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こおりのまじょ  作者: kuroneko
第一章
7/15

その七

 魔女は、若者から視線をそらすと、再び足下の砂を見つめました。


 小さな空間が熱くなったとき、かつて外で暮らしていたときの強い日差しを思い出し、魔女はほんの一瞬、自分の内側が揺れるのを感じました。魔女自身には分かりませんでしたが、それは、懐かしいという感情でした。

 しかし、その懐かしさは、後に続く恐ろしい経験を魔女に思い出させました。日差しの下で溶けて姿を変えてゆく商人の死体、その光景を記憶から振りほどこうと、魔女は小さく首を振りました。小さな氷の部屋は、再び温度を下げました。


 魔女は、意識して力を使っているわけではありませんでした。氷の山を自分が作ったと知らないように、部屋の温度を下げているのが自分だとも分かりませんでした。ただ、恐ろしい経験から逃れたい気持ちが氷の山を作り、今は部屋の温度を下げていました。

 あの恐ろしい経験から逃げて逃げて、ここへたどり着いたときから、魔女の周りには世界と自分を隔てる何かが生まれました。その何かは次第に厚くなって、魔女は安心できる場所を手に入れました。それからの長い間、この場所には魔女と砂と氷以外は何もありませんでした。

 でも、その厚い氷の壁を通り抜けて、突然やって来たそれは、まるで始めからそこにいたかのように、魔女と同じく砂の上に座っていました。

 それがやって来てから、小さな空間の空気は柔らかくなり、居心地が良くなりました。ところがしばらくすると、上から何かが落ちてくるようになりました。魔女が上を見上げると、落ちてきた何かはそこで固まって、もう落ちることはありませんでした。そして今日、小さな空間は突然、日差しの下にいるように肌を焼きました。でも魔女がその熱さから逃れたいと望むと、再び気温は下がりました。


 けれども、隣にいるそれは、この数日の魔女の望みとは裏腹に、小さな空間から消えることはありませんでした。

 天上の雫が凍ったり、小さな空間の気温が下がるのに、それが消えてしまわないことが魔女には不思議でした。魔女には、何が望みどおりになることで何がかなわないことか、その区別はできませんでした。魔女には、それを教えてくれる人はいませんでした。


 ただ、隣にいるそれを恐ろしいと感じる気持ちは、時間と共に小さくなっていました。そうでなければ、魔女はその力で若者を凍り付かせてしまったかも知れません。もしそうなったら、凍り付いたそれの死体から逃げる術は魔女にはありませんでした。もっとも、この氷の空間では、凍り付いたそれが、かつての日差しの下の商人のように溶ける事は無いでしょうけれど。

 言葉を知らず、人の暮らしを知らず、自分の力を知らない魔女には、そんな結果を思い描くことはできませんでした。


 小さな空間の温度が元に戻ってしばらくすると、隣から奇妙な音が聞こえました。魔女は一瞬体を震わせ、音を立てたそれを見ました。

 それは、魔女にあの時の商人達とは違う表情を見せました。不用意に魔女に近づいたり、乱暴に振る舞うこともありませんでした。


 魔女は再び、足下の砂に目を戻しました。


 それがここに来てから、恐ろしいことも懐かしいことも関係なく、魔女は外にいた頃のことをいくつも思い出しました。


 一時の激しい雨。まぶしい日差しと太陽の熱。

 自分をとらえようとして、凍り付いて果てた商人の姿。それが溶けていく様。


 その記憶のどこにも、砂がありました。砂は今も、魔女の下に広がっています。

 魔女は、膝を抱えていた腕を片方だけほどいて降ろしました。手のひらに砂の感触が広がりました。


 かつて、外で暮らしていた頃に触れた砂は、日差しの下では熱く、夜はひんやりとしていました。そして、風が吹けばその風に乗って渦を巻いたり、舞い踊ったりしました。

 今、砂はこの部屋の空気と同じ、触れやすい温度でした。そして、風のない空間でただ静かに地面に積もっていました。

 魔女は、ぼんやりと砂をかき混ぜ、持ち上げては手のひらからこぼして、砂をもてあそびました。かつての風に舞い散る砂を見たかったのかも知れません。魔女自身、何を求めているのか、はっきりとは分かりませんでした。砂は、手のひらからまっすぐに地面へ落ちていきました。

Twitter連載 158~174ツイートに加筆修正

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