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第4話:202X年 10月 15日(金曜日、たぶん)
煤けたレンガの時計塔は、記憶の中よりもずっと巨大で、冷たかった。
見上げれば、止まったままの針が虚空を指している。
ぼくは杖を握りしめ、写真の中の彼女と同じ角度で、その場所に立ってみた。
「あの……」
通り過ぎる女性たちに、勇気を出して声をかける。
そのたびに、ぼくはポケットからあの古びた写真を取り出した。
リバプールの海風に髪をなびかせ、眩しそうに笑う彼女。
「この人を、知りませんか。ここで、会う約束を……」
だが、返ってくるのは困惑した微笑みか、足早に去っていく靴音だけだった。
「ごめんなさい、心当たりがないわ」
「おじいさん、道に迷ったの?」
親切な言葉さえ、今のぼくには鋭い刃のように胸に刺さる。
誰も知らない。
ぼくが命綱のように握りしめているこの女性を、この世界の誰も、ぼく自身ですら、本当には知らないのだ。
時計塔の影が、石畳の上でじわじわと伸びていく。
ぼくはベンチに腰を下ろし、震える手で日記を開いた。
今日のページには、ただ一行だけ、掠れた文字を書き残す。
『彼女はどこにもいない。それとも、ぼくが透明になったのだろうか』
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