四、シャーマン(2)
シエラは、
「けど、それとこれとは別よ。あなたを守りたかったのだろうけど、結果として父さんと母さんが死んで、私達は二年ものあいだ引きはなされた。カーラは、とにかく自分のことしか考えない人だったし、いっしょにいても、私のほうが気を使わなきゃならなかった。」
「ああ、そうだな。おれも、そう思ってた。こっちのつごうなど関係なく、お前を呼び出すし、ことわれば怒りだして何日も口をきかない。見ていて、どれだけワガママなんだよと腹立ってた。ほんとに身勝手な女だったよ、カーラは。お返しに利用したまでだ。」
「後味悪いのは事実なんでしょ。」
「・・・確かにな。女、手にかけたのは、さきにもあとにもあれっきりだし。」
「カーラはね、いつもあなたを見ていた。私と友達になったのも、あなたが目当てだったのよ。だから、私が先制したの。とられる前にね。女ってさ、こういうのって意地ぎたないんだよね。あなたをとられまいとして、けっこう気を引いてたの気がつかなかったでしょ。いろんな事したんだよ。」
シルは、思わず笑ってしまった。
「それで今でも、こうしておれを挑発してる。悪い女だな、お前。けど、悪い気はしない。逆だ。いろんな意味で、おれ達は大人になったんだな。」
「かもね。でも、これからが勝負よ。ケンカを売ったんだから、最後までやめられないわよ。勝つまでね。」
「勝つ気でいるのか。本気でイーデンを追っぱらうつもりか?」
シエラは、シルからはなれた。
「リタと約束したのよ。この国を解放するって。その時は、自分なんかにできるわけないと思ってた。でも、こうして私は、レジスタンスといっしょにいる。できる可能性はあるわ。」
「お前、いろんな上層部と面識あるって言ってたよな。どんなやつらと会った?」
「ねえ、だれと接触したがってるの。」
「ここから、南東部の、カーラン寄りの海岸沿いに自前の領地をもっている豪族だ。マクラムという男だ。エイシア人でありながら、うまい事やって、イーデンに取り入っている人物だ。やつは内心、おれ達と同じ事を考えている。」
シエラは、まゆをひそめた。確かにその人は知っている。ナルセラになんども顔を見せている、領主の自称親友という男だ。そんな男が、実はイーデン追放を考えているなんて、シエラには信じられない。
が、シルは、
「確かな情報だ。以前、一度接触を試みたんだが、手違いがあって失敗したんだ。それ以来、会ってくれなくなった。」
「もし、その人が本当にそうなのなら、領主暗殺未遂の女から連絡があれば、会ってくれるとでも、シルは考えているの? そりゃ、知ってる顔だけどもさ。かえって警戒するんじゃない。」
「組織がお前を保護したと、耳にいれるくらいできるだろう。なにげなくつたえれば、あるいはな。」
「行ってみる? その人にところに。来月辺りはたぶん、海岸沿いをはなれて、ナルセラ近くの別邸にいるはずよ。その季節、海岸は風が強くていやだって言ってたのおぼえてるもの。」
「ザクラム城か。やつが、狩場につかってる。」
「よく知ってるわね。じゃ決まり。カノンさんに話してよ。」
「お前もひょっとして行くつもりか?」
「あなた達だけじゃ、会ってくれないんでしょ。」
「・・・お前、変わったな。いろんな意味で。」
モウは、休み場に一人座り、精神集中をしていた。目の前に、美しい女性の霊が現れ、ベルと名乗った。モウは、
「とつぜん、お呼び立ていたしまして、もうしわけございません。ですが、どうしても、あなた様に直接おうかがいしたい事がございまして。」
ベルは、ほほえんだ。
「シエラの事でしょう。あなたらしいわね。一発であの子がだれであるか見抜くなんてね。」
「もう少し早く発見さえしてれば、あのような事態からお救いできたかもしれませぬ。」
「ずいぶん、魂がくもっていますしね。以前とちがい、私の声もきこえなくなっているようです。ですが、戦うと決めてくれたのは、実に喜ばしい事です。それに、あの子は、ああなる可能性があるのを覚悟のうえで、生まれてきたのですから、それを気にやむ必要はありません。」
「はい。ですが。」
「それに、あの子はむだに時をすごしていたのではないのですよ。それなりの事は、してきています。あの子に修行をきちんとやらせてください。心配にはおよびません。あの子なら、必ずあなたが望むようになるはずです。」
「信頼していらっしゃるのですね。」
「ええ、とても。それとシルなんですが、必ずシエラとともに行動させてください。シルの役目は、あの子の守護者なのですから。他には何かきく事はありますか。」
「いえ、今はとりたてて。」
「いつでも呼んでください。えんりょは、いりませんよ。」
「いつもお心づかい、ありがとうございます。」
ベルは消えた。モウは、フーッと息をはく。
(まちがいない。あの子で正解だ。組織を立ち上げて十八年、待ち続けたかいがあったというもの。)
そして、翌日からモウのようしゃのない修行が始まった。朝から晩まで、食事と寝る以外、モウにしごかれれば、さすがにシエラも悲鳴をあげてしまう。けど、モウの監視は、領主以上に厳しく逃げ出せそうにもない。
シルは、
「ま、あきらめておとなしく修行するしかないな。逃げようたって、第一どこに逃げるんだよ。」
「ずるいよ。かくれてても水晶でみつけるんだもん。一日くらい休みたいんだよ。朝から晩まで一日中、寝てたい。」
「イビキかいてかよ。お前、いつだったか、すごいイビキかいてたぜ。領主のやつ、よくガマンしてたな。」
シエラは、カッとした。シルは、
「うそうそ。かーわいい寝息だけ。それよりもさ、マクラムの方から連絡あったって、カノンの部下から連絡があった。向こうから、お前の名前を出してきたらしい。」
「カーラって名前ででょ。訂正したんでしょ、シエラって。」
「カノンは、明日もどってくるから、くわしい話はその時だ。」
それで翌日の昼過ぎ、カノンはもどってきた。
「ザクラム城へこいとさ。やっこさん、お前が逃げたと知ってから、ずいぶん、お前の行方をさがしていたらしい。名目上は、領主を暗殺未遂したシオン信者の女の捜索でな。」
シエラは、
「ワナじゃない。名目上とおんなじく捕まったりして。」
「可能性は無いとは言い切れない。まあ、奴隷女が逃げ込む先は、ここらあたりではウチしかないしな。」
シルは、
「ナルセラじゃあ、おれ達を捜索してんだろ。ここのところ、あちこちで仲間が捕まったり殺されたりしてるしな。シエラを保護してるくらい、領主も知ってるはずだ。」
カノンは、
「昔と違って、組織も大きくなったし、イーデンのスパイも入り込んでいても不思議ではない。モウさんの水晶一つじゃ限界がきてるしな。それに歳だ。」
シエラは、
「だから、私に修行なんてさせてるのね。でも、自信ないよ。修行の意味もよくわかんないんだしね。」
カノンは、シエラの顔を見つめた。
「こういう組織だ。特殊能力が有る無しじゃあぜんぜん違う。事実、おれ達は情報集めとか、いろんな活動してるが、軍隊でもないし、メンバー全員が戦えるわけでもない。そして、大きなパトロンもいない。活動資金だって、その場その場のしのぎでしかないんだよ。」
シルは、
「おれも資金稼ぎとか言って、いろんな仕事させられたな。かなり、まともじゃなかったがな。」
シエラは、
「まともじゃないって、何したのよ、シル。」
「想像におまかせします。一例で言えば、金持ちに貢がせたりした。」
シエラは、フーンと夫を横目で見つめた。カノンは、
「マクラムは有力者だ。うまく引き込めれば、かなりの戦力になる。シエラ、お前が役に立つ時がきたんだよ。」
「そりゃ、最初から行く気だったけど、マクラムを説得できるかわからないよ。あの人って、なんどか会った事あるけど、けっこうタヌキなんだよね。」
カノンは、
「高くつくかもしれんが、なんとかたのむ。チャンスなんだよ。」
シエラは夫の顔をチラと見つめた。シルは、ひょいと肩をすくめただけだった。