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初めての完結作品。
「もう、だからその話はもう終わりって、言ってる、で、しょ!」
ぼふん、という音がぴったり。気持ちいいほど綺麗に土から抜けた。
地面に私のお尻がつく直前何かが飛び込んできたようだけど、それが黒光りした何かであっても、そんなの気にしていられない。
ああ、なんてすばらしいの!
想像以上だわ!!
思わずほおずりしたくなるほど大きく立派でまっすぐなシンメノリーの根っこ。
太陽にかざすと、誇らしげに胸を張っているようにさえ見える。
私は興奮と喜びで叫び出しそうになっていた。いや、もしかしたら叫んでいたのかもしれない。
昼も夜も2時間ごとにコップ一杯水をあげ続けなくては枯れてしまうデリケートな超高級材料。
この1年、お肌の大敵睡眠不足を承知で育てただけあって、これほどのものを買うには王都にある豪邸の値段を軽く越えるだろう。
この根っこを引き抜く瞬間を、私はいままで何度夢に見たことか!
今朝起きてからもシミュレーションを138回ほどしたけれど、そのどの時よりもスムーズに、かつ美しく抜くことが出来たのは間違いない。
ああ、もう一度埋めてもう一回抜くことにしなければ!
そうでないと、バチが当たる気がする!
いそいそと立ち上がろうとした私は、地面に手をついた途端。その感触に驚いた。
なにこれ。堅い。
思わず眉を寄せて見ると、右手は龍の頭の上にあった。
その下から金色の目が不機嫌そうに私を睨みつけている。
そういえば、さっきまでこの子と話をしてたんだっけ。
あまりの根っこのすばらしさに一気に頭から抜けていた。
彼の長いしっぽがぱすぱすと地面を打っている。
かなりご不満がたまっているらしい。
「なによ、その顔。ウェズは力が強すぎて綺麗に抜く事なんて無理だって言ったでしょ。あきらめなさい。」
「べつにそんなこと望んでいない。」
むすっとした声。
無表情に見える硬質の顔はたっぷりと威厳に満ちている。
世界で最も誇り高き種族である龍。
その中でも、すべての族の頂点に位置するという黒龍。
子供とはいえ、その黒龍をお尻の下に敷いたまま話す私。
世の人がみたら卒倒するわね。
私はこっそり苦笑しながら立ち上がった。
「ほら、人型になって。私シンメノリーの処理してるから、じゃがいもとかも収穫して持って帰ってきてよ。」
だってシンメノリーは収穫してすぐ処理しないと、鮮度が落ちてしまう。
「だから、何度袋を持ってこいと言えば分かるんだ。」
じゃがいもをそのまま持って帰るのは難しいんだぞ、と言いながらも光を全身から放つウェズ。
光が収まる頃には、金の目をした黒髪の少年が不機嫌そうに腕を組んで立っている。
家まで歩くことになるけど、飛ぶことも炎をはくこともできる龍でも、野菜を運ぶのは向いていないのだから仕方がない。
最初の頃は「人間のまねごとなんて好かん」とか生意気言っていたけど、最近では人間のふりも、芋掘りさえも慣れたものだ。
まあ、ただの人間と言うには、容姿があまりに美しすぎるのだけど。
濡れたような黒い髪も、鋭い金の瞳もその顔も。
初めてウェズが人型になったときは、思わず呆れてしまったものだ。
本当に人間のふりをする気があるのか、と怒鳴ったほどに。
「でも、こんな美少年に、乙女のお尻に敷かれる趣味があったなんて知らなかったわ。」
ぼそっと言っただけなのに、やはり人外の彼は聞こえていたようで。じゃがいもの蔦をにぎったまま勢い良く私の方に振り返った。
その勢いと急に力が入ったせいで、途中で蔦がちぎれてしまっている。
まあ、ウェズの力ならどんなに蔦が短くても簡単に根っこから引き抜けるだろうけど。
案外彼は農作業に向いている。
「ちが、あれは……っ、……くそっ。」
舌打ちをして再び蔦をつかんだウェズに、私はこらえきれず微笑んだ。
出会ったばかりはあんなに無表情だったくせに、最近は口数も増え表情もわかりやすくなった。
それに、ずっと優しくなった。
「わかってるって、私が危ないと思ったんでしょう?」
私の言葉にウェズがちらりと目線だけこちらに向ける。
そして肯定も否定もせず、また視線をじゃがいもに戻した。
からかってはみたけれど、ウェズがなんでわざわざ私をかばったのかは分かっていた。
シンメノリーの根を掘り起こしていた時のスコップは、ちょうど私の尻餅をついた場所のあたりにおいてあったのだ。
頑丈な鱗を纏ったウェズが庇わなかったら、多少痛いかお尻にスコップが食い込んで恥ずかしい思いをしたに違いない。
黒龍が人間のお尻を庇ったなんて、私も昔は信じなかっただろうけど。
「ありがとね。」
手が届くなら頭を撫でてあげたいが、私の手は土で真っ黒。
代わりにたっぷり感謝の念をこめてお礼を言ったのだが、ウェズは聞いているのかいないのか、黙々とジャガイモを掘り起こしていた。
ほんの少しだけ口角をあげて。
可愛いやつめ。
汚れてさえいなかったら思いっきり抱きしめて髪をわしゃわしゃしてやるのに。
勝手にウェズにのびようとする手を意志の力で押さえつけ、私は右手につかんだシンメノリーをうっとりと眺めた。
濃い茶色の頭身、うっすらと生えたひげ、枝分かれした美しいフォルム。
ああ、なんて立派なシンメノリー!
私の頭はもうすっかりこの根をつかった調合の方法で埋め尽くされていた。
浮き立つ気持ちをそのままに、大木の下に構えた住み慣れた我が家へと走る。
ウェズがそんな私をこっそり見つめていたことなど、全く気づくはずがなかった。