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4月某日(2)

 蘇芳が注文したいつものとは、一杯のコーヒーである。それをマスターが彼の前に置く。蘇芳はありがとうございますとマスターに一言お礼を言い、嬉しそうにカップを手にとってコーヒーを飲む。

 それを見ていた茜も、自分の前に置いてある飲みかけの紅茶に口を付ける。ほんの少しだけ紅茶はぬるくなっていた。

 茜はカップを両手で持ち、店内に流れている音楽に耳を傾けた。流れている音楽はとても緩やかなテンポで、弦楽器の重奏が奏でる音が心地良い。そういえば、母は弦楽四重奏の曲を好んで聴いていたなと茜は思った。

「そうだ、茜ちゃん」

 蘇芳が茜の名前を呼び、持って来ていた荷物から封筒を取り出した。それをはい、と茜へ差し出す。茜は首を傾げながら差し出された封筒を受け取る。

「前に美術館で開催される展示を見に行きたいって言ってたよね。知り合いから無料券を貰ったんだ。良かったら使って」

 蘇芳はそう言うとコーヒーを飲む。茜は驚きで目を見開き、身体を硬直させた。

 確かに先日蘇芳に会った時に来週から開催される特別展を見に行きたいと言ったが、まさか無料券を貰えるとは思っていなかった。

 特別展の入場料は1,000円以内だが、大学生である茜にとってその出費を抑える事が出来るのは非常にありがたい。それに図録も買うとなると結構な出費になるのだ。

「あ、ありがとうございます。すごく、嬉しいです」

 茜は嬉しさで頬が赤くなる。茜の言葉に蘇芳は笑い、どういたしましてと言葉を返した。

 封筒を開けて中を確認すると、チケットは1枚ではなく、2枚入っていた。

「蘇芳さん、チケットが2枚入ってますけど」

「ああ、友達も誘えると良いかなと思って二枚貰ったんだ」

 なるほど、と茜は納得した。

 そして、少し悩んだ後、茜は意を決して蘇芳にある提案をする。

「良ければ、一緒に特別展を見に行きませんか?」

 茜の提案に、蘇芳は驚いた顔をした。彼は自分が誘われるなど考えもしなかったのだろう事をその表情から茜は察した。

「お忙しいですか?」

 断れるかもしれないという悲しさを醸し出して、茜は蘇芳に問う。こうすれば、優しい彼が断りにくいと分かっていて。

「いや。問題ないけど、良いの?俺みたいなおじさんと一緒で」

「おじさんって。蘇芳さんまだ26歳じゃないですか。それに蘇芳さんと行きたいから誘ったんですよ?」

 蘇芳の反応に、茜は思わず笑った。

 すんなりと茜から出てきた彼女の言葉に、蘇芳は息が詰まった。だが、それを茜に悟られないよう、直ぐに平静を装う。それが簡単に出来るくらい、蘇芳は茜より長い時間を生きてきた。それを見ぬける程の経験を積めるくらいの時間を、茜はまだ生きていない。

「それじゃあ、一緒に美術館へ行こうか」

「はい。よろしくお願いします」

「こちらこそ」

 まさか本当に蘇芳と出掛ける約束が出来るとは思っていなかった茜は、内心焦っていた。

 蘇芳と出掛けられるのは本当に嬉しい。だが、蘇芳と2人だけで出掛けるというこの行為を実行してしまえば、もう自分は後戻り出来ない、という不安が茜の中で生まれてしまった。それが彼女を焦らせた。

 元々茜は人見知りが激しく、簡単に他人を自分のテリトリーに入れたりしない。酷い時は入ってこようとする他人を排除する事もある。

 彼女は新しく他人と関係を築くが苦手で、それを怖いと感じるのだ。

 だが、この不安に負けて折角のチャンスを取り逃せない理由が彼女にはある。

 茜は次々と生まれてくる不安を心の奥底に押し込め、そんなものなどありはしないのだと自分に言い聞かせて、生まれた恐怖を無視した。

 全ては目的を達成するためだと自分に言い聞かせて、彼女は自分の弱さを殺そうと努力した。

 マスターが空気。

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