一、さらわれた花嫁(2)
その晩、久しぶりにそろった家族は、ささやかな夕食を用意し、身内だけでシルとシエラの結婚を祝った。そして、家族四人でシオン神に結婚を誓い、父親が司宰役をし古来からの作法にのっとった形式で、家族だけの結婚式をとり行った。イーデン式を強要される前に、本来の形式で先にすましてしまったのである。
シルの花嫁となったシエラは、はずかしそうに夫となったばかりのシルの顔を見つめた。シルは十六歳で、シエラは十五歳だ。この時代の結婚はだいたい十四歳から行われるので平均である。一般民、特に農民の寿命が四十半ばにも満たないからだ。
かがやく金色の髪、青い瞳。田舎娘にしては、とびぬけて美しいとシエラは評判だ。それゆえ、父親のトナムが使役からもどってくるのを待ちわびている、町の若者がおおぜいいたはずだろう。
「なあ、シエラ。おれ、いつかはここを出て町でくらしたい。農民の生活なんて、一生、搾取されてお終いだしな。町へ出て、商売をおぼえれば、現金も入ってくるし、生活も楽になれる。農民のように冬場に使役に出る必要もない。」
「ここでの生活はいやなの。父さんと母さんはどうするの。」
「商売がうまくいったら、町へよびよせるさ。」
「町って、ナルセラにいくの? このゼノン領の首都の。」
シルは、いいやと首をふった。
「もっと南だ。ゼノンのとなりにある、カーラン領がいい。あそこは、冬でも花が咲いてるってきくし。」
「でも、ゼノン領をでるには、領主様の許可が必要よ。農民から商人になるにしてもね。」
シルは、妻となったばかりのシエラにキスをした。
「使役に行ったとき、おもしろい話をきいたんだ。商人の養子になればいいそうだ。養子って言ってもな。タダ働きをする人って意味らしい。つまり、な。商売おぼえたいと希望する人が、タダ働きがほしい貧乏商人でもいいや。そいつと話をつけるんだよ。
仕事手伝いつつ仕事をおぼえて、独立できそうになったら独立させてもらう。あとは、商売の上がりから、親の養い代として、毎月そいつに金を払えばいいらしい。
けっこう、需要があるみたいだぜ。なんか、農民から商人になるのに、この方法が定着しているみたいだ。」
「でも、商人が独立を許さなかったらどうするの? 一生、タダ働きするかもしれないわ。」
シルは、そうだよな、と言った。
「まあ、カケに近いな。運が悪ければ、商人の奴隷になっちまう。けど、それしか方法がないなら、賭けてみるしかない。でなきゃ、おれとお前の子供も農奴でしかないんだよ。」
シルは、はっきりと自分達の立場を農奴と言った。土地にしばりつけられ、イーデンという主人に搾取され続け、自由も無く一生を終える農民は奴隷でしかない。
シエラは、シュンとなった。
「それって、つまり、独立できるまで、私はあなたといっしょには、いられないってわけ?」
シルは、笑った。
「いっしょだよ。お前もつれていく気で結婚したんだよ。すぐにではないけど、次の使役のとき、工事現場に出入りしている商人をつかまえて交渉してみるさ。」
シエラは、いますぐではないんだと、ホッとした。
「ね、シル。明日にでも、町長さんに結婚の話をしに行くんでしょ。私も行かなきゃならないの?」
「お前は行く必要はないよ。どうした、いやな顔をして。」
「町長の娘のカーラが、最近、私によそよそしいのよ。以前は、あんなに仲がよかったのにどうしてなのかな。」
「ケンカしたのか?」
シエラは首をふった。
「ごめん。ほんとのこと言うとね。シルと仲をとりもってとたのまれたの。結婚の約束したあとだったから、言葉をにごしたら、急に怒ってしまって。きっと、私の気持ちに気がついたのよ。行ったら、きっと何か言われる。」
「カーラがわめいて、町長が反対すると思ってんのかよ。んなわけないよ。カーラと農奴のおれじゃあ、身分が違う。カーラがそうだったんなら、おれがさっさと結婚するほうが安心するはずだ。」
「でも、カーラは思い込みがはげしいわよ。恥かかされたと思ってるはずよ。」
バカバカしい、とシルは言い放った。
「もう結婚してるんだ。カーラが何、考えてようが、おれ達には関係ない。それよりも、外にある納屋。おれ達用の家に改築しよう。やっぱり、新婚用の家がほしいもんな。おれ、うんと働くよ。」
「結婚か。ちっちゃいころは、ケンカばっかりだったのにね。どうしてこうなっちゃったのかな。」
「さあな。おれにもわからないさ。でも、これで良かったと思ってる。シエラもそうだろ。」
シエラは、はずかしそうにコクリとうなずいた。
町長は、トナムから結婚の話をきき、すぐに許可してくれた。式は、町長が手のあく四日後で決まった。それまで、慣例にしたがい、花嫁となる娘は家から出ないよう言い、その他さまざまなイーデン式の注意事項を言いつけられ、トナムとシルは家へともどってきた。
家にもどるとシエラはいなかった。どうやらカーラに呼び出されたらしい。シルは、いやな予感がした。そして、少ししてから、ほおを赤く腫らしたシエラがもどってきた。
「ひどい事するな、カーラは。でもどうして殴られるままだったんだ。お前、けっこう、気が強いとこあるのにな。」
「殴られてお終いなら、もういいと思ったの。友達関係もついでに、これでお終いになったからね。どのみち、みんなに認められる結婚式まで、あと四日だしね。」
「やはり、おれ、早めに商人の話さがしてみるよ。ここらに出入りしている商人つかまえて話をしてみる。商人と話がつきしだい、二人でここを出よう。」
「でも、父さんと母さんが、なんて言うのかしら。」
「なんと言っても、おれはもう決めたんだ。農奴では終わりたくない。お前もいやだろ。使役に行って始めてわかったんだが、労働者のあつかいはひどいもんだ。食事はロクでもないし、寝場所だって、詰め込み部屋しかない。
しかも、仕事は危険できついばかりだ。ほんとに使い捨てなんだよ。げんに、おれの仕事場でも死者が出たしさ。おれのほんとの父親が死んでも、おかしくないと思ったんだよ。」
「シル・・・。」
「おれが仕事で死ねば、お前は、おれの死んだ母さんと同じになっちまう。だから、決めたんだ。農奴から出るってな。商人もやっぱりイーデンの奴隷でしかないけど、農奴よりはマシのはずだ。商売の関係上、使役なんて義務は無いしさ。」
シエラは、水でひやしていたほおから、手をはなし、シルの手をにぎった。そこまで、自分の事を考えていてくれてたんだ。
「私、シルに一生ついていく。シルといつでもいっしょよ。どんな事があっても、シルといっしょにいる。この事をわすれないでね、シル。私は、あなただけのものよ。」
「ありがとう、シエラ。おれは、どんな事があっても、お前を守り抜く。そして、どんな状況になろうとも、お前を信じ愛し抜く。おれは、お前のだけの守護者だ。信じてくれよな。」
「うん、信じてる。」