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三、死なない魂(1)

 両親と引きはなされたシエラは、人から人の手へとわたり、窓のない真っ暗な荷馬車で荷物同然にどこかへと運ばれていった。荷馬車には、自分以外にも数名乗っているようだったが、真っ暗では確かめようがない。しかも、みな、おびえており、誰一人、口を開く者はいなかった。


 食事が日に二度、小さな窓越しに投げ込まれ、トイレは荷車についている小さな穴からだけで、換気(かんき)も極端に悪く、こもった臭気のなかで、シエラは窒息(ちっそく)寸前の苦しみを味わいつつ、知らない場所へとやってきた。


 数日ぶりに見た真昼の陽射しは、真っ暗な世界にいた目には、爆弾としか感じられない。目をおさえつつ、せめたてられるよう、どこかの建物へとつれていかれ、また暗い部屋へと放り込まれてしまった。


 だが、真っ暗ではなく、薄暗い程度だったが、それでも目は痛かった。ようやく目がなじんだころ、シエラはいっしょにつれてこられたであろう、人達の姿をようやく確かめる事ができた。


 自分と似たような年齢の娘達だった。しかも、それ相応に美しい。シエラは、この時やっと、自分がどういう状況におかれているのか理解した。


 一人、強制的に室内から出された。そして、時間をおいて、消えていく娘達。そして、シエラの番となった。シエラを買ったのは、野卑(やひ)な笑顔の小柄(こがら)な老人だった。


 名前はときかれたシエラは、とっさにカーラと名乗った。どこに行くのかきく勇気はなかったが、まもなくついた場所は、今まで見たことも無い立派な城だった。


 ここはどうやら、ゼノン領の首都ナルセラのようだ。そして、目の前の城は・・・。


 シエラは、到着するなり現れた召使によりフロにいれられ、身なりを整えられた。そして、食事を与えられ、簡素な部屋に通され、その日を終え、次の日から、シエラはリタという三十くらいの女のもとで、さまざまな礼儀(れいぎ)見習いと、とある技術の指導を受ける事になった。


 田舎娘で無学のシエラは、他に読み書きもその女に教わった。リタは、病身の身のようで、軽いセキがたえなかった。聞く話によると、不治の病に(おか)されているという。だが、人にうつる病気では無いので、リタはこの屋敷に新しくきた奴隷の、教育係りとして置かせてもらっているという。


 リタも、シエラ同様若いころ、この屋敷に売られてきたと話してくれた。理由は、シエラと同じシオン信者だからである。


「夫が留守のあいだにおそわれたの。いっしょに住んでいた主人の両親は処刑され、私は、こうして売られたあと、改宗させられたの。死ぬ勇気はなかった。とても憎んだわ。でも、死ねない以上、あきらめるしかなかった。夫はたぶん、私は死んだと思ってるでしょうね。そして、捕まってさえいなければ再婚してるでしょう。」


「私も改宗させられるの?」


「死にたくなかったらね。あなたの主人となる人は、ここの若様よ。先代が去年亡くなられて、その後の領主となってる人よ。言う事をきいてさえいれば、ひどいあつかいはされないはずよ。」


「私にはすでに夫がいるわ。」


「・・・なら、死ぬしかない。逃げ出す事はできないわ。すごく見張りが厳重だしね。若様はまだ独身だけど、あと二、三年もしたら正式な奥様をもらうはずよ。あなたの役目は、それまでのお相手ね。でも、気に入られたのなら、それからあとも売られたりせずに、ここにいる事ができるわ。私も病気になる前は、亡くなられた前領主様にお仕えしてたの。」


 シエラは、泣いた。シルを思いつつ。リタは、しずかにシエラをだいた。


「カーラと言ったわね。偽名でしょ。カーラと呼んでも、すぐに反応しないもの。ね、教えて、本当の名前を。だれにも言わないから。」


 シエラ、と小さく答えた。リタは、シエラの涙をふきつつ、その顔をやさしい眼差(まなざ)しでじっと見つめた。


「あなた、シオン神の娘である、天かける乙女になんとなく似ているわ。金色の髪と青い瞳。白い肌だしね。むかーし、私がまだ少女だったころ、イーデンに占領される前に、シオン神殿で見て、あこがれていた天かける乙女の姿に似ている。」


「天かける乙女って、たしかミユティカって名前だったよね。お父さんからきいた事あるわ。大きな鳥にのって自由に空を飛んでたって。私も空を飛べたらいいなって、ずっと思ってた。」


 リタは、ほほえんでくれた。そして、シエラを抱きしめる。


「少しでも自由になりたかったら、なれる方法を教えてあげる。覚悟がいるけどもね。でも、いまよりも少なくても自由に行動できるようになるわ。場合によっては、外出も可能よ。」


 シエラは、リタの顔を見つめた。リタは、


「覚悟がいると言ったわよ。そんなに簡単な方法ではないのよ。」


「どんな方法?」


「生きたいの?」


 シエラはコクリとうなずいた。


「外へ行けるのだったら、シルを見つけられるかもしれない。シルは、きっと生きていると思う。シルは、シオン信者じゃないと、私がつかまるとき、取締官が言ってたのおぼえている。ひどいケガさせられたけど、死んではいないと信じてる。それに、私が改宗させられても、従うのは表面的なものだけよ。ずっとそうやって生きてきたもの。」


「会いたいの? 助けにきてくれると。何があったとしても?」


「シルは、助けにくる。私が生きてさえいれば、何があったとしても、必ずきてくれる。私は、シルを信じる。」


 リタは、


「よかった。魂は死んでなかったのね。よかった。」



 リタから教えられた方法は、若いシエラではかなりの覚悟を必要とした。若様を自分に夢中にさせろ、というものだった。そのためには、自分も若様をそれなりの覚悟で持って、愛していると思わせる必要がある。


 だが、それなりの覚悟でいどんだはずだったが、すぐに耐え切れなくなった。やはり、シルを裏切っているという思いが、心を強くしばりつけてしまう。


 うつうつとしているシエラを見てれば、最初は美人だと喜んでいた若様もおもしろくなくなる。若様は、しだいに若い奴隷をうとましく思い始めた。そして、ある日、若様が皮肉をこめてシエラの両親が処刑させたとつげ、逆上したシエラは若様を思いっきりひっぱたいてしまう。


 シエラは、ムチうたれ、牢獄に閉じ込められた。背中にひどい傷をおい、手当もなく牢獄で死ぬだけを待っていたが、リタが牢屋番とうまく交渉して、牢屋内へと入り、薬やら何やらをしてくれ、シエラはしだいに快方へと向かった。


 そして、若様の怒りがとけるころ、リタの行為が知られてしまい、今度は病身のリタが罰を受けてしまった。シエラは、リタと交代に牢獄から出された。シエラは、自分の御主人様に懇願(こんがん)をし、リタを救ってくれと涙ながらにうったえた。どうせ、きいてくれないであろうとわかりきっていたが。


 けど、リタは解放され、シエラが付きっ切りで看病できるようになった。だが、そのかわり、シエラは決して命令には(さか)らわないと付け足されてしまった。寝たきりになってしまったリタを守るには、それしかなかったが、やはりつらい。


 シエラは、自分をためすような主人の行動に、しだいに追い詰められていった。そして、リタの汚れ物を洗濯したあと、物干しにほそうと建物の上へときたとき、手すりに手をかけている自分に気がついた。


 シエラは、あまりの高さにクラクラし、その場にペタンと座り込んでしまう。体がブルブルふるえている。そして、涙があふれてきた。


 会いたい、シルに会いたい。ただひたすら会いたい。会って、シルに抱きつき、思いっきり泣きたい。


(生きよう、どんなに汚れても。自分を信じて、シルを信じて生き延びよう。いつか必ず会える日まで。私は、あきらめない。)


 その日から、シエラの態度は違った。どんな命令にも素直にしたがい、決して不服を言わず、そして毅然としているシエラを見て、若い主人はしだいに魂をひきずられていく。まもなく、シエラは自由を手に入れた。


 外出したいとたのめば、監視付きで許してくれ、リタのために医者をとのぞめば、名医を呼んできてくれる。シエラはいつのまにか、若奥様と同等の立場にたっており、他の使用人達もそのようにシエラをあつかっていた。

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