4.娘は台風の子
「煙突から湯気出てんの見えたわよ~。あたしのために沸かしといてくれたのね~」
「そう思うのだったら好意に甘んじて湯船へ溺れに行ってください。酒臭さが不快です」
うんざりするドリーに構わず、抱き締めるようにまとわりついてくる、このへべれけ兄ちゃん。
枯れ木色の髪は何日も祭りで騒ぎ明かしたせいでベタつき、ドリーの顔を何十倍もだらしなくしたような顔は酔いで真っ赤。細身だがたっぱのある身体はシンプルなローブを短く切って動きやすい形に着こなし、若者らしさに拍車をかけている。
「ドリーが冷た~い。一緒に祭り行ってくれなくて寂しいから、早々に切り上げちゃったのに~」
「私に庭の面倒見るように言いつけたのは博士でしょう。まだ三十路なのにもう更年期障害ですか?」
「まだギリの二十九よ! あんまりお父さんイジメないで! 一度沈むとなかなか立ち直れないから!」
まだ若者の領域だと主張する、ドリーが博士と呼ぶ青年。これがドリーの父だった。
「なんだ今のっ? 誰か来たのか?」
今度こそちゃんと服を着て現れたマトンは、目にした光景に固まったようだった。
その目にドリーたちはどう映っただろう。少なくとも親子に見えていないのは確実だと、ドリーは自覚している。
やがて少年の目は、あらゆる意味で不潔だとでも言いたげに細まる。
「……ドリー、誰だそいつ」
ドリーが答えようとしたら博士に身を離され、バランスを崩して声が詰まった。
博士は自分の頭に手を置き、大仰に嘆くように首を振る。
「そりゃあ、そりゃあ、あたしと同年代の男つれて来られたら複雑だと思ってたわよ。でも、あんた、そっち? まさかそっちが趣味だとは、さすがのあたしも予想の範疇外よ」
博士は自分を落ち着かせるように、首をしきりに振っている。冷静そうに見えてかなり混乱しているらしい。
二人の男たちの魔力が高まっていく。混乱するようなことを言って集中を欠かせては、魔法が暴発しかねない。
(私への迷惑とか考えてくれないだろうか)
そう他人事のように眺めつつ、テーブルの上のティーポットに手を伸ばす。懐からポットに茶葉を継ぎ足すとカップを三つ取り、ティーポットの中身を注いでいく。
「でも、まずはこれを言わせてもらうわ」
ドリーは用意してやったカップをそれぞれのほうへ置いてやった。
博士が棚の引き出しから取り出した包丁が空を裂き、少年へと切っ先を向けた。
「うちの娘に手ぇ出すなら、まずはあたしを倒してからにしてもらおうか!」
そこで博士はようやくドリーのカップに口をつけた。
夢の決め台詞を言えて一息ついた父は、真剣さながらの表情で、内心ご満悦だ。
対して少年は、娘と聞いて面食らい、丸くした目を瞬かせた。とりあえずドリーのカップに手を伸ばして喉を潤した。
そこで二人の男は同時に膝を折り、テーブルの角に額をしたたかに強打し、同じ悶絶を共有するのだった。
「ふむ。この茶葉は身体年齢によって微妙に時差が出る、と。ああ、痛みが引く頃には頭も冷えるでしょうから、そこで話し合いましょう」
観客席でレポートをつけるドリーは、カップに口をつけなかった。
多少乱暴な止め方になってしまったが、許してもらいたい。家と身の安全には代えられないのだから。