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ホムンクルスは球根を抱いて  作者: 天翔すめら
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9.ここは幻想の世界

 月夜だった。

 明かりの無い部屋は、蝶番の開かれた窓から夜風とともに差し込む月光に、淡く浮かび上がっている。

 その窓の向こうへ、普段の彼らしからぬ憂いに満ちた表情を投げかけているのはマトンだ。夜着だが、皇族らしい上品さでまとめられている姿は、さながら人形のようにも見えた。

 開かれた窓は、彼を外に出すことはできないだろう。見えない魔力の壁が立ちはだかっている。それをわかっているのに見つめ続ける理由は、ドリーにもわからなかった。


 奥行きの深いクローゼットの中。わずかに開けた扉の隙間から周辺を観察していたドリーは、部屋に危険は無いと判断する。では部屋に入ろうと踏み出しかけた足を留め、少し考えて声だけかけることにした。


「マトン、ドリーです」


 驚愕に目を見開ききった顔が振り返った。その虚を突かれたような、素の表情に安堵する。


「ドリー、って」

「はい、皇族用の隠し通路からクローゼットの中に来ました。部屋に入りますので、声を上げないでくださいね」


 部屋の外にいるだろう兵士に異変を悟られぬよう、ゆっくりと扉を開いて部屋に踏み入る。柔らかい絨毯に両足のブーツが沈むと、いつの間にか接近していたマトンに勢いよく飛びつかれ、後ろから倒れ込む。とっさに受け身をとって後頭部への衝撃はまぬがれる。柔らかい絨毯で助かった。


「あの、血も涙も無いホムンクルスと言えど、頭カチ割られたら死ぬんですが」

「ごめん」


 震える声の謝罪のあと、動く様子は無い。胸に埋まった顔は見えないが、そこには情けなく弱々しい顔があるのだろう。

 部屋の扉の向こうも動く気配はなさそうだった。ドリーは息苦しさに長い息を吐き出し、少年が落ち着くまでそのままでいさせてやった。




「なんでここに来たんだよ。おとなしくしてれば、ちゃんと家に帰れるんだぞ」


 絨毯の上に座り込んで上目づかいに責められる。なんの迫力もありはしなかった。


「そうは仰いますが、私の観察する限り、楽観的に構えていられない状況におちいっているように見えるんです。おとなしくしているか行動するかは私が判断します。なのであなたはなにをしようとしているのか、事情を話してください」


 マトンの目が泳ぐ。逃げ道を探す小動物のようだった。


「わ、悪いことをしようとしてるわけじゃ無い。良いことをしようとしてるんだ」

「ならば教えてくれても問題ありませんね」

「うっ……」


 しばし悩ましげにうなだれる。けれどやがて苦い表情のまま、重い口を開いた。


「……この世界はさ、かつてたった一体の悪魔によって、滅ぼされかけたって話、知ってるか?」


 ドリーが幼い頃、サラマンダー家の本棚から引っ張り出した、古ぼけた本を思い出す。


「童話か歴史書か判断のつかない本に、そのような記述はありました。赤い色の“火山の悪魔”が、炎の息吹で世界を焼き尽くしたと」

「その悪魔が死んだ時に現れたのが、魔法の祖だ」

「世界で最初に魔法を使ったと言われる者ですね」

「祖は、炎の海になった世界を魔法で治したんだ。いや、治したように見せかけた」


 ドリーはいぶかしげに眉をひそめる。


「……“見せかけた”ということは、まだ治っていないということですか? つまり、未だ世界は悪魔の炎によって焼かれ続けている。しかし幻影の魔法の一種で、炎は見えなくさせている、と?」


 ドリーは言いながらありえないと思っていた。次に当然否定が返ってくると期待した。


「その通りだ」


 しかし返ってきたのは短い肯定だった。


「そこは否定するところでしょう。焼かれ続けるなんて不可能です。炎が燃え続けたら酸素が尽きて、呼吸ができません。生き物には細胞の再生数に限界があります。ずっと治し続けるだなんて――」


 言葉を止めた。マトンは真剣な瞳を逸らさない。ただひたすらに、真実だと告げ続けている。


「……祖の魔法は、それら全てに影響しているというのですか」

「昼頃、ドリーが言っただろ。この世界は魔力の海に浸かっているようなものだって。その魔力の海が、祖の魔法なんだよ」


 言葉を失った。


「祖の魔法は、世界を悪魔の炎がおよぼすあらゆる影響から守った。炎を見えなくし、焼かれ続けるものを、絶え間なく治し続けてる。連続して治せば、それはなにも感じていないのと同じだから」


 ドリーは視線を自分の手に落とす。薬草の青さがかすかに香る、白い手。それは信じがたい事実に衝撃を受け、わずかに汗をにじませただけだった。


「これは最近の研究でわかったことだから、世界中の多くの人は、炎の海の中で暮らしてるなんて知らない。教えても、無用な恐慌を与えるだけだし」

「……今の私でも実感できる証拠はありますか?」

「ある。冥界から来た悪魔の死体は、灰になって消えるだろ? 祖がかけた魔法は“この世界のもの”だけだから、冥界の悪魔には適用されない。悪魔は自分で炎から身を守る力がある奴じゃないと、来れないんだ」


 春の夜風は冷える。けれど真実は、熱風に包まれているというのか。


「……世界に、魔法をかけたのですか」


 ドリーは愕然とするしかない。いくら全ての魔法の始まりだからといって、世界規模の大魔法を現代まで続かせているなんて。そして今も世界を焼き続けている悪魔の呪いに。


「ここは幻想の世界なんだ」


 その低い声音には、きっとドリーが感じるよりも、深く暗いものが含まれていた。

 それがなんなのかを探る途中で、気づいたことを口に出す。


「――今、魔力は枯渇しています。それはつまり、祖の魔法が消滅しかけているということですか?」

「ああ。そして祖の魔法が消えたら、みんな炎の海に飲まれて、死ぬ」


 世界の終わりを告げられた。しかし直後に「けどな!」と高い声が割って入った。


「魔法を維持する方法が見つかったんだ! だからみんな死なない! ドリーだって死なない!」


 痛々しい、ぎこちない作り笑顔だった。


「祖がかけた魔法に、俺の魔力を継ぎ足すんだ。あー、えっと、前に俺の父親は皇帝じゃ無いって言っただろ? 本当の父親は、悪魔なんだと。そのせいか、魔力の種類というか質というか、それが魔法の祖と似てるんだって。魔力の量もとんでもなく多いし、祖の魔法を維持するのに充分なんだ。普通は魔力を継ぎ足すなんてできないけど、フェルメントってシステムを搭載した魔機を使えば、俺の魔力を継ぎ足せるんだって。俺がやろうとしてるのは、それだけ!」


 マトンが一気に言い切るのと、ドリーが背中から頭へ冷たいものが駆け上がり、血の気が引いたのは同時だった。

 だって、その、システムは。


「……ドリー?」


 マトンが心配そうにドリーの顔を覗き込んでくる。一切の表情がぬぐい去られた顔を。


「……そのシステムは――私が造りました」


 息を飲む音がした。


「人の身体ごと、魔力に変換する装置です……!」


 ドリーは生涯、これほど感情を複雑に入り混じらせた声を出したことなど、なかった。


「……九年前、悪魔の親玉である冥界の魔王を倒すのだと国に命令されて造った、魔機の大砲ライフライト。相応の能力を持った人間を弾丸にして発射する、あの兵器に使われたシステムが、フェルメントです」


 そして合点がいった。そのシステムを扱える者だから、マトンの事情を知らないドリー親子を拘束したのだ。

 ドリーは今、初めて自分の行いに後悔を抱いた。激しく見舞われるそれに、表情は無い。全部、自分の腹の内だけで荒れ狂っている。

 もう、マトンの顔を見ることなどできなかった。


 しかし、手が、誰かに握られた。

 先程までの誰かのように、相手をうかがうような視線を、こわごわと上げていく。

 目が合った先の顔は、いったいなぜか、透き通るような微笑みで待っていた。


「ドリーが造ったものなら、ちゃんと効果あるだろうから、無駄じゃ無い。それにどこの誰が造ったのかわからないものに殺されるより、ドリーのもので殺されたい」


 ――それは残酷で、酷くて、ひどくあたたかい言葉だった。


「……ど……して……。私がそんなもの、造らなければ、あなたは……」

「造らなかったら、俺もドリーも、みんな死んでた。だから、ありがとうだよ」


 もう、それ以上は聞きたくなかった。うなだれた額に、彼の手を尊ぶようにそっと持っていく。


「灰化現象が起きたら、計画は開始される。多分、魔力の消費量が多い場所で起きる。だからドリーは魔力の少ない場所にいてくれ」

「……逃げないのですか」

「できないよ。俺がいなきゃ、みんな焼け死ぬ。俺も、ドリーも」


 ドリーが欲しいのはそんな言葉ではなかった。

 ただ、一言。

 自分を頼る言葉を言ってほしかった。


 償いをさせてほしかった。

 助けさせてほしかった。

 ――そんな資格など無いくせに。

 しかしマトンが口にしたのは、ちっぽけな願いだった。


「これ、俺の代わりに植えて欲しいんだ」


 懐から取り出して差し出したのは、手の平に収まる、茶色の皮に包まれた球根だった。


「死んだ母上の形見。最初、ドリーの庭に入った時、これを植えようとしてたんだ。でもやり方よくわからなくて悩んでたら、花に詳しいドリーに会えた。もっと花のこと知ってから植えようと思ってた。でもできなくて、それが心残りだった」


 球根をドリーの手に握らせる。


「これが俺の生きた証になると思うから、頼む」


 見上げた先の顔は、泣いているようにも、笑っているようにも見えた。


「来てくれて、よかった」


 ドリーの胸には、マトンになにかしてやりたいと思う気持ちで溢れていた。けれどそうしながら、どうすればいいのか、やり方がわからなかった。

 否、ドリーはもうなにもできないし、する資格など無いのだ。

 毒を作り続けることしかできない女は、たった一人の少年を前に、なにもできないでいた。

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