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ホムンクルスは球根を抱いて  作者: 天翔すめら
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1.タンポポと羊肉

 一面に広がるタンポポ畑に、タンポポ色の少年が生えていた。

 明るい金髪を春の風に遊ばせて、背を向けてあぐらをかき、なにやら手元でごそごそしている。

 それを見つけた女は、ひとまず抱えていた買い物袋を草地に下ろした。中身は園芸道具なので汚れは気にしない。

 ここは女の庭だ。タンポポ畑はその一角で育てている。


 枯れ木色の瞳は確かな理知性を備えた視線を侵入者に注ぎ、瞳と同じ色の、腰まである長い髪が風で舞い上がるのを片手で抑え、さてどういった対処を取るべきかと思案する。

 町の子供だろうか。町からこの畑の間には、ここが庭であることを示す柵が立ててあるのだが。牧草地と見紛うばかりに広過ぎるのに、家畜が一頭もいないから、庭だとは思えなかったのだろうか。


 それならば注意するしかない。今後勝手に入らないよう、脅しておくか、と結論づける。

 白衣とロングスカートの裾をなびかせながら少年に歩み寄り、懐から小瓶に入った除草剤を取り出した。

 少年は草を擦る足音と、自分にかかった人影で誰かがやって来たと気づき、振り返る。


 そしてぶちまけた毒々しい紫の液体が彼の視界に広がった瞬間、突然の突風が少年の身体を吹き飛ばし、力強く着地して距離を取った。


 女はつい、意外だという顔をして目を見張った。


「はあ、まだお若いのに、随分魔法に手慣れていますね」


 魔法とは、多くの人間が使える不思議な力のことだ。ある者は火を起こし、ある者は風を操り、果てには自らの身体をドラゴンへ変身させる者もいた。

 そして魔法は個人が備える魔力によって、得意とする魔法の種類や強さが変わり、強力な魔法であるほど扱いが難しい。目の前の少年は十二歳くらいだろう。そのような幼い精神では、今のように力加減が難しい魔法を使えるとは思えなかったのだ。

 少年は濃緑の瞳を憤怒に染めて吠える。


「人にいきなり毒薬ぶっかける奴があるか!!」


 不法侵入者のわりに、常識は持っているらしい。穏便に済みそうだ。

 女は会話を円滑に進めるための笑顔を張りつける。


「やだなー、毒じゃなくて除草剤ですよ。人体に影響はありません。てっきり突然変異のタンポポが生えたかと思って、殺そうとしただけですよ」

「殺す気だったんじゃないか!」

「だから植物だと思ったんですって。他の大切なタンポポの栄養を奪われたくないですし」

「今お前の足下で大切なタンポポ殺してるぞ」


 そういえばさっきから、ジュワジュワとなにかが溶けるような音が聞こえ、白い煙に乗って刺激臭が鼻をついていた。おそらく少年が避けたせいで被害を被った、哀れなタンポポたちだろう。女は予想がついているから、わざわざそちらへ視線を向けることはなかった。


「まあ、なんにせよ、侵入者に常識を語られても説得力ありませんし」

「大切なタンポポ踏み潰して証拠隠滅した!?」

「用件をお聞きしましょう。薬なら町のお店に卸しているので、そちらでお買い求めを。牢屋に入って衣食住を確保したいのなら、自警団を呼んで差し上げます」

「……ここ、お前の庭だったのか?」


 首肯すれば、少年はばつの悪い顔をして頭をかいた。


「ご、ごめん。柵があるのは知ってるけど、町を囲うものと誤解したんだ。花は自然に生えていると思った」

「ご丁寧にどうも。確かにタンポポは勝手に数を増やしますし、自生していると言っても間違いではありませんがね」

「花に詳しいのか? 育ててたりするか?」

「はあ、まあそうですが……」


 女は妙なところに食いついた少年に生返事を返しながら、この少年は何者かと観察する。

 その視線に気づいた少年は慌てて目を泳がせたあと、ぎこちない笑顔を張りつけた。


「ほ、ほら、今エンペラーズ・ウィークで町中お祭り騒ぎだろ? 町に来てくれた皇帝を俺も見てみたかったんだけど、人に流されてここに迷い込んでしまったんだよ」


 あらかじめ用意していたような台詞は、不信感を雪だるま式につのらせた。

 別に女はここに来た経緯を聞いたのではない。なのにやたら“ただの見物客”を主張する。

 それにしては服装がおかしかった。よれ気味の半袖シャツと半ズボン。着古しているはずなのに、サスペンダーが腹の前で×を描いている。着慣れていないのだ。おそらく女の園芸道具と同じように、町で開催されているフリーマーケットで購入したのだろう。半ズボンから覗く膝小僧も白い。まるで日に焼けたことなど無いようだ。

 女は少年を“事情が複雑そうな面倒事”と判断した。とっとと要求を済ませるに限る。


「花を育てたいのなら、誰でもできる簡単で楽な方法をお教えしますよ。ついて来てください」


 少年の反応を待たずに踵を返すと、青々しい草原を突き進んで行く。少年が小走りについて来ると、やがて色とりどりの鉢植えが階段状のベンチに並べられた地帯に出た。

 女はその中から小さな桃色の花をいくつも咲かせた鉢植えを引き出し、少年との間に置いた。二人はしゃがんで向かい合う。


「これはベゴニア。生き永らえさせる方法は二つ。一つ、毎日水をやる。二つ、花を摘み取る。以上で少なくとも数年は持ちます」


 簡潔な説明を終えると、女は可憐に咲かせた花弁を容易く摘み取った。つぼみもちぎってはその辺に捨てる。その容赦のない繰り返しを見せつけられ、少年は家畜の屠殺を見るような顔で眉を寄せた。


「んな乱暴な……」

「花は苗にいく栄養を吸い取って咲くんです。だから吸い取る花がなければ、苗という本体は生き続けられます。行為と見た目は良いものではありませんが、ただ生かすだけならこんなに簡単なんです」


 すっかり苗だけになったベゴニアを見る少年の瞳が、複雑そうに揺れる。


「……生きられるなら、摘む」


 それは決意表明なのか独白なのか。女には判断がつかなかった。

 少年は女の死角である、自分の正面に残された花に整った指をかけ、迷いを振り切るように摘み取った。


 女はなんとなく、罪悪感らしきものが芽生えた。ただ花の生育について説明しただけなのに、脅し過ぎただろうかと。

 しかしその気持ちを解消するには、少年に対する情報が足りない。今の女にできるのは、空気を変えることくらいだった。


「とまあ、こんな力任せにして耐えてくれるのは、この子くらいでしてね。今は種から育った花を長く観賞できる方法を研究中です」


 そこで立ち上がり、タンポポ畑に振り返った。


「自分と同じ名前の花を育ててるなんて、笑えますがね」


 少年はぎょっとして枯れ木色の女を見上げた。


「お前、タンポポって名前なのか!?」

「はい! ……と答えてボケたいところですが。残念ながら別の呼び名である、ダンドリオンと申します」

「……意味も響きも似合わないな」

「よく言われます。おかげでギャップに苦しむとかで、名前を覚えられるのが早いんですよ。でも結局は略されてドリーと呼ばれますがね。マトン殿下もそのように呼んでください」

「ああ、わかったドリー」


 マトンはごく自然に返して立ち上がる。ドリーはごく自然に微笑んでいる。


 やがてマトンは不自然さに気づき、頬を引きつらせて目を細めた。


「待て。……俺、お前に名乗ったか? しかも、殿下って」

「おや、私の推理は外れてしまいましたか? マトン・S・グラスパート第三皇太子殿下」


 マトンはなぜバレたと言わんばかりに目を見開いた。そしてどこにボロが見えていたのだろうと、自分の身体をあたふたと見回し始める。

 ドリーは期待に応えて推論を述べることにした。


「まず、その服は着古されていながら、着方が間違っている。着慣れていない証拠です。働き手に数えられる背丈であるのに、整えられた手。荒れ仕事と縁の無い上流階級にありながら、わざわざ古着を買い求める理由はなんでしょう。今この町にいる上流階級と言えば、エンペラーズ・ウィークで滞在している皇族と、警護の騎士くらいのもの。騎士が子供をつれて来るわけもない。ならば皇族のはず。しかしあなたは町を回る皇族の顔に無い。つまり儀礼行事で町に来ているけれど、病弱で三歳の頃から人前に顔を出すことができないらしい、第三皇太子殿下であるという推測です」


 病弱のはずなのに健康そうに見える理由とか、教育されていない言葉づかいについては無駄口を挟まなかった。その辺は厄介そうな匂いが立ちこめているからだ。

 そしてドリーの推測は図星らしい。マトンは皇族らしかぬ間抜けさ、少年らしい愚直さで口をぽかんと開けている。

 やがて彼は観念するように大きなため息をついた。


「大当たりだよ。でも態度は変えないんだな」

「身分を隠したいのでしょう? ご命令であれば変えますが」

「いいよ、堅苦しいし。それに相応の態度を取るってことは、俺を皇族のもとへ帰らせるってことだろ」

「バレましたー? でも態度を変えないにせよ、とっとと帰って頂きたいのは変わりませんよ。どうも変な事情に巻き込まれそうなので」

「まっ、巻き込まないから、俺に花を育てる手伝いをさせてくれ!」


 必死にすがりつく様子は子犬のようだ。ドリーは言葉が通じない動物が苦手だ。

 感情を排し、いっそ冷たい声で確認してやる。


「命令ですか?」


 マトンは少し迷うように瞳を揺らし、けれどしっかりと首を横に振った。


「いや、ただの子供のわがままだ」


 せめて命令ならば、今後なにがあっても全て彼の責任にできるのに。ドリーは舌打ちをこらえる。

 代わりに諦めるような息をそっとついた。自分と違ってそんな打算的な考えを一切持たない子供に、良心とか言う無駄な感情が働いたのだろうか。


 せめて前向きに考えてみる。一人でこのだだっ広い庭を世話するのはなかなか骨が折れる。手伝いがあるに越したことはない。いざとなれば苦い紅茶を差し入れて、大地の匂いに包まれて眠れるベッドに入れてあげよう、と結論づけた。


「迷惑をかけないのであれば。私の良心に感謝してください」

「あ、ありがとう。……でも、なんか今、お前の脳内ですごい結論が出た気がする」

「気のせいですよ。ところでここの土の匂いは気に入りました?」

「何に対する質問だ!?」

「もちろん庭いじりに対してのですよ」


 そして、二人の庭いじり生活が始まった。

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