0010・夜の森と夜の川
Side:イシス
現在、夜の森の近くの川に居る。正確には川の近くだが、夜に川に入るバカなど居ないので、わざわざ事細かに説明する必要は無いだろう。それはともかくとして、夜の森からは様々な生き物の鳴き声が聞こえてくる。
俺の頭の中に夜の森の知識などは無いが、夜の森というのが予想よりも五月蝿いという事を知った。いや、予想よりも音があると言うべきか。俺としてはもっと静かで「シーン」としているのかと思っていた。
森そのものは音も無く、それ故に不気味かと思っていたんだが、耳をすますと予想以上に様々な種類の音が聞こえてくる。現に今もこう「ギャァァァァァァ!!」やって………。
「………ッ!!」
(何だよ今の!!! ビックリして大きな声を出すトコだったじゃないか! ふざけんな!)
まったく……何の声だよ、今のは? 間違いなく人間の声じゃなかった。もっと甲高い声だったし、女性の声よりも遥かに高音だったぞ。なんというか、ガラスがひび割れるというか、もしくは黒板を爪で引っ掻いたような声だ。
そんな高音を上げる生物が居るんだとは思うけど、問題は襲われてるのか襲ってるのか分からない事だ。襲われてるなら、こっちに逃げてくる可能性がある。俺は今川の近くに居て【ライト】を使ってるんで、この辺りは明るいんだ。
魔力を発光させれば良いだけだし、魔力なんてそこら辺を漂ってるから簡単に光らせられる。少し分かりやすくいうと、俺から細い細い魔力の紐が出ていると考えれば分かると思う。それを使って俺は様々な物に干渉している訳だ。
この【ライト】の魔術も空中に紐を伸ばして、そこに周囲の魔力を集めて光らせている。なので俺の魔力はそんなに消費してしない。何より頭の上だから基本的に眩しくないし、距離は近い。
当然だけど、紐を伸ばせば伸ばす程に魔力を消費する。【ウィンドボール】はそれとは違い、風の球体を作るところまで紐で干渉しているが、その後は投げて飛ばしているので干渉していない。なので途中で魔力を失い消えてしまう。
仮に消えたとしても、それまでに当たれば良いし、当たる距離までは干渉しているので問題無い。維持する場合は近い方が良いが、維持しなくても良いなら特に制御する必要は無いんだよな。
……考え事をしていても来ないという事は、おそらくこちらに逃げてきたりはしないだろう。つまり何かを襲ってたんだと思うが、夜でも弱肉強食のサバイバルかー。野生の動物も魔物も大変だ。俺も他人事じゃないんだけどさ。
とりあえずは立ち上がり、周囲の魔力を調べつつ木を倒そう。まだまだ紙の為にも木が居るし、他の物の為にも溜めておきたい。必要になった時に足りませんじゃ、話にもならないからな。そんな事が無いようにしておかないと。
俺は恐る恐る森の方に近付き、木の根本の土を柔らかくして木を押し倒す。アイテムバッグに入れたら周囲の魔力を調べ、魔物が居ない事を確認したら間伐の為の木を探して歩く。
川の近くの小石が多い砂利道を歩くように探し、決して森の奥へ入ろうとはしない。特に夜は迷いやすいだろうから、迂闊に森の中に入ったら出られないだろう。特に俺じゃ遭難するのは間違い無い。情けない話だが。
木を押し倒してアイテムバッグに入れ、周囲を調べた瞬間、俺は慌てて川に走って行く。明らかに今、何かの反応があった! 何かは分からないが、そこまで離れた場所じゃない。
俺は森に向かって槍を構えつつ、【ライト】の魔術に供給する魔力を増やして様子を見る。これで見える範囲は広がったが、他の魔物を引き寄せるかもしれないな。
………何かは森から出てこないので、俺は再び周囲に魔力を薄く放射する。すると、後ろから反応があった。
俺は慌てて後ろを向き、川から少し離れる。少し待つと、川の中から大きめの魚が出てきた。
何故か鰭の下に触手のような物が左右に2本生え、それを足のように使っている魚だが、大きさは80センチぐらいある。森の方からも何かの反応があったのに川からもかよ!。
俺は川に対して並行にバックステップし、魚から離れると、魚は俺の方に向かって水を飛ばしてきた。しかし唯の水ではなく、俺が使う【ウォーターボール】のようなものだ。
俺は飛んできた水の球体を槍で弾き、魚を目で見つつ周囲の反応を探る。すると森の方に未だに反応があるままだ。森の何かは俺と魚の戦いを見ているだけっぽい。もしかしたら漁夫の利を得る気か?。
魚が再び水球を飛ばしてきたので、俺は再び槍で叩き落とす。そして杭に干渉して空中に飛ばし、魚の頭の上に待機させる。【ライト】と両方同時に使うのはキツイな。かなり難しいぞ、コレ。
それでも使えるので、再び魚が水球を放ってきたタイミングで頭上の杭を落とし、体ごと串刺しにしてやった。80センチの大きさの魚なので杭だけでは死なないようだが、暴れるだけで川には戻れないようだ。
とりあえず魚は仕留めた。そう思った矢先、森に居て出てこなかったヤツが出てきた。ソイツは俺が倒した魚を奪って逃げるつもりらしく、結構な速さで魚に近付く。
しかし俺がそれを予想できなかった訳も無く、魚に近付いたタイミングで【ウィンドボール】を使い、ソイツをブッ飛ばす。
それなりに魔力を篭めた御蔭で吹き飛ばす事に成功した俺は、魚に近寄って左斜め後ろに放り投げると、バックステップで後退。地面の魚を背にして槍を構える。
「グルルルルルル!!!」
狼に比べれば高い声を出しているソイツは、中型犬くらいの大きさをしたタヌキだ。まさかタヌキの魔物まで居るとは思わなかったが、俺の獲物を横取りしようなんて良い度胸してるじゃないか。
俺は唸って威嚇してくるタヌキを見つつ、足下の小石に干渉する。そしてタヌキが左に動いた瞬間、俺は足元の小石をタヌキにぶつける。後は目を瞑っているタヌキの口に槍の穂先を刺し込むだけだ。
俺は素早く接近してタヌキの口を狙うも避けられて失敗。体の下へと逸れた穂先は地面の石に当たった。タヌキは接近された事に気付き、素早く俺に噛みつきに来たものの、俺は下から掬い上げる形で強引に槍を持ち上げる。
掬い上げられたタヌキは上手い具合に飛んでいき。何故か「バシャンッ!!」と川に落ちた。結構な大きさだけど、【身体強化】を無意識にしてしまったらしく、大きく投げ飛ばしてしまったようだ。
俺はすぐに魚の元に走り確認。すると既に死んでいたのでアイテムバッグを下ろして開けて回収。そして素早く槍を川に向かって構える。
タヌキを警戒しての事だったのだが、俺は目の前の光景に唖然としてしまった。
「グルッ! グルッ! ギャッ!!! ギュァァァァァァァァァァッ!!!!」
タヌキが慌てて水の中から上がろうとしているのだが、そのタヌキの周りを「バシャバシャ」音がするものが取り囲んでいる。そしてそれらがタヌキを喰らっているんだ。
川の水はタヌキの近くだけが赤く染まっていき、その血に気付いたのか更なる「バシャバシャ」という音が下流からしてきた。先ほどからタヌキに噛みついているのは、そう、さっき俺が仕留めた魚だ。
鰭の下に足みたいな触手があったから陸上には上がれるんだろうが、やはり魚だというのが分かる。水の中だと全く機動力が違うのか、タヌキが陸に揚がれないように先回りして噛みついてるっぽい。
「ガブッ………ゴボッ……」
水の中に引きずり込まれたのか、それとも沈んだのかは分からないが、タヌキは二度と浮き上がってくる事は無かった。
恐くなった俺はすぐに<時空の狭間>に帰る事を願い、目の前の景色が歪んでいく。その景色に安堵する日が来るとは思わなかったけど、よく考えれば初めてで不安になったのも今日だったと思い出す。
俺は苦笑しつつも、生きていて良かったと思うのだった。




