二、両親の墓(1)
シルはそれからしばらく、身をひそめていた。はでにあばれたせいで、イーデンに目をつけられしまっていた。シルは、山間の洞窟で、さわぎが落ち着くのを待っていた。
考える事は、復讐と後悔ばかり。トナムもユリも、そしてシエラもすでに生きてはいないだろう。
(守ってやると誓ったばかりだったのに、おれは、こんなにも非力だったのか。父さんと母さんは、おれを拾って育ててくれた。一人ぼっちになったおれを助けてくれたのは、あの町で父さんと母さんだけだった。シエラは、こんなおれと結婚してくれた。妻になってくれた。これから、幸せになろうとしたのに、おれは・・・。)
かくれている最中、自殺がなんども頭をかすめた。両親と妻のもとへ行きたいと、なんど考えたのだろう。だが、できなかった。
(みんなの無念を晴らさないうちは、死んでたまるかよ。あの異端取締官は許さない。あいつだけは見つけて、この手で。)
だが、顔はおぼえていなかった。そして、あの取締官に復讐したとしても意味がないと、すぐに考えてしまい自殺へと向かう。そして、できずにまた、なんとしても復讐を、である。シルは、こんな事ばかり考えていても切りがないと思った。
シルは、重い腰をあげ、洞窟からでた。さいわい山育ちなので、山で命をつなぐ方法を知っていたから、生きるのに困らなかった。そろそろ、かくれているのにもあきてきたのは事実だ。
(どれくらい時間がたったのかな。わからなくなってしまった。とにかく、明日にでも山をおりてみよう。)
シルは、手入れをしてない、ボサボサの白い髪に手をやった。
(プラチナとはよく言うな。どう見ても、ただの白髪じゃないか。死んだ父さんと同じ色だってきいたけど、ガキのころ、この髪のせいで、ジジィってさんざんいじめられたっけ。ん、ジジィ?)
シルは、カーラの荷物もまとめて持ってきてたので、それをごちゃごちゃとあさってたら、あった。
(やっぱり女だな。化粧道具をしっかり持ってやがった。鏡もあるな。さて、うまくできるかな。)
シルは、なんとかして老人に化けた。そして、鏡を見てうんざりしてしまう。
(いじめられて当然かもな。まあ、でもこれで怪しまれずにすむ。)
両親とシエラがつれていかれた町は、たしか、リンデンのはずだ。シルが住んでいた町から、街道を南下して歩いて一週間くらいの、裁判所がある大きな町だ。この山からは三日の距離のはずだろう。
とりあえず、その後の家族の消息は知らなければならない。最悪でしかないにしろ。うまくすれば、墓くらい見つかるかもしれない。
シルは自分の手を見た。そして、フッと笑う。カッとしたとはいえ、ずいぶん残酷な事ができたものだと。
(とうぜんだ。町長が目をつけていたにせよ、カーラが逆恨みしたにしろ、おれはすべてを失ったんだ。町のやつらもそうだ。父さんと母さんが、あれだけみんなに良くしてやっても、だれも助けてくれなかった。)
そして、さらに思う。
(こうなった以上、堕ちる所まで堕ちてやる。もう、おれには何もないんだ。守るべき者も、愛する家族も。)
シルのほおを涙がつたう。化粧がはげてしまうから、あわてて袖で涙をすいとった。両手にシエラをだいた、やわらかな感触がまだ残っている。金色の髪、青い瞳、白く輝く肌。シルの目は、すぐにくもった。
シルは、泣いてたまるかと思い、数人の血をすった片手剣を見つめた。そして、心に憎悪の火をともす。でなければ、おしつぶされてしまう。
(なあ、シオンの神様よ。あんた、本当にいるのか。いるんだったら、シエラを助けてくれてもよかったんじゃないのか。あれだけ、あんたを信仰していたのによ。)
そして、フッと笑う。自虐的な笑いだ。こんな血まみれの信者なんて、神は必要ないはずと思った。そして、それ以上、自分がした事については、何も考えないようにした。
翌朝、シルは昨日残していた、焼いたシカ肉の残りをかじり、沢の水を飲み、もう一度化粧をととのえた。そして、必要のない荷物はその場にすべて捨て、カーラから、だましとった金袋と自分の着がえをもち、片手剣をマントの下にかくし、街道を南下していった。
そして、予想していたとおり三日後、リンデンへとたどりついた。両親の行方はすぐにわかった。町の広場に、生々しい頭蓋骨がさらされていたからだ。シルは少しは文字を読めたので、さらし台にかかれてある両親の名前が読み取れた。
だまって見ていると、三十過ぎくらいの町人の男がやってきた。
「シオン信者のなれのはてだよ、ジイサン。信者は見つかると、かならずこうされるんだ。裁判はあるんだが、死刑宣告みたいなもんだよ。即処刑されて、切られた首はここさ。そして、カラスどもがよってきて、一日もしないうちにこうなる。いつまでこのままだって? さあな、次のシオン信者が見つかるまでだよ。」
シルは、もう一人についてたずねてみた。町人は、
「若い娘? ここにつれてこられたのは、夫婦二人だけだ。若い娘なんて、きいてないな。」
シエラはどこにつれて行かれたのだろう。それ以上は、わからなかった。生きているかもしれないと思ったが、信者である以上、助かる保証はない。なにせ、邪神を信じている者は、女子供でも、悪魔の使いとしてこの世から抹殺されなければならない運命にあるのだから。
シルは、もう一度、両親の姿を見つめた。やや大きくてゴツイのが、トナムだろう。そして、まるいのがユリだ。二人とも、たずねてきたシルを見て、安心したような顔をしているよう、思えた。
そして、そのまま広場をあとにし、食事をするために適当な食堂へと入った。そして、食事がおわり、外へ出ようとしたら、さっきの男にまた声をかけられた。
「よぉ、広場でずいぶん、御執心みたいだったな、ジイサン。あんなに見つめていると怪しまれるぞ。知り合いだったのか。知り合いでも、ふつう、そんなバカするやつはいないがな。」
シルは、ムシしてずんずん歩いていった。男は、
「若い娘とか言ってたな。そいつは美人か。」
シルの足がとまった。そして、うさんくさそうに男を見返した。
「美人だとしたらどうなるというんだ。しょせん、処刑しかない。悪魔の手下だものな。」
男は、笑った。
「ジジィになりすますなら、声まで変えろ。ずいぶん、ガキっぽい声だし、お前、それだったら、すぐにばれるぞ。そろそろ、広場でのお前を怪しんだやつらが、通報してんじゃないのか?」
シルは、逃げ出した。