202X年 10月 24日(日曜日、決意の日)
202X年 10月 24日(日曜日、決意の日)
家に戻ったぼくの動きには、迷いがなかった。
もう一度、あの香ばしいコーヒーを淹れ、最後の一杯をゆっくりと味わう。それから、使い慣れた万年筆、読みかけの詩集、そしてエレノアと歩いた日々の原稿を、一つの古い鞄に丁寧に詰め込んだ。
この家での記憶は、もうすぐ空っぽになるだろう。けれど、それでいい。
ぼくは日記の新しいページに、しっかりと自分の名前を書き記した。これは「忘れないため」ではなく、新しい場所で「自分を証明するため」のサインだ。
「さようなら、ぼくの思い出」
一度だけ部屋を振り返り、ぼくは鍵を置いた。
杖を突き、向かったのは海沿いのケアステーションだ。受付の女性に、昨日若者からもらった切符の半券と、自分の名前を書いたメモを差し出す。
「入所の手続きをしたいんです。コーディー・トーマス・スチュアート。……ここには、ぼくが忘れてはいけない人がいる」
職員が驚いたように顔を上げた。その視線の先で、中庭のベンチに座るエレノアが見えた。彼女はまだ、海を見ていた。
ぼくは彼女の隣まで歩いていき、鞄から一冊の本を取り出した。
記憶は消えても、文字は残る。ぼくが書き残した物語を、今度はぼくが彼女に読み聞かせる番だ。
『ぼくたちの物語は、ここから書き直される。
最後の一文字が消えるその時まで、ぼくは君の隣でペンを握り続けるだろう』




