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202X年 10月 13日(水曜日、だと思う)
朝、目が覚めると部屋はひんやりとしていた。
自分が誰で、ここがどこかは、枕元のメモが教えてくれた。
だが、体が覚えていることもある。
ぼくは無意識にキッチンへ立ち、慣れた手つきで豆を挽いていた。
お湯を細く注ぐと、リバプールの湿った空気を押し返すような、深く香ばしい匂いが立ち上る。
コーヒーの淹れ方だけは、ぼくの細胞が忘れるのを拒んでいるらしい。
マグカップを手に机へ戻り、昨夜の自分が残した日記帳を開く。
『この女性を、探さなければならない』
その一文を見た瞬間、飲み込みかけたコーヒーが喉で止まった。
昨日のぼくが書いた、切実な筆跡。
その横には、あの古い写真が置かれたままだ。
セピア色の景色の中で笑う彼女。
コーヒーの熱い蒸気の向こうで、彼女の瞳がぼくをじっと見つめている気がした。
なぜだろう。この香りを知っているように、ぼくはこの女性を知っている。
彼女もまた、どこかでコーヒーを飲みながら、ぼくのことを思い出してはいないだろうか。
ぼくは震える手で、昨日の文字の下に書き加えた。
『手がかりは、この写真の背景にある、古い時計塔だ』
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