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一、さらわれた花嫁(1)

千年王国の外伝的要素をもつ作品です。ダリウス王国がどういう経緯で成立したのかを描いています。過酷な運命にきぜんとして立ち向かうシエラとシルビスの決して折れない心を読んでいただければさいわいです。

 冬枯(ふゆが)れの山をぬけると、そこはまもまく春をむかえようとしている、小さな田舎町だった。十六になったばかりのシルビスは、父トナムとともに、冬場の使役を終え、故郷へと帰ってきた。


 去年の秋の刈入(かりい)れが終わると同時に、農民の男達は、領主の使役(しえき)へと()り出され、きびしい冬の間、さまざまな仕事に従事しなければならない。仕事のほとんどは、おおぜいの人を必要とする工事などで、農民の手が空く冬を待ち、毎年一斉に行われる強制労働だった。


 去年十五になったシルビスも、父親とともに使役へと初めて行き、その労働の過酷さを若い肉体にしみこませて帰ってきたばかりだ。


「もうすぐ家につく。なれない仕事でつかれたろう。シルビス。」


 トナムは、息子の肩を静かに(たた)いた。息子、といってもシルビスは、トナムの実の子ではない。シルビスの本当の両親は、シルビスが幼いころにすでに亡くなっている。


 シルビスの父親は、冬場の使役の事故で命をおとし、母親は、毎年重くのしかかる重税を男手無しではらうために、幼いシネビスを育てつつ、過労の果てに父親のあとを追った。


 トナムは、たった一人になってしまったシルビスを見かね、引き取って育てたのである。重税にあえぐ町の者達は、働ける年齢の子供はともかく、手がかかるだけの幼い子供の面倒はだれも見ようとはしない。ほっとけば、シルビスは餓死(がし)する運命だった。


 トナムの家も貧しかったが、トナムは妻ユリとともに、シルビスを実の子同然にかわいがって育てた。この夫婦には、シルビスより一つ下の女の子が一人だけだったので、男手ができると考えた理由もあるであろう。シルビスもまた、自分の立場をわかっており、養い親にじつによくつくしていた。


「父さん、お願いがあるんだけど、いいかな。」


 まもなく集落へ入るという時に息子の足がとまり、トナムはふりかえった。シルビスは、プラチナ色のボサボサの髪を静かにかきあげた。


「あのね、あのさ、ずっと言おうと思ってたけど、その、えと・・・。」


「なんだ、言ってみろ。シル。」


 シルビスはとまどっていた。が、思い切って、妹と結婚させてほしいとたのんだのだ。


「おれ、もう十六だろ。使役が終わったら結婚したいとずっと考えてたんだ。おれ、シエラが好きだ。ずっと、好きだったんだ。そりゃ、妹だったから、いつから好きになったのかよくわからないけど、シエラも十五だろ。そろそろ、村の男達が目をつけるはずだし、シエラはかわいいし、その、えと、あの、やっぱりダメ?」


 トナムは、息子の顔をじっと見つめた。そして、フッと笑う。


「そのつもりで、お前を引き取って息子にしたんだ。シエラは、一人娘だし、婿がこなければ嫁に出さなきゃならんかったしな。だが、シエラにちゃんと話を通してからだ。」


 シルは、ぱっと輝いた。


「やった。きっと、了解してくれると信じてたぜ。ありがとう、父さん。実はさ、去年出かける前に、結婚の約束してたんだ。冬の間に、父さんの了解取り付けるって約束でさ。でも、なかなか言い出せなくてさ。仕事きつかったし、父さん、労働者の住み込み部屋にもどるなり寝てたしさ。」


「母さんにも、きちんと言えよ。式は、早い方がいいな。」


「けど、町の教会だけは、絶対いやだ。あそこは、おれ達が信仰してる神様じゃないしさ。イーデン帝国の神様が(まつ)られているじゃないか。おれ達の国を占領して、この国の王様の一家を皆殺して、おれ達を奴隷にしたイーデン帝国の神様だけは、お断りだよ。」


 トナムは、あわてて息子の口をふさぎ、周囲を見回した。集落は目の前だ。幸いな事に、まだ雪が残っている寒い道には、だれもいなかった。トナムは、ホッとした顔で息子を見つめた。


「シル、あまり大きな声で言うんじゃない。たしかにうちは、このエイシア島の神々を信仰してるが、その神々はこの島が、二十年前にイーデン帝国の属領となったとき、邪神として信仰を禁じられているんだ。


 もし、信仰が人に知られたら、私達一家は、お前もふくめて皆殺しにあってしまうんだよ。この前、隣町にいた私達の仲間が殺されたろう。古い信仰を捨てきれない人達は、あちこちにたくさんいるが、殺されない為には、イーデンの教会へと通い本当の信仰をかくして生きるしかないんだよ。


 シエラと結婚して、幸せな家庭をきずきたかったら、ガマンすべきときは、ガマンしなければならない。私と妻も、そうしてるのだからな。」


 トナムは、息子の耳元にささやきかけるよう言った。が、息子は、


「おれが信じてる神は、シオン神だけだよ。おれ達の国をつくった神様だけだ。」


 シオン神、シオン・ダリウス神とも言う。この時代から三百年以上前に、この島に、妻ベルセアとともに最初に移住してきた人間で、この島がイーデンにより征服されるまで、この島の守り神として信仰されてきた。


「おれにこの島の信仰を教えて、この島の人間としての誇りを教えてくれたの、父さんと母さんじゃないか。自分達の信仰を守り抜く事で、心までイーデンの奴隷になるなと言ったのは父さんだったはずだよ。」


「それはそうだが。だが、表立って言う事じゃない。賢く生きろと教えたではないか。殺されては、信ずる事もできなくなってしまうんだよ。私達の、せめてものイーデンへの抵抗は、こうする事でしかできないのだしな。


 シオン神を信じる者が、信仰を知られて、次々と殺されてしまったら、いずれ、だれも信じる者はいなくなってしまう。もう、この町には、シオン神を信じている者は、私達以外にいないんだ。」


 息子は、納得してないようだった。シルは純粋だ。トナムは、母さんとシエラが待ってるといい、息子の肩をまた叩いた。


 お帰りなさい、シル。シエラはカンがいい。いつ、帰ると伝えなくても、シルと父親が帰ってくる日と時間がわかるようで、二人が道の向こうに見えないうちから外に出て待っていてくれてた。


 シルは久しぶりに見た妹の姿にびっくりした。秋に別れた時よりずっと背がのび、大人じみている。トナムは、娘をうれしそうにだきしめた。そして、シルにシエラの手をとらせる。


「おめでとう。もう少し先になるかと考えてたが、こんなに早くお前達が結婚を決めてくれたのは、実に喜ばしい。母さんに話したら、町長に話し、許可をとろう。」


 町長ときき、シルはいやな顔をした。町長は、イーデンの教会の司宰(しさい)もかねている。結婚の許可、イコール、イーデン式結婚式だ。そして、産まれた子は、強引にイーデンの神の洗礼を受けなければならない。


 トナムは、シルにささやいた。


「たとえ、イーデンの神に頭をさげたとしても、魂まで渡すつもりはない。だが、人の目はごまかせる。父さんは、いつの日にか、かならず、イーデンをこの島からおいだし、本来の神々を信仰する国を取りもどせる日がくると信じている。」


 シルは、シエラの手をにぎりつつ、ぎゅっと目をつぶった。


(いつっていつなんだよ。それって、だれかが解放してくれるまで待つって事かよ。だれかって、だれなんだよ。どいつもこいつも、ふぬけみたいにイーデンの言いなりなのによ。)

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