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こおりのまじょ  作者: kuroneko
第一章
6/15

その六

 あるいは一度人を死なせたことで、若者自身、自分の力に怯えていたのかも知れません。もう一度外に出て力を押さえつけがら生きることに、また、力を抑制しきれず再び過ちを犯すかも知れないという事実に、恐れや疲れを全く感じないと言えば、それは嘘になるでしょう。

 魔女に一人きりの空間が必要だったように、若者には休息が必要でした。何も考えず、意思の力で不思議な能力を抑えることも必要ない、静かな時間が。

 この小さな空間には、今の若者に必要なものがそろっていました。


 魔女に言葉を教えるほかに、若者にはもう一つ心配事がありました。最後に立ち寄った村の人々のことです。殺された村人の仇をとり、氷を使い続けるために、彼らはここへやってくるかも知れません。そうなれば、魔女を争いに巻き込んでしまいます。

 それとも村人達は、危険を冒して氷山から氷を切り出すことをあきらめたかも知れません。でも、あの村の小さな井戸で、これまで以上にわずかな水をやりくりする生活に、村人達は耐えられるのでしょうか。

 自分がしようとしていること、この氷山を溶かしてしまうことは、あの村の人達から豊かな水を奪うことになります。それでも、氷山がこのまま成長し続ければ、やがて砂漠中のオアシスから水が奪われてしまうでしょう。

 たとえ氷山が溶けて無くなったたところで、あの村も、氷山ができる前よりも大きな苦労はしなくてすむはずです。若者はそれ以上考えることをやめ、一度眠ることにしました。考えるばかりでは、かえって先へ進めません。


 若者は数日を、小さな氷の部屋で、魔女と一緒に過ごしました。魔女は相変わらず、ひざを抱えて座ったまま、足下の砂を見つめるばかりでした。

 その間、氷を削ったり、砕くような音は、小さな空間には届きませんでした。村人は、氷を取りには来ていない様子です。あの村は、いまや他のオアシスと同じく、水不足に悩んでいるでことでしょう。


 若者は、氷山を溶かすために魔女を連れ出すのではなく、他の方法がないか考え始めました。自分の力を使うことで、この小さな空間の壁や天井の氷は溶けました。けれども、魔女が空気を冷やすことなく、それを再び凍らせるのを、若者は見ていました。

 氷を溶かし続けるには、氷が溶けていることを魔女に気づかれてはいけない、と若者は気づきました。魔女に見えないところの氷を溶かさなければなりません。でも、どうすればそんなことができるでしょう? もちろん、もう一度外に出て、外から氷を溶かすことはできます。けれどそれは、若者の選択肢にはありませんでした。

 この氷山は、魔女にとって自分を守る殻のようなものでしょう。若者がここにいた数日の間、魔女が氷をすり抜けて外に行くということはありませんでした。

 この空間へたどり着くのに、若者は四日ほどの時間を費やしました。その道も、今は氷でふさがれています。やはり魔女には、ここから出て行く意思はないのでしょう。氷をすべて溶かすことは、魔女から居場所を奪うことになります。若者もそれは覚悟の上でしたが、外から強引に居場所を奪って、再び会ったときに魔女を怯えさせたくありませんでした。それでは魔女は逃げだし、また違う場所で自分を守る氷の殻を作るだけです。自分が氷の壁を溶かしたことを、魔女に悟られてはいけないと若者は思いました。


 この空間を暑くして、壁や天井の氷を溶かし続けてはどうだろう? 若者は考えました。

魔女は溶けた壁を再び凍らせるでしょうし、部屋の温度も下げてしまうでしょう。でも魔女がこの部屋に力を注ぐ分、外から水を集めることは遅らせられるかも知れません。魔女の力が外に及ばなければ、今以上に水が不足することはありません。魔女の力を部屋に留めれば、広間の太陽が氷山の外側を溶かしてくれるでしょう。

 問題は、魔女の力がどれほど強いのか、自分の力はどのくらい引き出せるのか、若者には分からないことでした。どのくらい部屋を暖めれば、魔女の力は外へ届かなくなるのでしょう。なんといっても、魔女は日差しの強いこの砂漠で、氷の山を育てたのです。

 一方で、若者がその力を途切れることなく使い続けたのは、この空間を暖め続けたのが初めてのことでした。もちろん、ほどよい温度を保つために力を抑えていました。


 若者は、この力を遣うことで、特別な疲れを感じたことはありませんでした。また、熱を身近に呼び起こすのに、苦労したことはありませんでした。むしろ、ともすれば暴走しそうになるその力を抑えることに苦労してきました。

 ここにいながら、氷山を外から溶かすことはできないだろうか?若者はふと考えました。でも、はたしてそれが自分にできるのか、若者には判りませんでした。自分がいない場所に熱を届けることなど、若者はこれまで考えもしませんでした。それまでの若者にとって、力を制御することは、そのまま力を抑制することを指していたからです。


 力を単に抑えつけるのではなく、望むところに、望むように使う。

 本当の意味で力を制御することが、その能力が今は必要でした。


 若者はとりあえず、意識して力を抑えることをやめました。小さな空間の温度は、ぐん、と上がりました。

 急激に上がった気温は、死んだ村人の姿と皮膚の焼ける匂い、人を殺したことへの罪悪感を若者の意識の一番上の所へ押し上げ、若者の胃を締め付けました。若者は右手で口を、左手で胃のあたりを押さえ、強烈な吐き気と、もう一つ、解放した力を再び抑えたい欲求と戦いました。


 それほど時間を待たず、空間の温度は「熱い」から「心地よい」状態へ戻りました。魔女が温度を下げたのでしょう。


 空間の温度が下がってしばらくすると、吐き気は治まりました。


「ありがとう」若者は弱々しい声で魔女に礼を言いました。あのまま、空間が熱いままだったら、若者はあの記憶に屈して、再び自分で力を抑えつてけていたいでしょう。

 魔女は、若者が発した言葉に、びくりと体を震わせ、若者を見ました。

 彼女の様子からも、これまでの経過からも、感謝の言葉が魔女に通じたとは思えませんでしたが、若者は魔女に向かって、照れたように笑って見せました。

Twitter連載 134~157ツイートに加筆修正

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