2.楽しいガーデニング
マトンはエンペラーズ・ウィークが終わるまで、ドリーの庭に通い続けるつもりらしい。
エンペラーズ・ウィークとは、魔法皇国グラスパートを治める皇族が、国内より選ばれた町に滞在する週のことだ。
その週、国中の町や村が、皇帝の誕生日を始めに一週間、皇帝を祝うための祭りを開催する。
そして今年は一年中風の吹く町、クレトビッツが選ばれた。皇族は町で一番の宿に滞在する。マトンはその宿からドリーの庭に通っているのだ。
彼いわく、世話人は決まった時間に最低限の世話しかしに来ないので、時間さえ気をつけていれば、抜け出すのは楽勝らしい。頼めば教師に勉学を請うこともできるが、基本的には年中暇なのだそうだ。
(育児放棄の軟禁生活か)
ドリーは彼の状態を脳内の観察レポートに書き足し、皇族に対する軽蔑の瞳を微笑みでごまかす。
そして庭の木製テーブルについた少年に、疲労回復のハーブティーをいれてやる。
すると土で顔を汚した少年が、疑いの目を隠しもせずにドリーをうかがった。
「……お前が俺に茶をいれるなんて……」
「必要ならしますよ。むしろ水分補給と体力回復のために飲んでください。このあとはもっと疲れますよ」
このエンペラーズ・ウィークが終わる時が、マトンとの別れの時だった。
しかし、だからと言って別にドリーの態度は変わらない。彼自身の意思で手伝いを申し出たのだ。せっかくなのでこき使わせてもらう。
「はい、男の子なんですから頑張ってくださーい。次いきますよー」
「ま、て。これ以上は、む、り、ぶぎょっ!!」
持たせた肥料に押し潰される皇太子を見下ろすドリーに、容赦はなかった。
翌日もわずかな時間を無駄にせず、隙あらば研究協力を求めて茶をカップに注ぐ。
「休憩ですよ。ドーナツを揚げたんです。新しいハーブティーを開発したので、一緒にどうぞ」
「おお! 今日はいつもより手が込んでいるな! ……つまりなにか裏があるのか。紅茶だな」
「味は美味しいと保障しますよ」
「味じゃなくて安全を保障してくれ!」
こうしてマトンはドリーにいじり倒され続けると思われた。
しかしそれは深夜の静寂と共に、予想外に破られる。
「遅くなった。今日は抜け出すタイミングが読めなかったんだ。でも今から手伝うからな!」
「はあ、こんな夜更けに来られても、することなんてなにも無いのですが」
「でも俺はやりたいんだ! 仕方ないんだから、今できることをやらせてくれ!」
「はあ、じゃあ私を安眠させてください」
「うえっ!?」
「できないのならお引き取りを。おやすみなさ――」
「待て! 今から庭で走り込みだ!」
「あの、私怒ると怖いんだって、そろそろ気づいてくれませんか」
「夜に運動するとぐったり眠れるってなにかの本で書いてあった! 俺に任せておけ!」
「いえ、ぐったりではなくぐっすり眠りたぁああああ」
女の腕を引っ張る手は小さかったが、身に秘めている魔力は膨大だった。
魔法の制御も容易く行う。場合によっては自分の姿を映した幻影を作り出し、身代わりとしてベッドに置いて出て来る時もあるらしい。
しかしそれだけの力がありながら、なぜ軟禁生活に甘んじているのか、理由はわからなかった。育児放棄をする皇族には親愛の情などとっくに無いようだし、捕らわれておく必要がどこにあるのだろう。
深く関わりたくはないが、情報が少ないせいで不利な状況に追い込まれたくはない。なにが起きても対処できるよう、できるだけマトンについて調べたかった。
けれど、具体的な調査には動き出せない理由があった。
「こんにちは。今日もお願いしますね、ドリーさん」
黒のローブを着た、穏やかな眼差しを持つ銀髪の青年。この男の存在があるせいだった。