上の従姉妹の寧音からメールで聞いたのが冬の終わり頃。
シィナはチャンスだと思って即電話をし、寧音と話を付けたのだった。
『もしもし。VR欲しいです、寧音さん』
『ハァ? 機械音痴のアンタがVRとか。いきなり電話かけてくるし、どーしたのよ』
『えっと、その、そろそろ欲しいかなって……ぁ……ぅぃ』
『はぁ? 聞こえないわよ』
『ですから、隣のですね、ユゥ……ぉいっしょに……ごにょごにょ』
『なに、つまり、幼馴染の男がやってるから同じもん欲しいってこと?』
『だだっ、誰もユウトと一緒にいられるなんて言ってません!』
『……。』
『……。』
『…………オーケイ、わかったわ。アンタに譲ってあげる。上手くやんなさいよ』
『ありがとうございます』
VRとは、電気信号を人間の脳パルスへと変換し、五感やハードウェアを使わずに直接脳へ信号を送受信する機械システムの俗称である。
パソコンなどで使用されているソフトを、脳をメイン回路とした肉体内で動かしてしまおうという概念で設計されたガジェットだ。
シィナに言わせれば、魔法のような道具だった。
(これで、ユウトのハマっているLFOとやらにアクセスができますね)
VRは使用するにあたって、アバターと呼ばれる、自分の分身を動かす。
この分身は自分にまったく似てなくても良い、とユウトに言われていたので、174センチのデカ女という自分から開放されるのでは、と、まだ見ぬ仮想世界に期待している部分がシィナにはあった。
――くっつくなって言ってんだろ。俺が小さいと思われる――
まったく、どうでもよい事を気にして。貴方の大きさの件に関して私は全然問題ないというのに。むしろ大きさで問題なのは――、
「――ってわけなんだけど、イニシャライズってのは…………えーと、シィナ聞いてる?」
「ふぁーい。もちろん聞いてますですよ寧音さん」
「アンタ……。じゃあフォーマットって何?」
「ふぉフォ!? フォーマットというのはですね。こー足で踏んだりする、ですね、」
「オーケイ、わかったわ。わかった。じゃあ、今日からこれは、誰のもの?」
「ふぁい?」
シィナの態度が悪かったのか、ムスッとした寧音は、説明の話しを最初まで戻してた。
(えええっ!?)
少しでも聞いてないと、何度も同じ事を繰り返し相手に聞かせようとする所は、ドラマで見た行き遅れの、かなり熟女レベルの高いOLみたいだった。そんな所は大人の女にならなくていいのに。
小学生みたいな大学生が、またVRについての説明を最初からやり直し始める。
「――って事よ、気を付けてね」
「ワ、ワカリました」
(ちっぱい様。早く家に返してください)
シィナはウェイトレスが注いでくれた、2杯目のおかわり無料コーヒーを飲みつつ、
寧音の話を今度はちゃんと聞くことにした。
その黒い液体には砂糖を入れず、我慢して苦いまま喉に通した。
すんませんorz
時間軸が前日に飛びました。
これ二話にすればよかったのかな
次の四話も場所時間が飛んで、五話で002の続きになりそう。
無計画すぎですねorz
誤字脱字修正しました。