四、シャーマン(1)
シエラが逃げ込んださきは、ナルセラに程近い山の中にある、人目につきにくい天然の洞窟だった。シル達レジスタンスがアジトとして使っている場所で、内部は人が生活できるようになっていた。こんな場所が、ゼノンのあちこちにあるという。
シエラは夫とカノンにつれられ、ろうそくの灯りだけの薄暗い仕切りの中へと入り、組織のドンと面会した。しわくちゃだらけの老婆は、机にすわったままチラとシエラを見、すぐに目の前においてある水晶の珠をながめた。
シエラがドキドキする時間がすぎ、モウと呼ばれる老女はやっと口をひらいた。
「シルさん。あんた、どえらいモンを拾ってきおったよの。こりゃ、たいした球じゃわい。」
たいした珠、たしかシルがカノンにつれられてきた時も、同じような事を言われた記憶がある。シエラは、
「あの、私、女ですけど。」
モウは、笑い出した。
「まあ、わかいモンはそれでよし。」
シルは、シエラをつっついた。シエラは、赤くなってしまった。
カノンは、
「たしかに、モウさんの言う事はあたってるな。こいつは、領主をたらしこんだ女だ。おまけにしっかり裏切って亭主のもとに何事もなくおさまったしな。」
シエラは、えんりょなくカノンの足をふんづけた。モウは、水晶を見てフーッと息をはく。
「ちゃんと確かめておくべきだったようだな。急所をはずしてしもうたようだわ。こりゃ、あとがめんどくさくなるわな。信じていた女に裏切られた男は、手に負えなくなるしの。」
シエラとシルは、顔を見合わせた。どうやら、単純なミスをしてしまったようだ。シルは、
「しゃーないだろ。逃げるだけで手一杯だったしな。」
「あのモウさん。ここ、ナルセラに近いですよね。この場所が知られたりする心配はないんですか。」
カノンは、
「このババァはシャーマンだってきいてるだろ。ちょっとした魔法みたいな事だってできるんだよ。結界を張ってんだよ。だから、簡単には、ここへは入り込めない。たとえ、洞窟に入ったとしても、奥まで入れないようになってるんだ。」
モウは、シエラの顔を見た。
「あんた、素質がありそうだな。一つ、わしの修行をしてみるか。あんたならきっと、モノになりそうじゃしな。」
シエラは、
「素質って、なんの素質なんですか。」
モウは、
「なーに、ちょっとした事じゃよ。あんた、先読みとかできたりしてないか。」
シルは、
「シエラは、おれと父さんが使役から帰ってくる日と、時間を正確にあてたりしてたよ。他にも、さがし物とか得意だったな。なくした物の場所がわかるみたいでさ。」
「それって偶然よ。ただ、なんとなくそんな気がして、たまたま、あたったりしてるだけ。外れる事も多いし。」
モウは、
「聖霊の声とかきこえたりできるだろ?」
シエラは苦笑した。
「巫女さんじゃないですよ。私が何をしてきたかご存知のはずですのに、清らかな巫女のマネゴトなんてできません。」
モウは立ち上がった。
「過去がナンボのモンじゃない。そんなん、覚悟次第でなんとでもなる。まあ、少し考えとくれ。あんたに修行つけさせて、わしの仕事を手伝ってもらいたいんじゃよ。」
モウは、水晶を残したまま、休み場へと引き上げた。昼寝の時間だとか言いながら。カノンは、シエラに話があるからといい、シルにシエラを借りていいかとたずねた。
シルは、なんの話だろうと思いつつ、カノンを信頼していたのでシエラをそのまま行かせた。
カノンは、シエラをだれもいない、倉庫として使っている場所につれてきた。そして、
「たしかにリタと言ったんだよな。お前が看取った女は。どんな女だった。」
シエラは、できるかぎり正確につたえた。カノンは、しばらくだまりこんでいた。そして、重い口をひらき、ありがとうとだけ言い、そのままシエラをシルのもとへと返した。
シルは、間仕切りで仕切られただけの、個人用の部屋として使っている場所にいた。仕切りの中には、わらで作ったマットの上にシーツをしいただけのベッドがあり、その上にシルが座っていた。
「ありがとう、か。カノンはそう言ったんだな。」
「なんの事かさっぱりわからないわ。いくら理由をきいても教えてくれなかったし。」
シルは、少し考えたあと、ポツリと言う。
「ひょっとして、カノンの妻だったかもしれない。カノンには、死んだ妻がいたんだよ。シオン信者で、つかまって殺されたとずっと信じていた女だ。」
「・・・リタがそうだと言うの? たしかにリタには、だんな様がいたけども、もう再婚してるんじゃないかって言ってたわ。自分が死んだと思ってるって言ってたの。」
「確信はもてないがな。だが、ありがとうって言ったのなら、たぶんそうかもな。」
「いい人だったわ。私、お姉さんができたみたいでさ。できることなら、いっしょにつれてきたかった。あなたがくる少し前に、病気で亡くなってしまったのよ。」
シルは、そうかと言った。そして、シエラをだきしめた。
「ありがとう、シエラ。生きていてくれてさ。でなきゃ、こうしてだきしめる事なんてできなかった。信じていたけど、おれはずっと怯えてたんだよ。」
シエラは、クスッと笑った。
「私、モウさんの修行、受けてみようと思うの。なんか、おもしろそうだしさ。それに、私、女で非力だし、何かで役にたてるなら、そっちの方がいいと思うの。」
「おれは、お前にただの女房でいてもらいたいけどもな。でも、戦いたいというのならとめない。どのみち、あともどりはできないんだしさ。」
「カーラ、殺したのね。」
「ああ、お前を売ったんだしな。だれであろうと許さないさ。父さんと母さんの悲惨な死をいまだに許す事はできないでいるし。でも、お前の友達殺したのは、やっぱり許せないか。」
「もう、友達でもなんでもないわよ。あの日ね、ほっぺた叩かれた日ね。結婚の事で、いろんな事、言われたのよ。くやしいから、もう夫婦だって言っちゃったの。すごい目でにらまれたわ。あの時、なんとなくこうなる予感があったのよ。
今、考えれば、カーラはあなたを守りたかったんだと思う。こうなる事がわかっていて、その前にあなたを私から引き離したかったんだと思う。」
シルは、シエラの金色の髪を静かになでた。