湖の畔で
葵がケイに連れて来られたのは、城からほど近い湖だった。
ケイが湖の畔に腰を下ろしたのと同時に、葵も腰を下ろす。
「ここはいい場所だろう?」
ケイが尋ねた。
「私が落ち込んだ時は、いつもこの場所に訪れる」
「確かに良い場所だけどさ……ケイが落ち込むときなんてあるのか?」
意外だとでも言いたげに葵は尋ねた。
「私を何だと思っている? 心外だ!」
「悪い、悪い。だってさ、ほら……ケイは堂々としているからさ。何にでも自信がありそうに見えたんだよ」
「そんな事は無いのだが……な。私もただの女だ。人並みに位は、悩むときくらいあるさ」
ケイは少し寂しそうに呟いた。
「そう……だよな。ほんと、ごめん」
「まぁ、良いさ」
葵とケイは、しばらくの間湖をぼんやりと眺めていた。
「騎士ってさぁ……色々なタイプの奴が居るんだな」
「どういう意味だ?」
葵の言葉にケイは訝しげな表情を浮かべる。
「騎士っていうとさ、ランスロットみたいな堅い人間をイメージしちまうもんな。そもそも、男しかいないイメージだったし……」
「当然だ! ランスロットは特別だ。騎士の中でもその実力は最も優れている。それだけではないぞ? 人格も備わっているのだ。私も見習わねばならん事が多い」
「そうか……ケイはランスロットが好きなんだな」
「か……か、勘違いするな! そういう浮ついた物ではない! それにランスロットには……」
葵の言葉に、ケイは面白いように慌てた。
「ん? 何かあるのか?」
「いや……何でもない」
先程までの表情からは一変、ケイの表情は一気に曇る。
「ケイってさぁ。始めは堅苦しくて可愛げの無い女だと思ったけど……本当は違うんだな?」
「な……な、何を言う!?」
「だって、ほら。初めて逢った時とは違って、こんなに表情が変わる」
葵はケイの頬に手を当てながら言った。
ケイは真剣な表情の葵から、何故か目が離せなかった。
「俺も、蘭みたいに他の騎士と交流を持ってみようかなぁ」
真っ赤になって固まってしまっているケイから手を放すと、先程の事は何でもなかったかのように呟いた。
「それも良いんじゃあ……ないのか? そもそもお前は王だ。全ての騎士と平等に交流を持たねばならんしな」
「全ての騎士と……平等に、ねぇ? でもさ、俺や蘭が騎士の中の誰かを好きになったら、どうすれば良い?」
「それは……許されぬことだ」
ケイは寂しそうに答えた。
「何で? 王ならさぁ……騎士とだって結婚できるんじゃないのか?」
「そういう……しきたりだ。そもそも騎士が王に抱くのは忠誠心のみ……それは恋心ではない!」
「そんなものかねぇ……」
葵はイマイチ納得ができない様子だった。
「そういやさぁ……蘭と一緒にいた騎士、何て言ったっけ? ボー、えっと……」
「ボールス、だろう?」
「そうそう、ボールス!! あの騎士さぁ……大丈夫なの?」
「円卓の騎士は皆、選りすぐりの精鋭部隊だ。実力は申し分ないと思うが?」
ケイはそう言うと、首をかしげた。
「そういう意味じゃないんだけどなぁ……」
「では、どういう意味だ?」
困惑の表情を浮かべるケイに、葵は溜め息をつく。
「俺が聞きたかったのは、ボールスの腕じゃないの。ボールスが蘭に変なことをしないかが心配だったの! わかる?」
「変なこと……よくは分からんが、騎士とは王の護衛が使命だ。王に危害を加えるなど、断じてあり得ん」
笑顔でそう言い切るケイに、葵は先程より長く深い溜め息をついた。
「ケイには……きっと、俺の意図は分からないよね」
「そ、そんな事は無い!!」
慌てるケイの様子が面白く感じた葵は、ケイの頭を撫でた。
「さて、と。蘭が心配だし……そろそろ戻るとするか」
葵は立ち上がると、大きく伸びをした。
「そうだな。あまり遅くなってしまっては、皆も心配するだろう」
そう言うと、ケイも立ち上がった。
「ケイ! 良い気晴らしになった……本当にありがとうな!!」
「それは良かった」
ケイは一言だけ呟くと、小さく笑った。