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ホムンクルスは球根を抱いて  作者: 天翔すめら
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11.生きる悪魔

 かの悪魔が仕掛けた“ボヤ騒ぎ”は、実に手抜かりが無いようだった。

 城の廊下を堂々と小走りに駆け抜けても、咎める者は誰もいない。時折慌てた兵士や使用人とすれ違うが、断続的に聞こえてくる爆発音や振動に気を取られている。なるべく城の人間と鉢合わないようにも計算されているのだろうか。


「ねぇ、なんか爆発してるっぽいんだけど」

「ええ、私たちを放っておくほどのボヤ騒ぎですから」


 悪魔はそれきり口を引き結ぶ。この男、しゃべる時はしゃべるが、黙る時は本当に黙る。自分の目的に必要無いことで舌を乾かすのは嫌いらしい。

 だからドリーは返事をあまり期待せずにたずねた。


「私をマトンに会わせたのは、責任を取らせるためですか?」

「物事を円滑に進めたいので、回答はしません」


 円滑にしたいなら、そんなつもりなど無い、と言えばいいのだ。それができないということは、是と言っているようなものだ。


「と、言うよりも……私にあなたを責める資格は無いのですよ。私だってあなたの兵器使わせて頂きましたから」

「は?」


 思いがけず、間抜けな声が出た。


「九年前にライフライトが誤射したでしょう。あれ、仕掛けたの私なんです。魔王倒したくて」


 むしろ殴るのは自分の役目なのだろうかと、途方に暮れた。


「ど、どういうことよ。なんで悪魔が魔王倒すのよ」

「冥界の悪魔は、それぞれ異なった“枷”を持っています。これを破ったら消滅するから守れよ、という法則です。強大な力を持つがゆえの、代償のようなものでしょうか。私の場合は、“悪魔を殺せ”」


 つまり今まだ消えていない彼は、枷を守っているということだ。


「……では、弾は」

「人間は入っていないので、大した威力は出ませんでしたよ」


 知らず詰めていた息を吐き出す。


「……まさか、悪魔の宣告で安堵する日が来るとは思いませんでした」


 ドリーの言葉は皮肉げだが、表情は確かに安堵で柔らかくなっていた。

 それを横目でじっと見ていた悪魔は、やがて顔を背け、遠くを見るような目をして首の後ろをかいた。


「では、罪の償いに、とまで大袈裟には言いませんが。私の事情も話しておきましょうか」


 ドリーは老成した雰囲気を漂わせる横顔をじっと見上げた。


「先程言ったように、私の枷は“悪魔を殺せ”。その枷に従って悪魔を殺していたら、同じく悪魔と敵対する人間たちと、いつの間にか協力するようになりました。敵の敵は味方、というやつですね。そして私が人間を愛するようになるのは、ごく自然な流れでした」

「それで皇妃様と?」

「ええ。悪魔の力をもってすれば、四、五年は皇帝を騙し通せました」

「ごっ!? いや、なんでとっとと駆け落ちしなかったのよ。それこそ悪魔の力をもってすれば簡単じゃない」

「悪魔の力は基本的に破壊とか支配とか、そんなものばかりに特化していますからね。病弱の皇妃を癒す力は持ちません。だから最先端の医療を受けられる城から連れ出すなんて、できなかったのですよ」

「……なんで人の恋路って、他人からすれば納得いかないエピソードで構成されてるんでしょう」

「こっち見つめないで! あたしのハート欠陥住宅なの! 叩けば嫌な理由でボロボロ崩れてくの!」

「ま、しかしついに、私が皇妃の浮気相手だと皇帝にバレましてね。皇妃は表向き病死ということで毒殺されました。そして私は息子であるあの子をさらって逃げようとしたのです。ところがあの皇帝、私がおとなしくしていれば、あの子は今まで通り皇太子として育てると、涙ながらに訴えてきたものですから。悪魔を殺し続ける私なんかの側に置くより、良い環境で育ってくれるのが一番ですし、要求を飲んでしまったんですね。そして私は姿を変え、ただの悪魔退治専門の魔道士として暮らしていくことにしたんです」


 魔機の研究区画。その地下施設へと続く階段への扉は、魔法の込められた装飾で厳重に護られていた。

 しかし悪魔は魔力を込めた右脚をしならせ、その扉を一蹴りで粉砕した。


「けれど、その約束は破られた。ならば私も約束を守る理由はありません。だからあなたがあの子を助けるつもりなら、私はあなたに協力しようと思ったのですよ。あなたはあの子を救う知識を持っていますから」


 破壊力に呆然としていた博士は、階段へ身を躍らせる二人を慌てて追いかけた。


「……マトンの特殊かつ膨大な魔力の原因は、あなたという悪魔の血を引いているのが影響しているのでしょうね」

「ってことは、人間と悪魔の相の子なら、生贄にされるのは坊やじゃなくてもいいんじゃない?」

「他に人間と悪魔の相の子なんて存在しません。悪魔と人間は宿敵なのです。私のような、希少で特殊な枷でも負ってない限り、人間と交わるなどありえません」


 やけに断定口調だが、悪魔嫌いの悪魔ならば、これは当然の反応なのだろう。


「だから皇帝は、そんな貴重なマトンを確保したかったのでしょうね。――こんなものを持ち出してまで」


 階段が終わり、広い部屋に出る。足を踏み入れると同時に点灯した魔機の明かりは、漂う紅い霧の中から次々に現れる悪魔の姿を不気味に照らした。


「ちょっとー! 警備に悪魔の召喚魔法用意してるとか、どうなってんのよこの国!」

「なるほど、最近増えている悪魔は、これの実験で制御に失敗したものですか」


 博士は冷静に観察するドリーを庇うように前へ出る。

 しかし黒衣の悪魔がさらに前へ進み出て、片足を半歩下げてゆったり構えた。その顔は満面の笑みだ。


「私に殺らせて頂いても?」


 ドリーは彼をすり抜けて魔機の設計図を探しに行く。


「無駄に被害を拡大させなければご自由に」


 白衣の後ろで黒衣が舞い上がった。


「大得意でございます」


 そして悪魔は雰囲気を一変させた。

 それは殺戮への陶酔。三日月のように吊り上がった口から、深く低い悪魔のような声が漏れ出る。


「まとめて次の世へ送って差し上げます」




「ありました。これがマトンに使われる魔機の設計図です」


 二人がかりで漁った資料棚から取り出した設計図を机に広げ、仕組みを探ろうと覗き込む。

 九年前に時を止めた知識と思考を呼び起こすのは苦だ。しかしできないわけではない。目を細めて線と数字を辿っていく。

 しかし博士は別のことに気を取られて目を細めていた。


「後ろから聞こえてくる生々しい打撃音とか断末魔とかが果てしなく気になるけど見たくないという二律背反起こしてて頭に入らない」

「今は精神論理を語らないで技術理論を読み解く時間ですよ。博士も構造をよく見てください。私の知識は博士の蔵書から育んだのだから、考え方は似ているはず。だから博士でもなにか気づくかも――」


 息を飲む。

 マトンを救うには、ただ国からマトンを連れ出せばいいわけではない。

 世界に魔力を継ぎ足す上で、マトンを救わなければならない。

 その方法を次々に考えているドリーだから、気づいた。


「――か、紙ください!」


 博士がその辺から引っ張り出してきた紙束にペンを走らせ、理論を整理していく。それを見守っていた博士はその内容に段々と顔を険しくしていき、愕然と目を見開いた。


「……ちょっと待てよドリー、この方法って――」


 ぴたりとドリーのペンが止まる。


「……博士、今、周囲の魔力、薄くなってませんか」


 固い声は疑問ではなく、確認だった。

 頭を切り替えた親子は顔を見合わせて吠える。


「「灰化現象!!」」


 その声に振り返った灰まみれの黒衣を着た悪魔も、さすがに苦い顔をして舌打ちした。


「世界で最も魔力の消費が激しいのは皇都。ここはもうすぐ灰に沈み、あの子を生贄にする計画が始まる合図となるわけですか。どうするんです? 地上までかなり遠いですよ」

「あんた長距離を一瞬で転移する魔法とか使えないの!?」

「使えたらここまで走ってませんよ」


 手抜かりの無い悪魔が開き直っている。ドリーは自分たちの中で一番の実力者から目を逸らし、周囲に視線を走らせて脱出行を探す。


 ――これ以上ないほど厳重に封印されている巨大な扉。中になにが入っているかなんて、考えるまでもない。

 ドリーが躊躇したのはたった一瞬。次にはもう覚悟を決めた。


「あの扉の中にある装置で脱出します! 破ってください!」


 灰まみれの黒衣が最後の一体を蹴り崩すと、神聖な光の球が彼の周囲に集まり、扉めがけて光の矢となり一斉掃射した。


「なんで悪魔を倒すのにふさわしいそれ使わなかったの?」


 三人は粉々に砕かれた扉の向こうへと駆ける。


「直に感触を覚えなければ、枷を守っている気にならないので。――と、これは……」


 そこは縦に長い部屋だった。円柱状の塔の内部を思わせる。

 しかし塔ではありえなかった。なぜなら、部屋の中央に巨大な魔機の大砲がそびえ立っているからだ。

 未だ誰の血も吸ったことのない、無垢な光を反射するそれを、ドリーはまっすぐに見上げる。


「かつて私が造り、あなたが使ったというライフライトです。これに打ち上げられて脱出します。ただ高く打ち上げるだけなら、あなたの魔力だけで充分なはずです」


 悪魔は喉の奥で皮肉げな声を鳴らし、苦笑した。


「簡単に言ってくれます。せいぜい魔王の死を祈ってください。私の元気が出ますので」

「ええええええええ」


 頭が真っ白になっている博士を引きずり、大砲の内部に入り込む。

 悪魔が弾の形をした防御壁で三人を囲み、さらに魔力を注いで起動させる。


 轟音と共に発射した。衝撃は充分に緩和されている。防御壁の底に押しつけられて吐血した程度だ。

 天井を突き破り、大地を突き進んでいく。

 白み始めた空が視界に入り、ようやく勢いが止まった。


 そのまま空中に留まり、崩れ落ちていく皇都を呆然と見ていた。

 城も、城壁も、家も、人間も。皆、黒ずんだ灰となって崩れていく。

 ――きっと、ライフライトも。


「……あの子の居場所は?」


 悪魔の淡々とした声に、懐に抱き締めていた書類を機械的にめくっていく。該当箇所を見つけた。


「火山の悪魔が死んだ墓所にして、祖が魔法をかけた聖地。世界の血流への入り口、グラスパート火山です」


 灰の海を悠然と見下ろし、天高くそびえる山。

 それがグラスパート火山――全ての始まりと、終わりの場所だった。

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