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三、死なない魂(2)

 シエラがここにきて、すでに二年たとうとしていた。奴隷のシエラの存在は、ナルセラで知らぬ者はなくなっていた。領主とともに、公式の場にも姿を現すシエラは、領主夫人としての地位も獲得(かくとく)していたのだ。


 だが、シエラの魂は、決して死んではいなかった。こうして、自分の存在をアピールできれば、いつかはシルの耳にもとどき助けにきてくれるはず。そう信じて、主人に仕え続けてきたのである。


 やがて、自分を支え続けてきてくれた、親友のリタの終わりの時がやってきた。リタは、シエラの手をやせほそった指で力強くにぎり、祖国を解放してくれと、消える息でたのんだ。


 シエラは、約束するとこたえた。リタは、安らかな笑顔を残し消えていった。リタは、自分に神である天かける乙女を重ね合わせていたのをシエラはわかっていた。だが、祖国の解放など、できるはずもない。


 それからまもなくだった。リタの葬儀以来、ひさしぶりに町へと外出したシエラは、思いがけない再会を果たした。


 馬車の御者兼監視人が、人と話しているすきに、シエラはその人物のまねくままに、とある建物へと入っていく。


 シルだった。シエラは、抱きつき思いっきり泣いた。シルは、シエラを助け出すチャンスをずっとねらってたようだ。シルは、自分が所属している組織が保護してくれるから、このまま逃げようという。が、シエラは、


「ただで逃げ出すつもりはないわ。父さんと母さんの復讐してやるつもりでいたのよ。シル、協力してくれるわね。」


 シルは、おどろいたように妻の顔を見つめた。シエラは、


「この二年、地獄だったわ。でも、耐えた。必ずきてくれると信じていたから。シル、私は、あなたの妻として、はずべき行動をたくさんとったわ。でも、それは生きたかったから。生きて、こうしてあなたに会いたかったからなの。だから、この二年の私の行為をあなたにあやまったりしない。それでいいよね、シル。」


 シルは、笑った。


「それは、おれも同じだよ。おれの上司が、若い男が必要だとかで、おれを組織に入れたあと、やっぱり言葉のまんま、おれに仕事させやがった。だが、全部、お前の行方と組織のためだった。だから、おれもお前にあやまったりしない。」


 シエラは、苦笑した。


「シル。私達夫婦というより、同志みたい。ねえ、あなたの組織に私も入れてよ。私も戦いたい。さいわい、領主にとりいったおかげで、いろんな上層組織の情報もってるから、きっと役に立つわよ。」


「とうぜん、そのつもりだ。だが、どうやって復讐するんだ。たとえ、領主一人をやったとしても、なんにも変わらないぜ。領主の代わりなんて、すぐに用意できるしな。」


「エイシア人の魂は、どんなに汚されても、ふみつけられても決して死んではいないと、イーデンに思い知らせてやる。そして、汚れきった私の今とさよならする為にもやらなきゃならないの。」


「少しは、その男を愛したのか。」


「・・・かもしれない。リタという友人を守る為に、必死で演技してたものね。決して、愛さないと(ちか)ってたけど自信はない。やっぱり、私を許せないよね。」


 シルは、シエラをだきしめた。


「じゃ、嫉妬させてもらうよ。決行は今夜だ。侵入できるか?」


「監視人の気をひいたの、あなたの仲間でしょう。だったら、まだこの近くいるよね。二人は無理だけど、一人くらいなら、さっきのように監視人の気をひいてくれれば、馬車に乗せられるわ。」


「じゃあ、今度は、おれがうまく気をひく。カノンを乗せてくれないか。おれは、あとからカノンの手引きで中に入れてもらう。」


「カノン?」


「さっき、監視人の気をひいてた男だ。おれの上司だよ。行こう、きっと監視人がさがしてるはずだ。カノンも馬車のそばにいるはずだから。たのむぜ、シエラ。」


「ねぇ、どうして私が今日、外出するってわかったの?」


 シルは、笑った。


「領主の家は、いつでも、だれかしらが監視してるからな。お前が、あそこにいるのは、比較的早くわかったんだが、ガードが厳しくて侵入できなかった。時々、外出してるってきいてたが、いつも監視するやつらが三人くらいいたろ? 今日は、めずらしく一人だけだったしな。」


「そうだったの。私、ずっと待ってたんだよ。今日は、御者だけだったからね。」


 シルは、うなずいた。


「組織のドンの、モウって名前のバーサンがシャーマンなんだ。水晶をつかって、さまざまな予言なんかできるんだよ。かなりの高確率で当たるし、それで今日は、絶好のチャンスだと出たから、今朝はやくから仲間と張ってたんだ。」


「今日は、領主が狩に行くから、使用人達と奴隷を、あらかた山に連れてったのよ。私も同行しなきゃダメだったけど、親友が亡くなったばかりだし、とてもその気になれないって留守してたの。領主が帰ってくるのは夕方よ。」


「すまない、二年も待たせて。」


「それはもういいわよ。信じていたしさ。ところで、モウ、さん? シャーマンって、本当なの。」


「むかーし、シオン神殿の巫女だったって言ってた。七十にもなる、文字通りバケモノバーサンなんだよ。組織は、このバーサンがイーデンに占領されて、まもなくつくったってきいてるよ。」


「そんなに昔から。」


「ああ、最初の活動は、シオン信者を影で支える仕事をしてたらしいが、長年続けるうちに、レジスタンス的な事もしだしたらしい。それで活動しているうちに、イーデンに関わる、有力なエイシア人の一部には、イーデンに表面的にだけ従っている連中も多いという事実がつかめてきたんだ。


 いま、そいつらとなんとかして、接触できないかねばってるんだが、警戒して、なかなか接触できないでいるのが現実なんだよ。」


「だったら、私、知ってるかもしれない。これでも、領主夫人として、けっこう、あちこちついてまわってたんだよ。」


 シルは、シエラの顔を見た。シエラは、


「私もだてに、あの男に()びてたんじゃないのよ。いつか役に立つんじゃないかと考えて、いろんな人脈つくってたの。」


「ま、その話はあとだ。お前、復讐をしたらどうするんだ。お前がやったとすぐに知られてしまうんだぞ。」


「それでいいのよ。どのみち、私が逃げたとなれば、ただではすまないしね。」


「本気なんだな。」


「シルがやってもいいわよ。」


「じゃ、二人でやるか。おれも父さんと母さんの(かたき)を取りたい。」


 シエラは、うなずいた。



 そして、その晩、シルは、最初に忍び込んでいたカノンとシエラの手引きで、内部へと侵入した。カノンは、シルの侵入と同時に、それまでの時間、集めていた書類やら何やらとともに姿を消した。


 シエラは、シルからナイフをかしてもらい、寝室で待っていた。そして、若主人が姿をあらわすと同時に、顔に一太刀あびせ、かくれていたシルが男を切り捨てた。死んだと思われたので、二人はそのまま逃亡した。


 シエラが主人を裏切った事は、すぐに知れ渡り、大掛かりな奴隷捜索隊がくまれた。だが、シエラは見つからなかった。そして、死んだと思われていた男が、長い眠りからさめた。

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