5.欠けたホムンクルス
「この子、あたしが十歳の時に造ったホムンクルスなのよ」
ドリーの父だと紹介してやった男は、年齢が近過ぎて納得できないと抗議したマトンに、ありのままの事実を告げた。
するとマトンは不可解なものを見るような目で、怪訝そうに眉を歪めただけだった。
それも当然だとドリーは助け舟を出すように、向かいに座るマトンの前に、沈静作用のあるハーブティーのカップを置いた。
「博士、自分の造語を他人が理解できるわけありませんよ。詳細な説明を」
「あ、ごめん。ホムンクルスってのは、人工生命体のこと。お母さんのおなかじゃなくて、魔機の中で造った人間よ」
魔機とは読んで字のごとく、魔法を動力などに用いた機械のことだ。
マトンは目を白黒させながらドリーを見上げている。どんな顔をしていいかわからないようだった。
「じ、人工生命体って……人間とどう違うんだ?」
「今言った、生まれ方の部分だけ。赤ちゃんとして生きていける身体になったら魔機から外に出して、あとは普通の人間と同じように成長したわ。今いくつだっけ?」
「十九になります。あと数日で二十ですが」
「そう、少なくとも十九になるまで特におかしな違いはなかった。血は赤いし、運動能力はインドア育ちなら妥当なレベル。魔法もあたしの半分くらいの力なら使えるわね」
マトンは向かいに座る二人の顔を見比べた。気になっていたことがあるのだろう。
「お前たちの顔が似てるのは?」
「この子の材料にあたしの体液を使ったからでしょうね。だからあたしはこの子を娘として育てた。まあ倫理やら道徳やら体裁的にやら、許されるわけなかったから、戸籍には義妹で登録されてるけど。でもあたしの血が半分流れてるならあたしの子だもんねー」
父はぬいぐるみを抱き潰すように、娘をぎゅうぎゅうと締めつける。ドリーは暑苦しいと手で押し返すが、博士からは親愛の情しか伝わってこないので、強くは拒否できないでいた。悪意の無い押しに弱いのだ。
「ただせっかく女の子に生まれたのに、女の子っぽい言葉づかいを覚えてくれないのが不満! 教えようとするあたしのほうが言葉づかい変わるくらい頑張ったのに!」
「この話し方ならどんな相手にも通用するから便利なんです」
ロマンを求める父と効率を求める娘は、はたからは吊り合いのとれた親子のように見えるだろう。
しかしマトンの表情に納得はおとずれない。
「なんでドリーを造ったんだよ? そんなに子供が欲しかったのか?」
「ああ、それについては私も何度もたずねましたが、満足な回答は得られませんでしたよ」
そこで唐突に、博士の馬鹿っぽい笑い声が上がった。
「まあいいじゃない。無駄に頭の良かった十歳児の考えることなんて、わけわかんないもんよ。若気の至りってことで流しなさいな」
マトンは納得いかないようだが、ドリーはこの件について、なんとなくわかっていることがある。
立ち入るな。
彼は馬鹿面の下で、そう拒絶している。だからドリーはもう、それ以上踏み込めないでいた。
「事情はわかったけど、ドリーにベタベタする理由にはならないだろ? いい加減離れろよ」
言い捨ててカップを傾けるマトンに、ドリーは言葉の意味を捉え損ねて首を傾げる。その横で博士が邪魔者を射るような目でマトンを睨んだ。
「なによ、しばらく会えなかった娘を補給するのに、横から文句を言われる筋合いは――」
「ああ、嫉妬ですかマトン」
マトンがカップの中身を勢いよく噴き出した。
推測が図星だったにしては、やけに派手なリアクションだと、ドリーは冷静に観察しながら布巾を差し出した。
博士といえば、信じられないものを見るような目で、娘を凝視している。
「なんっ、ゲホッ、おま、嫉妬って……ゲホッ!」
「さっき魔力を高めあった時に知ったのでしょう? 博士は自分より魔法の扱いに手慣れていると。単純な魔力量で言えば、あなたのほうが馬鹿みたいに上です。しかしあの時、博士は包丁にあなたの意識を集中させておいて、足下に身体を拘束する魔法陣をこっそり構築していました。その実力差に嫉妬、しているのだ、と思った、のですが……違ったようですね」
ドリーは説明しながら、マトンに的外れなことを言っていると言わんばかりの呆れた視線を受けて、ハズレだと察した。
博士とくれば、心底面白くなさそうな舌打ちをくれ、へそどころか身体ごと曲げている。
「博士はマトンの態度の理由、解読できました?」
「あー、いいからとにかくそれ洗いに行っといで」
それもそうだとドリーは立ち上がり、マトンからカップと布巾を受け取って台所へ向かう。
残された二人の会話はその背で聞いた。
「な、なんだよその残念なものを見るような顔は!」
「いやー、気にしないでー。……あんたなら、ドリーの欠陥を埋めてくれるかなーって、ちょっと期待しただけ」
ドリーにその台詞の意味は解読できなかった。